『音色のお茶会』
恋路 ~R~
「土浦が好きだ」月森と二人きりの練習室。その練習の合間に何の前触れもなく、何の脈絡もなくそう告げられた。
「あぁ…って、はぁ?」
あまりにも唐突過ぎて、俺はまぬけな返事を返していた。
そんな俺の返事を気にするでもなく、月森はただ微笑んでいた。
それから一週間…。
「好きだ」
毎日一回、月森はすれ違いざま、耳元にそう囁いていく。
そしてそれ以外は特に何を言うわけでもなく、何をするでもなくそのまま立ち去ってしまう。
「毎日、毎日、よく飽きもせず…」
そんな文句を言いつつ、囁かれた耳元がなんだかくすぐったくて、思わずその耳に触れる。
意味もなく、胸が高鳴っていた。
たった一言だけのその言葉に、俺はこの一週間ずっと振り回されている。
そしてその言葉を嬉しいと思っている自分の気持ちに気付く。
「洗脳された…?」
思わずその気持ちを月森の所為にしてみたけれど、そうじゃないってことにも気付いている。
最初に言われたあの時から、たぶんずっと嬉しかったんだと思う。
「もしかして…見抜かれていたとか?」
あの微笑みは余裕の表れだったのだと、そんな風に思えてならない。
「嫌な奴…」
悪態を吐いてみても本人が聞いているわけでもなく、言ったそばからなんだか顔が熱くなったような気がするから聞かれなくてよかったとも思う。
「ホント、嫌な奴…」
でも、
「好きなんだよなぁ」
声に出すとその言葉はやけにリアルで、偽りのない気持ちそのものだった。
そう自覚してしまうと隠しておくことは出来なくて、何もせずに待っているのは自分らしくなくて、さっきすれ違ったばかりの月森を追い掛けるために走り出した。
すぐに見つけた姿勢のいいその後ろ姿を追い越しざま、
「好きだ」
お返しとばかりに耳元にそう告げて、そのまま走り去る。
月森の表情が見られないのは悔しいが、今の俺の表情は見せたくない。
きっと、とんでもなく赤い顔をしていると思うし、それが走っている所為じゃないとわかっている。
その表情を見るのも見せるのも、明日までおあずけだな…。
そんなことを考えながら、俺は家まで走って帰った。
恋路 ~R~