『音色のお茶会』
恋路 ~L~
「土浦が好きだ」土浦と二人きりの練習室。その練習の合間に何の前触れもなく、何の脈絡もなくそう告げた。
「あぁ…って、はぁ?」
驚きの声よりも肯定するかのような返事のほうが先で、思わず嬉しくなった。
いつのときも土浦の反応は明確で、俺に対する文句や嫌味のような言葉は間髪いれずに返ってくるから、その言葉がすぐに出なかったということは、少なからず嫌われてはいないのではないかと勝手に解釈する。
それから一週間…。
「好きだ」
毎日一回、すれ違いざまに、土浦のその耳元に囁きかける。
そのときに見せる表情を見ることなく通り過ぎるが、瞬間、息を詰めたような気配はいつだって感じられた。
「毎日、毎日、律儀に驚かなくても…」
でもそれが嫌われているからではないのだと、訳もなくそんな自信が俺にはあった。
すれ違う前に見せる表情はいつもと変わらない不機嫌そうにさえ見えるものだが、本当に嫌なときに見せる表情とは違うことに、俺は気付いている。
それは本心を悟られたくなくて、わざとそんな表情を作っているようにさえ思えてくる。
そう思うと、驚く反応も作った表情も、何もかもが愛しい。
「いつか本心を見せてくれるだろうか」
それが楽しみなようでもあり、微かに見せてくれる反応をまだもう少し楽しんでいたい気もする。
普段は決して見せてくれない土浦の全てを、見てみたいと思う自分に気付く。
「これは独占欲なのか?」
こんな風に思うのは初めてで、そう思わせてくれたのが土浦でよかったと心の底から思う。
「不思議な奴だな…」
その言葉で、その声で、その眼差しで、そしてその存在そのもので、俺をこんな風に変えてしまうのだから。
「本当に不思議な奴だ」
でも、
「そんなところが惹かれて止まない」
そう思っただけで、心が温かくなる。
顔の筋肉が緩んだような気がして思わず自分の顔に手を当てたとき、雑踏の中を走ってくるひとつ足音が耳に届いた。
その足音が背後にだんだんと近付いてきた気配を感じて振り返ろうとした瞬間、
「好きだ」
聞き慣れた声で、聞き慣れない言葉が、耳元に微かに届いた。
それに返事をする間も与えられないまま、土浦は俺を追い越してそのまま走り去ってしまう。
一瞬、それを追いかけようと思って止めた。
その言葉も、それを言った表情も、明日まで楽しみに取っておこう。
もう一度緩んだのであろう表情はそのままに、俺はゆっくりと家路についた。
恋路 ~L~