TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

氷炭6 ~sideR~

俺が答えを出したときその関係は変わってしまうのだろうか



 月森が最初に触れてきたのは唇ではなく指だった。
 その距離が変わらないのに何かが触れたことに動揺していれば、次の瞬間には唇が触れてきて更に動揺してしまう。それを隠したくてやっとのことで瞼を落とせば視界が遮断され、触れてくる唇に意識が集まってしまった。
 たった一箇所、それも掠めるように触れてくるだけなのに俺は抵抗することも逃げ出すことも出来ず、寧ろそれを受け入れてしまっているような気がして、慌てて引き結んだ唇に力を込めた。
 何度も何度も触れてくる暖かな感触に、抗うことが出来なくなりそうな自分を感じて怖くなる。
 意識を別なことに向けようとあれこれ考えてみるがうまくいかず、思考さえ奪われてしまいそうで無意識に拳を握り締めれば、手のひらに当たる爪先の痛みが俺を現実に引き戻した。
 けれど、それ以上に心が痛いことに気付く。張り裂けそうなその痛みの理由に思い当たって、そんなことに気付かないふりをして、俺は手のひらにわざと爪を食い込ませた。
 これが誤魔化しでしかないことは俺にもわかっている。わかっているのに認められなくて、何とか抗う術をまとまらない思考の中で考えていた。

 手のひらでも心でもない痛みを首筋に感じ、俺は無意識に月森を突き飛ばしていた。実際、その感触に驚いて咄嗟にとった行動だったから何をどうしたのか自分でもよくわからなかったが、俺の手はぐっと伸ばされて月森の肩に触れていたから俺が押したのだろう。
 どんな理由であれ月森に触れているということに動悸が激しくなった。それは驚いたからなどという単純な理由だけではないことを自覚して俺は慌ててその手を離したが、月森に向けた視線がはずせない。
 じっとこちらを見てくる月森のその表情には見覚えがあり、俺はそこに月森の本気を感じ取って怖くなった。
 もう、逃げられない。いや、逃げるつもりなど、最初からなかったのかもしれない。

 流されるなと心が抵抗するくせに、流されてしまえと諦めに似た思いを抱く。
 それは本心などではなく、建前なのだと知っている。
 流されてしまいたいと心が望むくせに、流されるのは怖いと気付かないふりをする。
 それがどちらも自分の本心だと、認められないから心が重い。

 目を閉じて視界を塞げば感覚が鋭くなり、ゆっくりと触れてきた月森の体温に反応して思わず上げてしまった自分の声に驚いて急いで口を塞いだが、気持ちよりも身体が正直な反応を示し始めた。
 触れられたところからとかされていくような錯覚を覚える。それは俺の心を解かし、俺の身体を溶かしていく。
 まるで繋ぐように触れてきた手のひらから俺の気持ちが月森へと伝わってしまうような気がして解こうと思うのに、ぬくもりが心地よくて離せなくなってしまう。
 心が望むこの手を離したくないという気持ちが強過ぎて、俺の手は自然と月森の手を握り返していた。
 頑なに隠そうとしていた本心が晒されると、俺はもうそれを隠す術を持っておらず、抵抗する気持ちはもうどこにもなくなっていた。
 燻っていたらしい熱が一気に上がり、過剰なまでの反応を自分の意思ではもう止められない。閉じることさえ出来なくなった口からは自分のものとは到底思えない声が上がり、それさえも俺の気持ちを煽っていく。
 触れているのが月森なのだと思うだけで気持ちが高ぶっていく。俺の名を呼ぶ声だけで更に熱が上がっていく。
 意味のある言葉など既に発することは出来ず、俺はただひたすらに月森の名を呼び続けていた。

 熱に浮かされた時間が過ぎると、思考は急に現実へと引き戻される。
 それまで真っ直ぐに俺を見ていた月森の目がどこか後悔をにじませたようにそらされて、俺は胸への痛みを感じていた。
 流されたなんて月森の所為にする気はない。そうなることを心のどこかでは望んでいたのだという自覚はある。けれど俺はそれを言葉にして月森に伝えていない。伝えることが出来ない。
 それを察してくれと月森に言うのは無理があることくらい俺にもわかっている。最初に拒む態度をとったのは俺だから、月森は何か誤解をしているのかもしれないし、本当に後悔しているのかもしれない。
 それを確かめられないまま俺も視線をそらせば、そこには重々しい空気だけが残る。
 だから近付き過ぎてはいけなかったのだと、後悔してももう遅い。

 沈黙と静寂を破ったのは、後悔しているのかと尋ねてきた月森の声だった。
 イエスともノーとも答えず同じことを聞き返せば月森もその答えを返してこなかったが、俺は答えが欲しかったわけではなかった。
 沈黙は肯定だ。俺だって後悔している。
 想いを自覚してしまったことに、近付き過ぎたことに、答えを出さずに望んでしまったことに。
 たぶんもう、どんな関係にもなれない。今までの関係に、もう戻ることは出来ない。