TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

氷炭4 ~sideR~

離れていくことと近付くことのどちらを俺は怖れているのだろうか



 月森への気持ちを自覚してしまえば、俺はそれを否定したくてわざと月森を避けるようになった。
 会わなければこの気持ちは忘れてしまえる。話をしなければこの気持ちはなかったことになる。そうやって自分の気持ちを誤魔化していれば、その気持ちを悟ったかのように月森は俺から離れていく。
 これで月森のことなど忘れられると思った。もう、訳の分からない感情に煩わされることなどないのだとほっとした。
 それなのに、離れてしまえば月森も俺を忘れてしまうのかもしれないと思えば、何故かそれを受け入れることは出来なかった。月森の気持ちが俺に向いていないのはどうしても許せなかった。
 だから俺は、まるで引き止めるかのように月森へと声を掛けていた。月森に近付いて、月森の気持ちがまだ俺に向いていることを確認して安心する。そうすると離れたことなど忘れ、またずるずるとその状態を続けてしまう。
 安心して気が緩んでしまえば自分が望んでいた距離よりもだいぶ近付いていて、俺はまた急いで距離を作る。
 近付いてくる月森のことは避けるくせに、離れていく月森を俺は引き止めてしまう。
 自分が、何を望んでいるのか自分でもわからなくなる。抑えようとする気持ちとは裏腹に、いつの間にか俺から距離を縮めている。

 そんなことを繰り返していると、近付き過ぎた距離を元に戻せなくなっていて俺は焦った。それは俺が離れようとしないのではなく、必要以上に距離を縮めてはこなかった月森が、明確な意志で俺への距離を詰めてきたからだった。
 俺が離れれば、月森はそれを倍にして近付いてくる。離れようとすればするほど、その距離は逆に縮まっていく。追い詰められて、逃げ道がなくなっていく。
 そのくせ、無理やり手中に収めようとするわけではないのか月森は俺を捕まえようとはしない。触れられる距離になっても、俺に触れてはこない。
 いつそれがくるのかと緊張して身構えている自分が嫌で、まるで怯えているかのような態度を悟られるのが嫌で、なんでもない風を装って俺はその場に立ち尽くす。

 触れられそうな距離が怖い。
 触れてこない月森に困惑する。
 触れられたら抗えない。
 触れて欲しいと思ってしまう。

 逃げられないと悟ったのは、思いがけず二人きりになってしまったときだった。
 無表情なくせに、その瞳には獲物を狙うかのような鋭さがある。真っ直ぐに俺だけを見て、そしてゆっくりと近付いてくる。
 その距離が狭まれば狭まるほど、逃げようと思う俺の心が竦んで動けなくなる。触れる寸前まで追い詰められて、俺はもう逃げようと思うことさえ出来なくなっていた。
 けれど月森はそれ以上の距離を詰めてこようとはせず、ただじっと俺のことを見ていた。覚悟を決めかけていた俺にとってそれは羞恥以外の何物でもなく、精一杯の思いで睨みつけたが月森の表情が変わることはなかった。

 不毛な攻防戦はしばらく続き、月森は何を言うわけでもなく黙ったままで、睨んでいるよりも逃げたほうが身のためだと頭の中では理解しているのに俺の身体は全く動こうとしない。
 お互いに、どちらかが行動を起こすのを待っている。勝ち負けの問題ではないが、俺が先に動くことは負けを意味するような気がした。
 無言で答えを求める月森のやり方は性質が悪い。それもまた、用意された答えは二つしかない。答えを俺に選ばせてやるのだと、そんな偉そうな態度も気に入らない。
 けれど以前、答えを出さずに無理やり三つ目の答えを貫いた俺に今まで月森は合わせてくれていた。そしてその答えとは違う行動を最初に起こしてしまったのが自分なのだという自覚は俺にもある。

 俺は答えを出さなくてはいけないのだろうか。
 でもまだ、答えを出したくない。答えを出してしまうことが、怖い。