TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

氷炭2 ~sideR~

何も言わず突然キスをしてきたその激しさと
そのあとに見せられた無言で無表情な態度の
どちらが本心なのかを俺はきっと知っている



 考え方の違いや性格の不一致はあるものの、何とか折り合いを付けて接してきた月森から、ある日突然、そういう意味で好きだと告白された。
 出会ったばかりの頃に感じた嫌悪感はもうないが、好きかどうかなんて考えたこともなく、そもそも月森も俺も男で、考える対象ですらなかった。
 だから俺は月森に言われた後もそれ以上を考えようとはしなかった。必要以上に近付かない。けれど必要以上に離れることもしない。ただ同じ音楽を奏でる仲間として、それ以上でもそれ以下でもない付き合いをしていきたいと俺は思った。
 けれど月森はその距離を縮めようとするかのように、俺に明確な答えを求めてきた。
 答えなんか出したくなかった。嫌いだと言って突き放す気はなかったが、好きだと言って受け入れる気もなかった。だから何とか逃れようとするのに、月森はそれを許してくれない。
 笑って誤魔化そうなんて考えた俺も甘かったのかもしれないが、気付いたときには壁に押し付けられてキスをされていた。
 驚いてすぐに押し返したが、思った以上の力で更に押さえ付けられて二度目の唇が触れた。一瞬だけ見ることの出来た月森の表情に抱いたのは、怒りよりも恐怖だったような気がする。
 無我夢中で月森を突き飛ばして恐怖を悟られまいと睨み付ければ、そんな俺とは対照的に何の感情も表すことのない目が俺を見ていた。
 さっきとは違う意味で怖いと思った。無表情のくせに感情をまざまざと伝えてくるその瞳が怖かった。
 月森の本気が、俺には怖かった。

 あれから月森は何も言ってこなくなった。
 用があれば話をする。相変わらず文句を言い合う。俺が望んだよりも少し、もしかしたらだいぶ俺と月森の距離は離れたような気がするが、それまでと変わりない日常が戻ってきた。
 激しく、そして静かに向けられた月森の本心はどこからも感じられなくて、俺はそれにほっとする。
 もしかしたら上辺だけの薄っぺらな付き合いになってしまったのかもしれない。でも、近付くよりも離れてしまうよりも、月森との距離感はそのくらいがちょうどいい。
 そうやって俺は無関心を決め込んだが、それが本心ではないことくらい自分でもとっくにわかっていた。

 好きの反対語は嫌いではなく無関心だ。興味がない、どうとも思わない、その他大勢の、どうでもいい存在。
 だが、月森はどうでもいいと無視出来る存在ではなかった。俺の神経を逆撫でられるほどに気になる存在だった。
 その考えを覆してやる、俺のやり方で勝ってみせる、そう思ってずっと月森に対抗してきた。そして親友にはなれそうにないと思ったが、いいライバル関係くらいにはなれると、そう思った。そんな関係が、俺にとっては最高だった。そんな二人の関係を、崩してしまいたくなかった。
 一度その距離を縮めてしまったらそれ以上は近寄ることが出来ず、けれど離れることは容易い。そんな風になるならばこの距離を縮めたいとは思わない。一時的な感情に流されたって仕方ない。今が良ければいいとかダメなら諦めればいいなんて、そんな風には思えない。
 だから月森の本気が怖かった。好きか嫌いか、答えを二つしか用意されていない質問には答えなんて出したくなかった。

 なんの保障も確証もなく俺に近付いて欲しくない。
 付かず離れずの曖昧な距離を保って欲しい。
 離れてしまう覚悟なんて俺には持てない。
 でも本当はもっともっと近付きたい。

 月森に好きだと言われてから、月森のことを考える時間が多くなった。
 いつだって、心のどこかで月森のことを考えている。こんなにも気になる理由がなんなのか、俺は気付きかけている。本当はちゃんと気付いているのに、気付いていないふりをする。自分自身でその気持ちに警鐘を鳴らす。
 感情だけに流されてはいけない。依存してはいけない。そうじゃないと客観的な余裕がなくなりそうで怖い。
 俺は、無関心なふりをして本心を隠す。考えてみれば俺は、月森に本心を向けたことなど一度もなかったのかもしれない。
 いや、月森だけじゃない。他の誰にも、そして自分にさえも俺は本心を見せていないような気がする。

 たぶん一生、変わらない。変える気がない。変えるのが、怖い。
 俺はぐっと目を瞑り、込み上げてきそうな感情を心の奥底に押さえ込んだ。