TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

氷炭1 ~sideL~

俺の名を呼ぶ声だけが耳に焼き付いて離れない



 好きだと気付いてすぐ、俺はその気持ちを土浦に告げた。けれどそのときに返事は貰えなかった。
 それから土浦の様子に変わったところはなく、まるで俺の告白など、何もなかったか忘れてしまったかのようだった。
 出会った頃のようなあからさまに嫌悪感を示す態度を見せられることはすでになく、だからといって好意を向けてくるわけでもない。
 少しでも距離を縮めようとすれば、無意識なのか意識的なのか避けるように同じ距離だけ離れていく。それ以外の態度が変わらないから嫌われてはいないのだろうと思いはするものの、そうやって距離を作られれば嫌われてしまったのだろうかとも考えてしまう。
 いっそのこと、嫌いだと言われてしまえば気持ちの整理がつくのに、土浦は付かず離れずの曖昧な距離を保って接してくる。
 その真意はわからないが、俺はもう友達とか親友とか、そんな関係では満足出来ない。好きだと告げた言葉を、なかったことには出来ないし、もう止められない。

 それからしばらく経って、俺は久し振りに土浦と二人きりになれる時間を手に入れた。
 これでゆっくりと話が出来ると思った俺とは対照的に土浦はあからさまに嫌そうな顔を見せ、そしてそれを一瞬で完璧に隠してみせた。
 土浦の表情が、俺に対して好意的だったことは一度もない。俺と接するときはいつも少し不機嫌そうな表情を見せられてはいたが、その表情は別に俺だけに向けられるものでもなかった。話をするのも嫌だというような態度でもなかったからあまり気にならなかったが、それは土浦がよく見せる表情というよりは、寧ろ作られた表情だったのかもしれないと俺は思った。
 触れるな、近寄るな、踏み込んで来るなと、土浦はその表情で俺に訴えてきているのだと初めて気が付いた。
 それならば何故、それを言葉にしてくれないのだろうか。嫌いだと、そう言って突き放されるほうが気が楽だとさえ思える。
 こんなにもハッキリしない状態を続けていくことはもう耐えられそうになく、俺は訴えてくる忠告を無視してあの日の返事が欲しいと土浦に迫った。
 どこかはぐらかすかのような曖昧な態度と言葉を繰り返していた土浦は、直接的なその言葉に一瞬、その表情を変えた。
 誤魔化すようにその視線がそらされ、慌てたような乾いた笑いが部屋に響く。

 嫌いなら、嫌いだとそう言って欲しい。
 踏み込むんで欲しくないのなら、完全に俺を切り捨てて欲しい。
 そうしたら俺は、もう二度とこの想いを口にはしないし話し掛けもしない。
 けれどこの想いを持ち続けていくことだけは、許して欲しい。
 そしてもし嫌いではないのなら、少しでもいいから俺のことを好きになって欲しい。

 俺の願いはどれも叶えられることはなく、土浦は何を言っているんだと俺の言葉をはぐらかす。この話はやめようと、勝手に終止符を打とうとする。
 何も始まっていないのに終わらせようとするのはずるい。何かを始めようとすることさえ否定されるのは辛い。何もかもなかったことにされるのは、堪らない。
 心の中にある土浦への想いが、温かいはずのその気持ちが、一気に冷たくなっていくのを俺は感じた。
 欲という名の真っ黒な気持ちに、心が支配される。

 その場を去ろうとする土浦の動きを逆手にとって、俺はその身体を壁へと押し付けてキスを奪う。小さくうめき声を漏らしたその口が、たぶん抗議しようと開いたこともまた俺にとっては好都合だった。
 けれどそれは、押し返されてすぐに離れた。
 体格的にはそんなに差はないと思っていたが、こうも簡単に押し返されてしまったことが俺の気持ちを更に冷たくさせた。
 押さえ込むようにもう一度キスをする。
 同意も何もない無理やりなそれがキスと言えるものだったかどうかはわからないが、土浦が俺の名を呼ぶ声が聞こえてやっと、自分が何をしようとしているのかを俺は自覚した。
 一瞬、怯んだ俺を土浦は見逃さなかった。さっき以上の力で思い切り押し返され、俺の身体は後ろへとよろめいた。
 俺はそれに対してもうどうこう思うことはなく、睨みつけるように俺を見ている土浦を、まるでどこか遠くから見ているかのような気分で見ていた。
 ここで文句を言われて嫌われればそれで終わる。何故だと聞かれればもう一度、想いを告げればいいし、それが受け入れてもらえないのならばそこで諦める。
 けれど土浦は表情を変えることも言葉を発することもせず、その表情を隠すように背を向け、そのまま静かに立ち去った。

 結局のところ、俺は土浦の気持ちを動かすことは出来なかった。嫌いにさえ、なってもらえなかった。
 最悪な結末が目の前にあるというのに、俺は自分の想いに終止符を打つことが出来ないでいた。