TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

二人きりの時間1

 その日、土浦を練習に誘ったのは俺からだった。
 一緒に曲を合わせたいという気持ちに嘘はないが、この休日を土浦と共に過ごしたかっただけで目的は何でもよかったような気もする。

 土浦とは恋人同士だ。
 出会った第一印象がお互いに最悪だった俺たちがすんなりとこの関係になれたわけではもちろんない。
 だからやっと自分の気持ちも相手の気持ちも認めて受け入れられるようになった今でも、二人きりになるとぎこちない空気になる。
 触れたいと思うのに、触れていいのだろうかと躊躇ってしまう。
 だからせめて傍にいたくて、でも俺たちにある唯一の共通点は音楽だけで、だから俺は音楽を口実に使っていた。

「俺の練習に付き合わせてすまない」
 目的に音楽を選んでも一緒に演奏する理由と曲が見付からず、俺は自分の練習に土浦を付き合わせてしまった。
 ただ一緒に弾きたいのだと素直に伝えられたらいいのに、それが言葉にならないのがもどかしい。
「気にすんなよ。今回のアンサンブルはメンバーじゃないから練習しなきゃいけない曲はないし、それに…」
「それに?」
 そんな状態のときに言い淀まれると続きが気になって仕方なく、思わず聞き返したが土浦の視線は楽譜へと移され、そのまま口を噤んでしまった。
 こうやって作られるぎこちない空気に、それをどうしたらいいのかわからない自分の不甲斐なさに思わずため息を落としそうになる。
「迷惑ではなかったのならそれでいいんだが…」
 けれどため息など見せたらまたあらぬ誤解をされそうで、この気持ちに気付かれないように微笑みの表情を向けた。
 まるで釣られるように楽譜から戻ってきた土浦の視線が不意にぶつかり、その瞬間に赤く染まった顔を見せられた。
「え?」
 思っても見なかった反応を返されてそのまま見つめていれば、土浦は顔を隠すように俯いてしまう。
 それでも赤く染まった顔は俺の視界からすべて隠されたわけではなく、俺はそれに触れたくて思わず手を伸ばしてしまった。
「っ…」
 触れた瞬間、ぴくりと肩が揺れて土浦の身体が一歩、後退する。
 慌てて手を引くが、その手を追うように上がった土浦の表情にその手が中途半端な距離と高さで止まってしまう。
 俺へと向けられたその顔に、嫌そうな表情はどこにも感じられない。
「土浦…?」
 ゆっくりと手を戻しながら声を掛けると、土浦の表情は動揺を表すものに変わる。
「いや、だから…」
 動揺に視線を揺らす土浦の、何か探すように紡がれた言葉の続きを、俺はじっと見つめながら待つことにした。
 ちらりと俺を見た土浦は小さくため息を落とし、そしてキッと俺を睨みつけてきた。
「だから、俺は月森と一緒にこうやって弾くことが出来るだけで満足してるんだ。迷惑とか、そんなこと思ってるわけがないだろう」
 俺に文句をつけるときと同じ表情で、けれど文句とは全く違う土浦の想いがまるで叫ぶように一気に告げられて俺は驚いてしまう。
「お前との演奏が嬉しいとか楽しいとかそんなこと考えたことなかったんだ。それに二人きりって意識しただけで変に緊張するのに、お前はなんでもない顔で俺に笑いかけてくるから、だから俺はっ」
 捲くし立てるような土浦の言葉に、それがものすごい告白をされているのだと気付いたときにはもう、俺は土浦をぎゅっと抱き締めていた。
「すまない」
「何がだよ…謝るならするなっていうんだ」
 土浦の言葉が嬉しくて思わず抱き締めてしまったこと、土浦の気持ちに気付いてやれなかったこと、そんな俺の態度がぎこちない空気を作り出す原因だったこと。
 色々あり過ぎて言葉には出来ず、俺は更に力を込めて土浦を抱き締めた。
「おい、苦しいって…」
 胸にある手に押し返されて少し距離が出来れば、本当に目の前に土浦の顔がある。
 その顔は言葉とは裏腹に嫌がっている風ではなく、どちらかといえば照れているような感じだ。
 そしてその表情が、まるで誘っているようにすら見えてしまうから困る。
「そんな顔で俺を見ないでくれ…」
 もっと深く触れたいと思う気持ちが止められなくなる。抱き締めるだけでは満足出来なくなってしまう。
「な、に…?」
「黙って…」
 すぐ傍にある唇にそっと、触れるだけのキスを落とす。
 何度も何度も啄ばむようなキスを繰り返せば、見開いていた目がゆっくりと下りた瞼に隠され、柔らかな唇が微かに開いた。
「誘っているのか?」
 ほんの少し唇を離しささやくが、その答えを聞く前に深いキスで塞いでしまう。
「ん…」
 返事ともとれるような甘い声が、その唇から上がった。