TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

はじまりは、チョコレート1

その日、思いがけない出来事の幕が開けた。

「これからもよろしくね」
 そんな言葉と笑顔で日野から差し出されたのは可愛くラッピングされた小さな箱で、それがバレンタインデーの、いわゆる義理チョコと呼ばれるものだということがわかっているから、俺は「ありがとう」というお礼の言葉を返しながらそれを受け取った。
「じゃ、俺からも…」
 そしてカバンの中から、貰ったものとは比べものにならないくらいのあっさりとしたラッピングのチョコレートを取り出した。
「え、もしかして手作り?」
 受け取った日野は、透明な袋の中身を見て驚きの声を上げた。
「溶かして型に入れただけだけどな」
 姉のチョコレート作りに付き合わされ、それならばとついでに買って作った簡単なそれを、手作りと言うのはおこがましいとわかっているから、俺は事実をきちんと伝えた。
 日本では一般的に女子からの告白とセットになっているバレンタインデーだが、義理チョコのように、お世話になっている人にお礼の気持ちを伝える手段としても使えるのならば、ちょっと便乗してみようかなと思ったのだ。
「ありがとう」
 嬉しそうな笑顔で貰ってくれると、そこに深い意味はないのだとしてもやっぱり嬉しい。
「あ、日野ちゃん!」
 そんなやりとりのまま立ち話をしていると、後方から日野を呼ぶ声が聞こえた。
「土浦君も、いいところに。はい、チョコレート。これからも取材させてね」
 走って来た天羽は日野と俺にカラフルな袋を差し出して、嫌とは言わせないと言わんばかりに全開な笑顔を向けてきた。
 笑顔で小さな箱を差し出しながら「こちらこそ」と言った日野に続いて、「ほどほどに頼む」と言って俺も包みを差し出せば、天羽にも日野と同じリアクションと言葉を返された。
「これってみんなに配ってるの?」
 日野の手にも同じ包みがあることを見たのであろう天羽から、追加の質問をされる。
「わざわざ配って歩いてるわけじゃないが、貰ったお礼とか、あとはアンサンブルのメンバーとかにな」
 男の俺が、お礼の気持ちとはいえバレンタインデーにチョコレートを配り歩いていたら変に思われる可能性は否定出来ないし、逆チョコなどとからかわれるのも面倒だ。
「じゃあ、月森君にもあげるの?」
 天羽の口から出たその名前に、なんで俺に対して犬猿の仲であるその相手の名前が出てくるのだと思う。
「あいつに渡したって受け取ることすらしないだろ」
 告白を一蹴されたとか、渡した手紙をその場で捨てられたとか、無言で一瞥されただけとか、月森への告白に対する逸話は数えきれない。聞く限り、向けられる好意に返す態度は、ほぼ否定なんじゃないかと思う。
「それがさ、今日はちょっと違うみたいなんだよね」
 今までどんな告白も一刀両断だった月森が、義理チョコなら受け取るし、本命チョコを持って来た子に対してはきちんと理由を説明して丁寧にお断りしているらしい。
「その理由、なんだと思う? 好きな人がいるからなんだって」
 聞いておきながらすぐに答えを言った天羽の、好きな人というその言葉に、あいつが、と疑わしく思ってしまう。
「最近、一緒に練習してるんでしょ? 何か聞いてない?」
 そう言われても、月森と練習しているのは自らの意志ではなく、卒業式で在校生代表として一緒に演奏することになってしまったからで、月森と会話らしい会話を交わすようになったのは本当につい最近のことだ。練習が始まれば話すのは曲のことばかりだし、それが言い合いに発展する確率は相変わらずかなり高い。
「俺たちがそんな話をしているように思うか?」
 逆にそう問えば、「そうだよね」と納得されてしまうほどに、俺たちの仲は自他共に認めるくらい悪い。
「でも、月森君が好きになるのって、どんな人なんだろうね」
 強い興味というよりは不思議に思っているらしい日野の口ぶりに、確かに、と俺も思う。
「さすがにそこまではぶっちゃけてくれてないみたいでさ。でもまだ、片思いらしいよ」
 交わされる二人の会話を聞きながら、そういえば最近、月森の奏でるヴァイオリンの音色が、少し変わったような気がするなと思う。どう変わったかと聞かれるとうまく説明出来ないが、いかにもお手本のような巧いだけの演奏ではなくなっている感じがするのは、心境の変化なのだろうか。
「今日も一緒に練習するの?」
 急に話をこちらに振られ、どこか期待に満ちた眼差しを向けてくる二人に対し、俺はわざとらしく大きなため息を落とした。
「するけど、俺に何か期待しても無駄だからな」
 先手を打てば、「えー」とか「なんで」とか「気にならないの」とか色々と文句を言われたが、正直言ってそこまで興味はない。誰が誰を好きになろうが、それが月森なら尚更、俺には関係ないことだ。
「積極的に聞かなくてもいいから、何か分かったら教えて」
 それでも引き下がらない二人に、「分かったらな」というとりあえずの返事をしたところで予鈴が鳴り、俺はこれ幸いとその場を後にした。