TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

魔法の余韻4

「梁太郎を独り占めにしたい。誰からも、何からも…」
 土浦を抱き締めればその想いは更に強くなり、自然と言葉になって口から出ていた。
 この腕の中に抱き締めてこのまま閉じ込めてしまいたいと思うその気持ちのまま腕の力を更に込めれば、まるでそれに答えるように土浦の腕が背に廻された。
 抱き締めて、抱き締められて、本当に幸せだと思う。伝わるぬくもりも、伝わる鼓動も、本当に愛しい。
「俺も…」
 小さく、俯いている所為で少しくぐもったような声が、それでも真っ直ぐに届く。一体どんな表情でその台詞をつぶやいたのだろうと思えばその顔を無性に見たくなり、腕の力を緩めて頬へと手を伸ばした。
「っ…」
 だが、何をしようとしたのか察したらしい土浦は、頑なに顔を埋めたままで上げようとはしてくれず、短い髪では隠しきれていない赤く染まった顔を一生懸命に隠そうとするその姿に、いっそうの愛しさを覚えた。
 だから顔を見られないその代わりに頬を優しく撫で、そして赤く染まった耳元に小さなキスをひとつ落とす。
「梁太郎…」
 こんなにも愛しいと思える存在に出会えたことを、一体何に感謝したらいいのだろうか。
 土浦は魔法を介して出会ったことを未だに気にしている節があるが、魔法というきっかけがあったことさえも嬉しいと思っている。好きになって欲しいと思ってくれたことが嬉しい。好きになれたことが嬉しい。土浦のすべてが、どうしようもなく愛おしい。
 そう思ったら抱き締めているだけでは物足りなくて、俯いた顔を強引に上向かせて唇を重ねた。
「…ふぁ、ぅん…」
 驚きに開いた唇の隙間に舌をすべり込ませ、逃げる舌をくすぐるようにあやせば、おずおずと応えてくれる。
 しがみつくように制服を引っ張る感触が背中から伝わり、触れ合う唇の角度を変えるたびに、わずかに出来た隙間から土浦の甘い声がもれ、その響きにも煽られる。
 かつてないほど土浦に触れたくて、この激情が止められなくて、抱き締めていた腕を制服の裾から忍び込ませてシャツをたくし上げた。
「なっ、ちょっと、待っ、っん」
 不穏な行動に気付いた土浦は腕を突っ張るように身体を離し、でもそれをまた強引に引き寄せて文句を告げる唇をふさぐ。
「だから、待て、待てって…」
 大きく首を振られ、キスがほどける。そしてさっきよりも強く押され、身体が完全に離された。
 土浦を見れば、真っ赤な顔で思い切り睨んでいる。怒らせてしまったのだとわかっても、後悔の気持ちは申し訳ないが感じていなかった。
「梁太郎が欲しい。抱きたい」
 即物的だとは思ったが、土浦にはこの気持ちを隠したくなくて、今の素直な気持ちをそのまま言葉にして伝えた。
「だ、抱きたいって…」
 思い切り目を見開いた土浦の顔に今までに見たことがないほどの朱が走り、その顔にも煽られたが衝動はぐっと抑えた。
 土浦を抱きたいと思う。すべて、自分のものにしたいと思う。だがそれを土浦が望まないというのならば、それを土浦に強要することは出来ない。
「梁太郎が好きだから抱きたい。だめだろうか」
 少しずるい聞き方をしたという自覚はある。だが、早く答えが聞きたかった。


「お前、ずるい…」
 真剣な目で、そんな風に聞かれたら嫌だとは言えない。そして答えをこちらに委ねられたのだと気付いて思わず恨みがましい言葉が口を出ていた。
 元々、嫌だと言う気はなかった。急過ぎて感情がついていかなかったが、蓮に触れられることを嫌だとは思ってない。もしかしたら、いつかこんな風になるんじゃないかという予感もしていた。でもまさかそれが今日になるとは考えてなかったし、心の準備なんて全くしていなかった。
 いいとも悪いとも答えないでいれば、蓮はその答えを待ったままじっと見つめてくる。
 さっきまではどこか強引だったくせに決定権をこちらに寄越したということは、ここで嫌だと答えたら、蓮はもう二度とこんなことを言い出さない覚悟なんだろう。その気持ちが真っ直ぐにこちらを見ている表情からひしひしと伝わってくる。
(あぁもう、本当にずるい。俺のことを考えてくれてるって、気持ちがわかり過ぎてムカつく)
 唯一人を選ばないと解けない魔法を解いてくれた蓮。自分だけが蓮に愛されているのだという幸福感。もっと愛されたいと思う尽きない欲望。
 自分の飼い猫にさえやきもちを妬くほど愛されていることを知って、エーデルシュタインをだしに使った時点で蓮の独占欲を煽ったも同然だったのだと気付けば、急過ぎると責める資格なんて自分にはない。
「だめなわけ、あるわけないだろう」
 ものすごく、本当にものすごく恥ずかしかったが、今ここで蓮の手を放すことなんて考えられず、蓮の頬に手を伸ばして引き寄せて、そっとキスをした。
「俺も、蓮が欲しい」
 エーデルシュタインとして傍にいたときから蓮のことが好きだった。だが、エーデルシュタインとして蓮の傍にいるだけでは嫌だった。魔法が解けるかどうかなんて関係なく、蓮に愛されたいと思った。その蓮に愛されている今、蓮を欲しいと思わないわけがない。
「梁太郎っ」
 気恥ずかしさを我慢してじっと見つめていれば、噛みつくような勢いでキスをされる。今まで一度も見たことのない表情を見せられて、不安よりも期待に胸が高鳴った。
 長いキスに頭の中が酸欠状態でくったりしていると、不意に立ち上がった蓮にそっと手を引かれた。
 引かれるままに立ち上がろうとするのだが、どうにも足に力が入らなくてもたもたしていれば、どこにそんな力がと思うくらいの勢いで抱き上げられ、そのままベッドに座らされてしまった。
 抱き締められるのは初めてではないのに、妙にドキドキしてたまらない。それとは別にどこか懐かしさのようなものも感じていて、その正体を知りたくておずおずと蓮の背に腕を伸ばした。
「蓮…」
 知らず、甘えたような声が出て、とっさに口をつぐんだがもう遅い。少し驚いた表情を向けられ、気恥ずかしさに顔へと熱が集まっていく。
 蓮は驚き顔を笑みに変え、掠めるように頬を撫でてくる。その仕草もどこか懐かしくて思わず目をつぶれば、撫でる手はそのままに触れるだけのキスが何度も繰り返された。
(もっと…)
 心の中で無意識に思い、撫でる蓮の手に頬を摺り寄せれば、不意に懐かしさの正体が心に浮かんできた。
 同じことを、エーデルシュタインのときにしたことがある。あの頃はまだ、蓮を好きになっていなかった。でも蓮の手を、ぎこちなく触れてくる手を、気持ちいいと思っていた。
 蓮は今、どんな気持ちで触れているのだろうか。
「蓮は俺に、触れたい…?」
 考えるより前に言葉は声になっていて、そのせいかなんだか随分と幼い聞き方になってしまった。
「梁太郎に触れたい。キスしたい。抱き締めたい。全部、俺のものにしたい」
 望んだ答え以上の返事を貰い、真剣な表情にはっきりと欲を含ませて見つめられれば、もう不安なんてどこにもなくなってしまう。
「全部、蓮にやる…。俺も、蓮が欲しい」
 触れたいと思う。触れられたいと思う。全部、本当に全部、欲しいと思う。



※5話はR18設定としますので18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください※
飛ばして6話を読んでも話はわかるようになってます。