TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

魔法の余韻3

「なんとなく、納得がいかない」
 さっきから蓮は会話と会話の間に独り言のような同じ言葉を繰り返している。
 だがそれが独り言ではないことは、どこか恨みがましい目がこちらへと向けられていることで理解していた。
「俺に言われても…仕方ないだろう」
 対する返事も、同じ言葉を繰り返すことしか出来ないのは、その原因が膝の上へと乗ってきてしまったエーデルシュタインの行動なのだとわかり過ぎるほどにわかっているからだ。だが、ふわふわとした暖かさは手放し難く、そして寛がれてしまえばなんとなく邪険にも出来ずそのままにしていた。
(猫に妬くとか、変だろ、それ…)
 そうは思うものの、それが蓮に選ばれたのだという何よりの証明で、心のどこかには嬉しいと思う気持ちもある。だからもう少しこの気分を味わっていたいと思ってしまうのも膝から下ろせない理由で、だからこそエーデルシュタインもわざわざ人の膝の上で寛いでいるのかもしれなかった。
 蓮と一緒に数曲合わせたとき、エーデルシュタインは椅子の上で静かにその演奏を聴いていた。
 二人で奏でる音色は、エーデルシュタインの耳にどんな風に届いたのだろうと思う。そして、土浦梁太郎が奏でる音色を、どんな思いで聴いていたのだろうかと思った。
「なぁ、自分の音を客観的に聴くのって、どんな気分なんだ?」
 音楽科の授業では録音した自分の音を聴く機会もあるのだと聞いていて、それを蓮に聞いてみたいと思った。
「そうだな、弾いているときに気になったところや納得が出来ていない演奏を改めて聴けば、何がいけなかったのか気付くこともあるし、余計にわからなくなるときもある」
 それは気分とは少し違う気もしたが、蓮らしい答えのような気がして思わず笑ってしまった。
「いい演奏が出来たときは?」
 だから続けてそう聞いてみた。
「100パーセント納得のいく演奏だったと思ったことはまだないんだ。だから、やはりよかったところよりも悪かった箇所ばかりを気にしてしまう」
 これもまた蓮らしい回答だなと思い、自分の音を客観的に捉えることが出来るからこそ、いつだって上を目指して努力を続けていけるのだろうと思った。そして自分はそんな風に聴くことが出来るのだろうかと考えてみる。
(人から下された評価で逃げ出すような俺には無理かもしれないな…)
 例えそれがどんな理由であれ音楽から逃げ出したことは事実で、中途半端だと言われても仕方ないことだったのだと思う。
「だが、君と一緒に演奏するときは、不思議と思い通りの音色を奏でられたと感じることが多い。さっきの演奏もまだ、頭の中に余韻が残っている」
 少しだけ沈みかけた気分が、蓮の言葉で浮上する。全然違う言葉なのに、過去を振り返って悔やんでいても仕方ないのだと、そう言われたような気がした。
「確かに、一人で弾くよりも自然な音色で弾けたような気がするな」
 曲を思い、そして蓮を想って奏でる演奏は、頭で考えなくても心が感じるままに音色へと変わっていくような心地よさがあった。
 その音色を思い出していれば、こちらへと向けられていた蓮の視線がより強くなったように感じた。
「君は俺にないものをいつも気付かせてくれる。いいことも、そうではないことも…」
 並んで座っていた蓮との距離が不意に近付く。それが何を意図しているのかわかるからこそ思わず俯いて、そしてエーデルシュタインの姿が目に入って失敗したと思った。
(そうだ、二人きりじゃなかったんだ…)
 そう思った途端、膝の上の小さなぬくもりはまるで名残など見せずに膝から下り、まるでそれを追うように蓮も傍を離れていった。
 蓮の意識がエーデルシュタインへと向けられたのだと思えば胸が痛く、咄嗟に蓮へと腕を伸ばした瞬間、部屋のドアへと手を掛けるその後ろ姿が目に入り、驚きと不安が同時に襲ってきた。
 だが、そのドアが開いても蓮が出て行く気配はなく、そしてまた何事もなかったかのようにドアは閉められた。
「梁太郎…」
 振り返った蓮は一瞬、驚いた顔を見せ、すぐにそれを嬉しそうな笑みへと変えた。そして中途半端に伸ばしたままだった腕を捉えられ、引き寄せる強さのまま、蓮の腕の中へと抱き締められた。
「え…、何…? え…、あっ!」
 状況が把握できなくて間抜けな声を上げていれば、どこか別のところから不意にその答えが浮かんできた。
(蓮がドアを開けたのは、エーデルシュタインを外に出すためだったんだ…)
 急に自分の勘違いに気付き、一気に顔へと熱が上がっていく。
「俺が出て行くとでも思ったのか?」
 そして蓮からもその勘違いを指摘され、顔が熱くて熱くて堪らなくなった。色々と恥ずかしくて蓮の腕から抜け出そうとしてみたがそれは叶わず、仕方なく蓮の胸に顔を埋めるようにして俯けば、抱き締める蓮の腕は更に強くなってしまった。
「俺が君の傍から離れるわけがないだろう」
 耳元で囁かれた蓮の声にからかうような響きはなく、それはまるで絶対に離れないと、そう言われているような気がした。