TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

魔法の余韻2

「お邪魔、します」
 土浦を部屋へと招き入れれば家に入って来たときよりもどこか遠慮がちな声が聞こえた。
 その声に振り返れば、土浦はドアノブへと手を掛けた状態で止まっている。それを不思議に思っていればドアの隙間からエーデルシュタインが入ってきて、それを確認してやっと土浦はこちらへと視線を向けた。
 それはいつも自分がとっている行動であったが、なんとなく面白くない。
 土浦を家へと誘ったのはもちろん一緒に練習するためだったが、それとは別にもう少し一緒にいたいと思う気持ちがあったことも否めず、エーデルシュタインに邪魔をされていると思ってしまうのは仕方がないと思う。
 エーデルシュタインが土浦だったのだと知ったのは、土浦に好きだと告げた時だった。
 母が知人から貰ってきたという猫にエーデルシュタインという名前を付けたのは、宝石のように輝く瞳が印象的だったからだ。その後、出会った土浦の目も、とても印象的で心に残った。
 土浦とは初対面で軽く仲違いをし、同じ学内コンクールの参加者となった後もお互い、いい印象を持っていなかった。違い過ぎる性格と音楽性故にその演奏を認められず、それでも土浦が奏でる音色に惹かれていくことを止められなかったあの日々は、今でも思い出すと少し胸が痛くなる。
 まだ事実を知らない頃、よく似た瞳を持つエーデルシュタインに土浦を重ねて見ていたことは確かにあったが、エーデルシュタインを土浦だと思ったことは一度もない。だからエーデルシュタインとの接し方は、ずっとお互いに変わっていない。
 だが今、エーデルシュタインから向けられる態度は明らかにいつもと違う。気まぐれで行動が読めないことはよくあることだったが、さっきから見せられている態度は気まぐれという言葉では片付けられないレベルだ。
 少し俯いた土浦の視線を追えば、その足元を通り過ぎるエーデルシュタインの姿が目に入る。そのままこちらに向かってきたと思えば、人の足元をしっぽで掠めてから机の椅子へと飛び乗った。
 両足を揃えて座り、ピアノとヴァイオリンケースを交互に見つめてから、真っ直ぐにこちらへと視線を寄越した。
「演奏を聴かせろということか…」
 その一連の動きで、エーデルシュタインが何を言いたいのか一瞬で理解する。
 ピアノの椅子に土浦が座るとわかっているからこそ、定位置ではない机の椅子を選んだのだろう。
「あぁ、確かに。俺たちの音色を傍から聴いてみたかったかもな」
 思わずため息混じりにエーデルシュタインを見ていれば土浦にそう言われて驚いてしまった。
「聴いてみたいと、そう考えることも出来るのか…」
 二人で奏でる音色を奏でながら聴くことは出来ても観客として聴くことは出来ない。だが、重なり合った音色を感じながら演奏出来ればそれが一番なのだと思っていたから、聴きたいと考えたことはなかった。
 土浦の一言で、自分では考えられなかったことに気付かされる。新しい意見が、思いもよらない考え方が、心の中にすっと沁み込んでくる。
 出会った当初から土浦とは意見が合わず、だがこうやって色々と話をしているうちに自分の考え方も少しずつ変わってきたように思う。
 何もかもを認めたわけではなかったが、少なくともただ意見を否定するだけではなく、自分でも考えてみるようになったことは確かだ。
(梁太郎と出会って、俺は変われたのかもしれない)
 相手の意見を認められるようになって、考え方の幅は確実に広がったと思う。逆に狭くなったこともあるのだと自覚しているが、それさえも相手が土浦だからこそと思えば嬉しい変化だと思えた。
「二人の音色を聴く初の観客者がエーデルシュタインだというのも悪くない」
 真っ直ぐにこちらを見ているエーデルシュタインの目は、出会ったばかりの頃、観客になるから演奏を聴かせろと、そう言った土浦の目と同じだった。
 そして土浦に視線を向ければ、挑戦的ではあるもののどこか楽しそうに笑っている。その笑顔が向けられていることを、二人で音色を奏でられることを、本当に嬉しいと思う。
 二人の視線がやわらかく絡んだことがまるで合図だったかのように、それぞれピアノとヴァイオリンケースに手を伸ばす。確かめるようなお互いの音色が部屋に響き、そしてまた同じタイミングで目が合ったときに、今まで感じたことのない高揚感と幸福感に包まれた。
(俺は、なんて素晴らしい出会いをしたのだろう)
 たぶん、もうこんな出会いは一生、訪れないと思う。それは大げさな表現ではなく、本当に心からそう思える。
「聴かせてやろうぜ、俺たちの音を」
 まっすぐに向けられた土浦の瞳に、出会ったあの日のことを思い出す。
 この瞳が心から離れなかったのではなく、この瞳に心が奪われ、離したくなかったのだと気付く。
「いつか、俺たちの音色を世界中で響かせてみたい。きっと、最高の演奏会になると思う」
 今はまだ1匹の猫に聴かせる演奏なのだとしても、いつか同じ舞台で、競い合うのではなく一緒に同じ音色を奏でることが出来ると信じている。
「それは楽しみだな」
 本当に嬉しそうに笑う土浦のその笑顔に、もう何度目になるかわからないが心が奪われる。
「梁太郎…」
 だから見上げてくる土浦の、その顔の角度を利用してそのままキスを落とした。
 そっと触れ、そして小さな音を立てて離せば目の前には照れた土浦の顔がある。
「お前、ホントに不意打ち過ぎ…」
 そんな文句すら可愛く思えてしまうことが幸せで、もう一度、顔を寄せれば小さく睨まれたが、避けられることはなくて更に幸せだと思う。
「甘い演奏になりそうだな」
 小さくそうつぶやけば、返事は土浦ではなくエーデルシュタインから、まるで早く弾けと催促をされているような鳴き方で返ってきた。