TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

黒猫の魔法23

「さっき合わせた曲だが、今度は…って、あっ!」
 土浦と一緒に練習をした放課後の帰り道。
 交差点の先に何かを見つけたらしい土浦は、会話の途中でそう小さく声を上げた途端に走り出した。
 突然のことに驚いて思わず横断歩道の真ん中で止まってしまったが、交差点のその先で立ち止まった土浦が見えて追いかけるように歩き出した。
 どうやら誰かを見付けて話をしているらしいが、ちょうど土浦の陰に隠れていて相手の姿は見えない。覗き見ようと思ったわけでもないが、やはり誰だか気になって近付けば見覚えのある女性が立っていた。
「はじめまして。…ではないか」
 見た目よりも少し大人びたように思える声でそう挨拶されたが、胸の辺りがざわざわとするような、不快感にも似た感覚に身体が冷えて返事を返すことは出来なかった。
 そこにいたのは第2セレクションのときに土浦と話をしていた女生徒で、あのとき自分へと向けられた意味ありげな微笑みがそっくりそのまま目の前にあった。
 何か最悪なことを考えそうになって、その思考を無理やり止める。気にならないと言えば嘘になるが、土浦を疑っているわけではない。
(そうだ。俺は梁太郎を、梁太郎の気持ちを信じている)
 そう思えば気持ちはすっと楽になり、嫌な考えなど何も浮かんでこなくなった。
「こんばんは」
 彼女の言葉にどう返事をしたものかと考えたがうまい言葉など見付からず、当たり障りのない挨拶を返せば驚いたような顔を見せられた。
「まさかこんな風に当てられるとは思ってもみなかった。おまえ、本当に愛されているんだな」
「な、何言って…っ。別に、ただ挨拶しただけだろう」
 そしてその表情のまま言葉は土浦へと向けられ、それに対し過敏な反応を返す土浦とのやり取りを見ても嫌な気分になることはなかった。
「蓮も、なんでもない顔で聞いてるなよ」
 そんな二人のやり取りを黙って聞いていれば土浦は睨むような、でもどこか照れた風な表情を向けてきた。そう言われて会話の内容を思い返せば、ふと疑問が湧いてきた。
「彼女は、俺たちの関係を知っているのか?」
「それは…まぁ、なんていうか…」
 こんな風に言い淀むのは土浦らしくないような気がしたが、それを疑う必要はないのだということは、うっすらと赤く染まっていくその顔が教えてくれた。
「こいつは俺に魔法をかけた張本人だからな。っていうか、気になったのはそこなのかよ」
 早口で告げられた土浦と彼女との思いもよらなかった関係に驚き、だがそれを通り越してほっとしてしまったのは、疑ってはいなくてもやはり心のどこかで気になっていたからだろうか。
「それ以外に何か?」
 他に気になることはあっただろうかと考えてみたが思い当たらない。それに間違ったことを言われたわけではないから訂正する必要もないだろう。
「何かってお前…」
 ぶつぶつと文句のような言葉を言いながらも土浦は照れた顔を見せ、つい数日前まではこんな表情を見せてもらえるとは思ってもみなかったから嬉しくなる。気持ちを伝えることが出来て、本当によかったと思う。
「いいな、おまえたちは」
 その声に釣られるように彼女へと視線を動かせば、長い髪を揺らしながら笑っていた。
「なっ…!」
 笑われたことに対し土浦は文句を言っている。だがその言葉からも表情からも嫌な印象は受けず、むしろ更に嬉しい気持ちにさせられたことを幸せだと思った。



「それよりも、この前のあれはなんだよ」
 蓮や黒猫との一連のやり取りに一人恥ずかしくなっているのを誤魔化すように、次に会ったら聞こうと思っていたことを口に出した。
 突然、蓮の部屋へと移動させられたあの日、帰り道に通ったいつもの交差点で、いなくなってしまったのだとそう思っていたエーデルシュタインが黒猫と一緒にいるのを見つけた。
 思わず駆け寄れば身に憶えのある仕草で足にまとわりつかれ、蓮にされたのと同じように抱き上げれば小さな身体は腕の中に納まった。だが、なんとなくぎこちない感じがするのはお互い様のようで、同じタイミングでお互いの顔を見てしまったのは仕方ないことだと思う。
 そして気付けば相変わらず詳しい説明がないままに黒猫はその姿を消していた。そのまま途方に暮れていたところで黒猫は戻ってくるはずもなく、今来た道を引き返してエーデルシュタインを蓮の家へと連れて行くことしかそのときは出来なかった。
 とりあえずそれまでのように意識だけが移動したわけではなく、身体ごと移動してしまっていたのだと理解しておくしかなかったが、黒猫に会ったらその真相を聞き出そうと思っていたところだった。
「あれとは…この前のお礼のことか? 気に入らなかったか? おまえは贅沢だな」
 不思議そうな顔でそう聞いてくる黒猫に、まともに話そうと思っていた自分が間違っていたのだと思い出す。
「贅沢って、そうじゃなくてっ…」
「わかっている。また魔法をかけられたのだと心配しているのだろう。残念だがあれは1度きりだ。おまえたちはそれを望まないだろう?」
 反論が返るのをわかっていてやりましたというしたり顔でそう言われ、じゃあ最初からそう言えと文句を言ってみたが、どうせ効き目などないのだろう。
 どうにも食えない黒猫の態度に悔しいやら腹立たしいやら色々な感情が浮かんできたが、それよりも隣で蓮がクスクス笑っているのが気になった。
 さっきから、蓮はなんでもない顔でこちらの会話を傍観している。それは蓮が第2セレクション後の廊下で見せた黒猫への最初の態度と真逆過ぎて、どうしてこうも短期間で態度を変えられるのだろうと不思議に思ってしまう。
(あのときは無表情に、冷たいオーラを放っていたくせに…)
 それが嫉妬に近い感情だったのであろうことはその後の会話で知ることになったが、じゃあ何で今はそんなにも落ち着いて笑っていられる余裕があるのだろうと、そんな風に考えて少し面白くない気分になる。
 そんなもやもやとした気持ちで蓮を見遣れば、不意に優しい笑顔を向けられてしまった。
「そんなに可愛い顔を惜しみなく誰にでも見せないでくれ。さすがに少し妬けてしまう」
 そしてまた思いもよらない言葉をかけられ、一気に顔へと熱が集まってしまった。
「楽しませてくれそうだとは思っていたが、ここまで惚気られることになるとは思っていなかった。だが、これで一安心だな。あとは二人で末永く幸せにやってくれ」
 ためいきでも落としそうな呆れた声でそう言われたが、黒猫の表情はその声と言葉とは裏腹に楽しそうで、そしてどこか嬉しそうにも感じられた。
「もちろん」
 それに対する言葉を見付けられないでいれば、蓮はまたなんでもないようにそんな返事を返し、そしてさも当たり前といわんばかりにその腕に引き寄せられた。
「それでは、邪魔者は去ることにしよう」
 二人の間で交わされるそんなやり取りに口を挟む間も、回された腕を振り解く間もなく、黒猫はひらひらと手を振るとその場から消えてしまった。
 その瞬間に聞こえてきたチリチリと鳴る鈴の音が、何故か妙に耳に残った。



2011.12.23up