TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

黒猫の魔法24

「結局、うやむやにされた気がする…」
 消えたその後ろ姿を追う土浦の瞳はどこか切なそうで、だから独り言のようなつぶやきが文句だけではないように思えて、思わず回していた腕に力を込めてしまった。
「何で、俺だったんだろうなぁ」
「嫌だったのか?」
 切なさを無理に隠すような苦笑いの表情が気になったがうまい言葉など見付けられず、土浦の気持ちを聞きたくてそう尋ねていた。
「嫌っていうか…、最初はまぁ、いい気はしなかったけど、それ以上にやっぱり不思議だとは思うだろう。魔法にかけられるのなんて誰でもってわけじゃないんだろうしさ」
 土浦が魔法にかけられていたという事実を知っているだけで詳細は聞いていないが、やはり魔法をかけられた本人である土浦にとっては、かけられた者にしかわからない何かしらの思いがあるのかもしれない。
「きっかけは何であれ、俺は梁太郎に逢えて、好きになれてよかったと思っている。例えそれが魔法でも構わないとさえ思う」
 魔法と言われてもそれがどんなものなのかわからないし、ファータのような存在をこの目で見ていてさえ、自分にはあまり関係のないものだという認識しかない。だからこの出会いに何かしらの力が働いていたのだとしても、それは全てではなくひとつのきっかけに過ぎないだろう。
「だが俺は自分の気持ちが誰かに強制されたものだとは思っていない。梁太郎の気持ちも疑ったことはない。それでももしこの気持ちに何かしら魔法が関わっているというのなら、永遠に解けないことを俺は望むだろう」
 この気持ちを手放す気などさらさらなく、例えこの先に何があろうとも土浦を想う気持ちが変わることはないのだと断言できる。
 真っ直ぐにこの気持ちを伝えれば、土浦は驚いた表情を見せた後、その顔をまた赤く染めた。何度見せられてもその顔を愛しいとしか思えず、そしてもう誰にも見せたくないと思う。
「何でそんな風に言えるんだよ…。っていうか、近い…っ」
 拗ねたようなその表情もその言葉もまた愛おしく、隠してしまいたいと思って引き寄せるように回した手に自然と力が入ってしまっていた。
「何故と言われても…」
 押し返すように伸ばされる手を淋しく思いつつ、そういえば外だったのだなとなんとなく思い出し、仕方なく土浦からそっと手を離した。
 こんな風に人を好きになるのは初めてだった。まさか自分がこんなにも惹かれて止まない相手に出逢えるとは思ってもみなかった。
 土浦の音色に惹かれ、そして土浦自身に惹かれ、それを愛しいと思えるようになるなど、本当に思ってもみないことだった。だから魔法をかけられたのは土浦ではなく、自分だったのではないかとすら思う。
「俺は梁太郎のことが好きなんだ。好きという気持ちでは足りないくらいに…」 
 この想いをいくら言葉にしても足りず、伝えるたびに想いは増していく。
(恋とは、魔法と似ているのかもしれないな)
 自覚したときにはもう手放せなくなっている恋心というものは、不意にかけられた魔法のようなものなのかもしれないと、ふとそう思った。



「足りない、って…」
 蓮の口から告げられる言葉のひとつひとつに、どうしようもなく気恥ずかしい気持ちにさせられた。
 考えてみれば会話らしい会話を交わしたのは数えるほどしかなく、それなのにどうしてこうもなんでもない顔ですらすらとそんな言葉を並べられるのだろうかと不思議に思い、それ以上に感心すらしてしまう。
 何をどう言っても、どんな態度を返しても、蓮は予想を遥かに超えた言葉と行動を向けてくる。それは土浦梁太郎として、そしてエーデルシュタインとして見てきた蓮とは少し違う気もするが、知らない一面を見せられるたびに蓮への想いが増していくような気がした。
「想いが叶って、俺は欲張りになったのかもしれない」
 離れたはずの手がためらいがちに伸ばされて制服を掠めていくその触れ方に、エーデルシュタインに対してどこか恐る恐る触れてきた蓮の手を思い出す。
 その手を、嫌だと思ったことは一度もなかった。むしろもっと触れてほしいと思ったのは、果たして猫だったからという理由だけだったのだろうか。
 触れるというよりは乗せるという行動に近かったその手がいつしかなんでもなく触れてくるようになり、抱え上げられて腕の中で撫でられることを嬉しいとさえ思っていた。
「俺も…」
 こんなにも蓮を好きになり、そして同じ気持ちを返してもらえるようになるとは思ってもみなかった。愛されることは難しいと、そんな風に思っていた。
(でも今、蓮と俺の想いが同じであることは紛れもない事実だ)
 猫のときのように触れてくれることをねだるようなことは出来ない変わりに、蓮の指へと自分の指を絡めてみる。
 少し冷たい蓮の体温が直接伝わってきて、それだけで心があたたかくなるような安心感があった。
「俺は愛されたら解けるっていう魔法をかけられた。だから自分にかけられた魔法が解けるとは思ってもいなかった。だけど、好きになってほしいと思ったことはある。その相手が蓮だったからこそ、俺は好きになってほしいと思ったんだ…」
 猫のままでもいいと、蓮の傍にいられるのならそれでもいいと思ったこともあった。だがそれは言い訳でしかなく、本当はずっと蓮に愛されたいと思っていた。
(他の誰でもない俺自身を、蓮に好きになってもらいたかった…)
 絡めた指に力を込めれば、それ以上の強さで握り返してくれることが嬉しい。嬉しいからこそ、誤解されたくなくて言い出せなかった魔法のことを、蓮がどう受け止めたのかわからなくて少し怖かった。
「魔法を解くためにそう思ったんだと、蓮は疑うか?」
 思わず確かめたくて聞いてしまったその言葉は、もしかすると声が震えてしまったかもしれない。
「俺は言ったはずだ。梁太郎の気持ちを疑ったことはないと。それに例えもしそうだったとしても、俺の気持ちは変わらない」
 触れる指先から、紡がれる言葉から、蓮の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
「だが、この先はもう、君の心変わりを俺は許せはしないだろうから、覚悟しておいてほしい」
 真っ直ぐに、本当に真っ直ぐにそう告げられて、蓮の想いが本当に唯一なのだと改めて思い知る。
 安堵と羞恥が一気に襲いかかり、そしてそれら全てを含めて心が満たされるのを感じた。
 蓮の言うとおり、魔法はひとつのきっかけに過ぎない。そのきっかけをどの未来へと繋げるのかは、自分次第だ。
 そう思えば、黒猫に魔法をかけられたことも、リリにコーンクールの出場を勝手に決められたことも、ひとつの通過点だったのだと思える。
「俺だって、お前の心変わりは許さないからな」
 この先に変わることのない、唯一人を選ばないと解けない魔法なのだと黒猫は言っていた。だから蓮の気持ちが一生変わらないと知っていて、あえてそう告げる。
 お互いに向けられた真剣な目が、同時に緩んで笑みへと変わる。
 こんな風に、蓮と笑い合える日がくるとは思いもしなかった。あの出会いがこんな風に形を変えるなど、一体、誰が想像出来たというのだろう。
 だがこれは夢でも幻でもなく、ただほんの少しの魔法が加わっただけの現実だ。
(あいつの魔法って、何だったんだろうな)
 考えても答えは出そうにない疑問を心に浮かべながら、たぶんもう会うことはないであろう赤い目をした黒猫のことを思い出す。
『これからももっと楽しませてくれるのだろう?』
 いつもの塀の上で黒猫が楽しそうに笑っているようなそんな気がして、答えの代わりに蓮の手をぎゅっと握り締めた。



黒猫の魔法
2010.12.29up
(2011.12.22)
コルダ話70作目。
やっと完結しました!
出会いは相変わらずで経過も相変わらずでしたが
気付けば甘々な二人になりましたよ^^
猫な土浦君を書くのは楽しかったです♪