TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

黒猫の魔法15

「月森君の演奏って、第1セレクションの頃と少し変わったよね」
 コンクールの第2セレクション開催が近付くと、普通科クラスの間でもコンクールの話題がちらほら登るようになっていた。特に騒いでいるのは女子たちで、その話題は演奏よりも外見重視のものが多かったが、たまにこうやって核心をつくような会話が耳に入ることもあった。
 確かに蓮の演奏はあの頃と比べてずいぶん変わったと思う。
 いつでも無表情で淡々とヴァイオリンを弾いているように感じていたが、ここ最近では技術の高さはそのままに優しくやわらかい音色を奏でるようになった。それは弾くこと自体を楽しんでいるようにも見えるし、弾き終えた後に見せる表情も満足そうだ。
 だがたまにその表情を淋しそうなものへと変え、また以前のように技術だけの演奏をすることもある。そのときの蓮の演奏は、鳥肌が立ちそうなくらいの凄さを感じさせる。
「変わったといえば、土浦君の演奏も少し違う感じだよね」
 会話の内容に自分の名前が出てきて内心、焦る。
 蓮への気持ちを自覚した後であんな演奏を毎日のように近くで聴いていればそれに自分が影響されないはずもなく、自分らしいと思っていた演奏が出来なくなっていることはここのところずっと感じていた。
 第2セレクションも間近だというのに、納得のいく演奏が出来ていない。前回の2位という結果を覆したいのに、蓮との、そして他の出場者との差は開く一方だ。
 ピアノを弾いていれば思い出すのは蓮の音色で、意識しないようにすればするほど、思い出す蓮の音色は鮮やかになる。そしてもっと合わせて弾いてみたいと、そんな風に思ってしまう。
(こんな風に意識するようになったのは、一緒に演奏してから、だよな…)
 蓮はあの日の演奏をどう思っているのだろうか。蓮の演奏が変わったのも一緒に演奏したその後からだったが、それはきっと第2セレクションでも優勝を狙っているからであって、間違っても自分の演奏が蓮に影響を与えているからではないだろう。
(俺の演奏が優勝を狙えるものだって思ってくれてるんなら、嬉しくもあるんだが…)
 だが、ライバル視されているだけなのだと思えば、少し淋しくも思ってしまう。そして蓮のことを考えて自分の演奏が出来なくなってしまうような状態では、ライバルにすらならないこともわかっているから余計に気持ちが沈んでいく。
 あの日以来、蓮とはそんなに会っていないし話してもいない。元々校舎が違うから休み時間に偶然会うこともないし、放課後も遅めに練習室へと向かい早めに切り上げて会わないようにしている。
 そうやって蓮のことを避けていても、猫として蓮の傍にいることは避けられない。名前を呼ばれない日など一度もないし、練習中に部屋を出て行こうとしても扉を開けてくれることはないし、出られたとしても少しすればまた部屋へと連れ戻されてしまう。
(最初の頃は触ることすら滅多にしなかったくせに…)
 撫でられる回数は確実に増えた。練習以外でも部屋へ行くときはわざわざその腕の中に抱えていく。名前もよく呼ばれるし、あまり見たことのない微笑みすら向けてくる。
(魔法をかけられたのが猫だったら、とっくに解けてそうなのにな…)
 前にも似たようなことを考えたことはあったが、今はそれでは嫌だと思ってしまう。
(猫じゃなくて、俺を、俺自身のことを蓮に好きになってもらいたい…)
 愛されたいと思っても愛されるわけじゃない。以前、黒猫にそう答えたときも簡単な気持ちで言ったわけではないが、今、その言葉にはそのとき以上に現実感がある。
 蓮に愛されるなんて無理に決まってる。そしてこの考えも、間違いなどではなく事実だったのだと実感させられる。
 こんな風に考えることも、こんな風に考えて調子を落としていることも、蓮に知られたら幻滅されてしまうだけだろう。
 それを嫌だと思う自分の気持ちも、こんなことでうじうじ悩んでいる自分も、らしくないからイライラしてしまう。
 どうして魔法などかけられてしまったのだろうか。どうして魔法を解くための相手が蓮だったのだろうか。どうしてこのタイミングでコンクールが始まり、その参加者として蓮と出会い競うことになってしまったのだろうか。
 もしも魔法になどかけられずに蓮とコンクールで競い合うことになっていたら、こんな気持ちを抱くことはなかったのだろうか。魔法をかけられたていたとしても競い合うようなことがなければ、蓮との出会いは少し変わっていたのだろうか。
 ただ、わかっていることがひとつだけある。
(俺は、魔法を解いてほしいから蓮に好きになってもらいたいんじゃない)
 魔法なんて今は関係ない。
(俺が蓮に惹かれたから、だから蓮にも俺を好きになってもらいたいんだ)
 それならば今、自分がやるべきことは悩むことなどではなく、蓮に好きになってもらうように行動することでもなく、自分らしい演奏を早く取り戻して蓮に聴かせることなのではないだろうか。
 この気持ちを口に出して蓮には伝えられないが、音色を聴かせることは出来る。気持ちなど伝わらなくてもいい。ただ、奏でる音色を聴いてほしい。
 自分に出来ることを精一杯やって、その音色を会場に響かせたい。だから今は音楽に集中しようと思った。



2011.6.17up