TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

黒猫の魔法14

「わけ、わかんねぇ…」
 帰宅して自室に入ると放るように鞄を置き、ベッドへと突っ伏してためいきを吐いた。
 さっきからずっと、蓮のことばかりを考えている。蓮の声、蓮の表情、蓮の音色、蓮の言葉…。
「心に響くとか、何だよ、それ」
 いつもどこか冷めたような表情が、そのときだけ微かに笑ったように見えた。その表情を、その言葉を思い出すだけでまた顔に熱が集まってくるのを感じる。
 蓮に惹かれ始めているのだと、改めて気付かされてしまう。
「有り得ない。深い意味はないって言ってたじゃないか」
 実際、ないという言葉は言っていなかったような気がする。だが、蓮はそう言うつもりだったことくらいわかる。
 それが妙に悲しかった。だから急いで、自分もそうじゃないと言葉にした。気の所為だと蓮にも自分にも言い訳をして、自分の気持ちをなかったことにした。
「何だよ、この気持ち…」
 枕に顔を埋め、込み上げてきそうな気持ちを無理やり押さえつけるようにぎゅっと目をつぶれば、初めて蓮と合わせた音色が不意に浮かんでくる。
 あれから、蓮がコンクールで弾いた曲を一度だけ合わせて弾いた。
 蓮のヴァイオリンは圧倒されそうなほどの深い音色を奏で、けれどそれまでに聴いていたどの演奏とも少し違うような気がした。
 そして正反対だと思っていたはずの音色が、一緒に奏でていくうちに不思議と綺麗に重なっていった。
 蓮の演奏に合わせようと思ったつもりはない。つもりはなかったが、蓮の演奏に釣られたような気もするし、蓮が合わせて弾いてきたようにも思える。
「何で一緒に合わせようなんて誘ったんだよ…」
 驚きはしたものの、純粋に楽しみだと思った。たぶん、無意識に何かを期待していた。
 だが、蓮の真意がまるでわからないから苛立ちを覚える。こんな風に自分が一人で勝手に空回りしていることを悔しいと思ってしまう。
「もう、一緒に弾くことはないんだろうな…」
 コンクールはまだ終わっていない。第2セレクションの練習が始まってしまったら、競い合う相手と馴れ合うようなことを蓮はしないだろう。
(それなのに俺だけが、近くで蓮の音色を聴くことになる)
 傍で聴いていれば、蓮の音色にまた惹かれてしまうだろう。そして傍にいれば、蓮自身にも更に惹かれてしまう。
 いくら惹かれても、傍にいられるのは偽りの自分。本当の自分が愛されなければ、解けない魔法。
 もしも魔法なんてかけられていなければ、蓮に惹かれることなどなかったのだろうか。
 ふと枕から顔を上げ、時計へと視線を向ける。学校から蓮の家までどのくらいの時間がかかるのかはわからなかったが、これまでのタイミングからすればそろそろ家に着く頃だろうか。
「逢いたいような、逢いたくないような…」
 そうつぶやいて、もう一度、枕に顔を埋めた。



「わからない…」
 ヴァイオリンケースを机に置き、ベッドへと腰を下ろしながら無意識につぶやいていた。
 一緒に部屋へと入ってきたエーデルシュタインを抱え上げ、その頭をそっと撫でながら頭の中ではずっと別なことを考えていた。
 土浦のピアノを聴き、そして土浦と一緒に演奏してからずっと土浦のことを考えている。
(こんなことは初めてだ)
 土浦の全てが心を占め、他のことを考えようとすればするほど土浦のことを思い出し、落ち着かない気分になる。
 初めて一緒に奏でた音色は、反発し合いながらも徐々にひとつの音色へと変わっていった。一緒に弾くのなら綺麗に重なる音色を奏でたいと思い、自然と弾くべき音色を奏でていたように思う。
 その音色を通じ、少しでも土浦のことを理解したかった。その音色から伝わる土浦の感情をもっと感じ取りたいと思ったが、音色が重なれば重なるほど、自分の気持ちも土浦の気持ちもわからなくなってしまった。
 わからなくて落ち着かないのに、でも重なる音色は心地よく響く。イライラした気分になりながらも、心の奥ではホッとするような温かさも感じていた。
(この気持ちは一体、何だろうか)
 そう自分に問うてみて、けれど思い付く答えは最初からひとつしかなかった。心に響くと、そう土浦に告げた言葉がもっと深い意味を持っていたのだと考えたときにも、辿り着くべき気持ちはひとつしか思い浮かんでいなかったような気がする。
(これは、土浦に好意を抱いているということなのだろうか)
 惹かれているのが土浦の奏でる音色だけではないことは、ずっと心の中を土浦が占めていることでも証明されてしまっている。
(俺は、土浦を好きということか…?)
 具体的な言葉で自分の気持ちを表現したことで、自分の本心を改めて自覚させられて驚いた。漠然とした想いを抱いていたことは自分でもわかっていたが、この気持ちがどういう意味を持っているのかまでは考えていなかった。
 一瞬、止まってしまった思考が、ふわりと触れてきたエーデルシュタインのしっぽの感触で動き出した。
「エーデルシュタイン…」
 声を掛けながらエーデルシュタインへと視線を向ければ、同じように緑色の瞳がこちらへと向けられた。
 触れる温かな体温が、楽譜を渡すときに微かに触れた土浦の体温を思い出させる。釣られるようにして思い出した照れたような表情に、まるで早鐘を打つかのように鼓動は高鳴った。
(俺は土浦が好きだ)
 そんな初めての感情に自分でも戸惑いはしたが、はっきりと自覚した自分の気持ちに驚くことはもうなかった。



2011.4.9up