TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

黒猫の魔法8

「何でまた、普通科からの参加者が増えるんだろうな」
 クラスでは今日になってまた新たに参加者が追加されたコンクールの話題で持ちきりだった。
 休み時間に掲示板を見に行けば、そこには土浦梁太郎という名前が書いてあり、演奏楽器はピアノと書かれていた。
 普通科の生徒に土浦が何人いるのかはわからず同姓の可能性もあったが、たぶんあの土浦だろうという確信めいた思いがあった。
 教室に戻れば土浦に関する噂話が嫌でも耳に入り、それを聞きたくなくて休み時間は教室を離れていた。噂話と言っても大した内容ではなかったが、本人の知らないところで話されるその内容が本当のことばかりではないということを知っている。だから、そんな曖昧な情報などは欲しくない。
(聞くのなら、本人から聞きたい)
 それを答えてくれるかどうかはまた別問題だが、噂だけで土浦のことを知ってしまいたくないと思った。
 それにしても何故、急に土浦が参加者に選ばれたのだろうか。
 昨日の会話からすると、金澤先生は土浦が音楽に関わっていることを、つまりはピアノを弾けることを知っていたようだし、土浦への頼み事とはコンクールのことだったのかもしれない。
 けれどそれが先生の頼みだとはいえ、あんなにもコンクールに対して嫌悪感を露にしていた土浦が承諾するとは思えない。それにあの練習室の予約は日野さんの名前で取られていたし、あのとき土浦は、もしも競い合うなら、という言い方をしていた。参加することがわかっていたならば、そんな言い方はしないだろう。
(そういえば、参加者を選んでいるのはリリだと、誰かが言っていたような気がする)
 初めてその姿を見たあの日以降、リリだけではなく、小さなファータたちを練習中に何度か見かけることがあった。
 人前で声を掛けるなと何度も釘を刺しているが効果はなく、好きなときに現れて言いたいことだけを言って消えるリリが選んだのならば、土浦がどんな理由を持ち出したとしても断ることは出来なかっただろうと予想がつく。
 リリが参加者を選ぶ基準はよくわからないが、それでも土浦の演奏を聴き、そこに何かを感じたからこそ選んだのだろう。
 けれど、このコンクールは一体何のために開かれているのだろうか。異なる楽器で、それも音楽科ではない生徒まで選出して、何を基準に審査しようというのだろうか。
(わからないが、出るのならば優勝以外は考えていない)
 例えどんな参加者が増えようとも、その音色が気になろうとも、自分がやるべきことはひとつだけなのだと、改めてそう思った。



『もう無理なのだ。参加することは決定なのだ』
 リリと名乗った小さな妖精をやっと捕まえてコンクールへの参加取り消しを掛け合ってみたが、あっさりと断られた。
 無理なんだろうとは思っていた。この手の輩の、こちらの都合など全く無視するそのやり方は嫌っていうほど経験済みだ。だからといって、わかりましたなんて言えるわけもない。
「勝手に決めるな。俺にも都合ってものがあるんだよ」
 昨日、日野の練習に付き合っているときから少しだけ嫌な予感はしていた。日野とヴァイオリンを包む光がやけに鮮やかで、それが気になって視線を上げた瞬間、楽譜の向こうでパタパタと羽ばたいている小さなヤツと目が合った。それはもう、バッチリと。
 こんな状況は慣れていたし、前に羽が見えた時点でなんとなく予想していたから心の準備は出来ていた。だから見えなかったことにして視線を鍵盤へと戻したが、それは何の効果もなかった。
 無視するなと言われ、その声に振り返った日野を味方に付け、そして明るく『そうだ、決まりなのだ』などと意味のわからない言葉を残して消えてしまった。
 何が決まりなのかはわからなかったが、日野には諦めたほうがいいと言われた。なんとなく気になりながらも練習を終えて日野を見送ったあと、廊下にリリが放つものと同じ光が見えたような気がして思わず扉を開けたところで蓮に出くわした。
 結局その光は見付けられなかったが、今日になって張り出されていたコンクール参加者追加の張り紙を見て、昨日のうちに探して問い質しておくべきだったと後悔した。
『我輩にだって都合があるのだ。我輩が決めたからにはもう誰も覆せないのだ』
 リリは、胸を張ってそう答えた。つまり、自分の都合が優先だと、言葉だけではなく態度でもそう言っている。身体は小さいくせに、態度はものすごくでかいらしい。
『だが、どうして出たくないのだ? 土浦梁太郎の演奏は最高なのだ。出なくてはもったいないのだ』
 その理由を聞かれ、思わず答えに詰まった。コンクールと名の付くものに出場したくないという気持ちもあるが、同じ出場者である蓮の演奏を間近で聴いているという今の状況が、どうしてもフェアではないように思えたことも理由のひとつだった。
(蓮の調子を落とす方法を、俺はたぶん知ってるしな…)
 聴いていてくれと、そう言われて部屋から出なくなってから、蓮は確実に調子を上げている。元々巧いとは思っていたが、初めて聴いたときよりもずっと、その演奏技術を確実に上げていた。
 まさかコンクールに出されるとは思ってもいなかったが、蓮に負けるつもりはないと言ったのは本心だった。だからこそ、競い合うなら公平な立場でいたい。
 けれどここで、魔法で猫にされて蓮の家で飼われている、などとは言えない。相手が相手なのだから信じてもらえないことはないだろうし、誰にも言うなと言われているわけではないが、言っていいことだとも思えない。
(もしもエーデルシュタインが俺だと知ったら、蓮はどう思うんだろうか…)
 そう考えた途端、急に背筋が寒くなった。明確な理由などわからなかったが、本当に、絶対に、蓮には知られたくないと思った。
『とにかく、土浦梁太郎の参加は決定なのだ。頑張って欲しいのだ!』
 沈黙をいいように解釈されてしまったのか、リリはまた言いたいことを言って消えてしまう。
 光さえその場に残っていなかったから、どこかに移動してしまったのだろう。いくら色々なものが見えるのだとしても、移動されてしまっては追うことも探し出すことも出来ない。
「はぁ…」
 知らず知らず、ためいきが落ちた。
 コンクールへ参加することよりも、蓮に対して隠し事をしている事実のほうが心に重く圧し掛かっていた。



2011.2.3up