『音色のお茶会』
黒猫の魔法4
「どうしたよ、しけた顔して。寝不足か? それとも朝練疲れか? 運動部は大変だな」授業と授業の間の中休みにぼんやりとしていればクラスメイトに声を掛けられ、そんなところだと苦笑いで返した。
よく眠れなかった。目が覚めて、人間へと戻った瞬間にそう感じた。
昨日の夕方、黒猫から逃げるようにイライラした気分で家へと帰り、ベッドへと横になったタイミングで猫へと意識が移動していた。
昼間の態度を思い出すといつものように部屋へと着いて行く気にはなれず、ソファのクッションの陰で丸まって寝ていれば、蓮はわざわざ声を掛けて頭を撫でてきた。
心配そうな態度と声と、そしていつもよりも優しく感じるその撫で方にイライラした気分が解されていき、逆にもっと撫でて欲しいとさえ思ってしまっていた。
(あれは、猫だから、だよな…)
猫になると感覚や考え方が人間のときとは少し変わることがある。猫の本能というものが働くのだろうか。
だから思いもしない気分になることもあり、それが自分の気持ちなのか猫だからこそ感じる気分なのかわからなくなるときがあった。
昨日はそんなことを考えてしまい、猫のときにもそれほど眠れなかった。
元々猫は夜行性だし、眠りも深くはないらしく寝ていてもすぐに目が覚めることなどよくあることだからあまり気にしていなかったが、何度目かに目が覚めたときに戻っていた人間の意識でも眠れなかったとそう感じた。
眠れなかったのは蓮の所為だ。
猫のときにはそんな蓮にイライラを解消されてしまったわけだが、人間に戻れば苛つく気持ちは余計に増したような気さえしてしまう。今も、昨日の態度を思い出すだけでイライラしてしまう。
(態度というよりは、あの言葉、なのかもしれないけど)
コンクールというその言葉が、心のどこかにいつでも引っかかっている。部屋に置かれたピアノを見て、思い出したくないのに忘れられない過去に縛られていることに気付かされた。
(自分が出るわけじゃないんだし、関係ない)
そう思うのは、自分に対する言い訳だ。
そして確かにコンクールは関係ないが、蓮自身は関係ないとは言えないから気が滅入ってくる。
(いっそのこと猫でなら、魔法が解ける可能性はあったような気がするんだが…)
そう考えながら、猫のときに見せられた優しげな態度を思い出していた。あんな態度もとれるのだと初めて知ったわけだが、知ったところでそれが猫ではないときに向けられることはないだろう。
逆に自分が猫になったときと同じような態度を蓮にとれるとも到底思えないし、とりあえず何とかしてみようなんていう気にもなれない。
でも、方法はひとつしかない。
(もしも魔法が解けなかったら、どうなるんだ?)
ふと、今更ながらの疑問が浮かぶ。
一生、夜になったら猫になる人生を送らなくてはいけないのだろうか。だが、猫になるきっかけが蓮の声なら、呼ばれなければ猫になることもないのかもしれない。
(猫のときにあの家から逃げ出して、それを俺が拾うとか…)
一瞬、都合のいいことを考えてもみたが、それが成功したところで根本的な解決策にはなっていないし、そんなことをあの黒猫が許すわけがないだろう。
ためいきを吐くついでに机へと突っ伏してみたが、その瞬間に鳴った始業のチャイムによってまた現実へと引き戻された。
2011.1.5up