TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

あらまほし2 *

 次に目が覚めたとき、月森はベッドの傍に座って楽譜を見ていた。
「目が覚めたか? 具合はどうだ」
 一瞬、何でここに月森がいるのだろうと思い、そういえば俺は熱を出して寝ていたのだと、自分の状況も一緒に思い出した。
「よく寝た…」
 朝に感じた頭痛はもうない。触れてくる月森の手も覚えのある程度の冷たさだと思えるから、熱はだいぶ下がったのかもしれない。
「確かに、よく寝ていた。疲れも溜まっていたのだろう」
 おでこにピタリと当てられた手に、熱が吸い取られていくような不思議な感じがした。
「熱はだいぶ下がったみたいでよかった。何か食べられそうなら用意してくるが、どうする」
 冷たい感触に思わず目をつぶりそうになったところで月森の声が掛かり、そして冷たさの余韻だけを残して手が離されてしまった。
「さすがに、少し減ってるような気もする」
 やっぱり淋しいような気がして思わず離れた手を目で追ってしまったが、身体が空腹を訴えるのも事実だったから、俺は誤魔化すように苦笑いで答えた。
「じゃあ、すぐに持ってくる。あぁ、それとも先に着替えるか?」
 そう言って、既に用意されていたらしい着替えを渡される。
 こんなにも面倒見がいいのは月森らしくなくて思わず笑ってしまい、こうやって笑えるくらいに身体は回復しているんだなと思った。

 それから月森の用意してくれたおかゆを食べ、まだ熱が下がりきったわけではないから薬を飲んでおいた。
 一晩寝れば明日には下がっているような気もしたが、その考えは月森に却下された。
 起きていても大丈夫だと言ってみたがそれも月森に許してもらえず、俺はベッドへと戻されて布団を被せられてしまった。
 なんだか至れり尽くせりな状態で、それもたまには悪くないかと、俺はおとなしく言うことを聞いていた。
「ところで、何か用があったんじゃないのか」
 片付けを終えた月森が戻ってきて、俺は少しだけベッドから起き上がって声を掛けた。さすがにもう眠くはないし話をするくらいなら大丈夫だろう。
 何の用事もなく月森が来るとも思えず、何か用があるなら聞いておかなくてはいけないと思った。
「それに、仕事はどうしたんだよ」
 いつから月森が部屋に来ていたのかはわからないが、けっこう長い時間、月森を拘束していることは間違いないだろう。
「外に出なければいけない仕事は済んでいるから大丈夫だ」
 質問の答えが返ってきたのはふたつ目だけで、ひとつ目の答えを待ってみたがその気配はなかった。
「で、用件は?」
 仕方なくもう一度そう聞けば、困った顔をしながら俺の髪をくしゃくしゃと触り始めた。
 その触り方が、どうにも月森らしくない。無口だったり言葉が足りなかったりするのは今に始まったことではないが、こんな風に誤魔化すことはなかったはずだ。
 じっと見上げていればその触り方が変わり、短い俺の髪を、だからこそ何度も何度も梳くように優しく触れてくる。
 それはいつもの月森の触れ方だったが、日常生活の中でこんな風に触れてくることはなく、俺のいる場所が場所なだけになんだか落ち着かない気分になってくる。
(これは、つまり、そういうこと、なんだろうか…)
 じわじわと、熱とは別の意味で体温が上がっていくのがわかる。月森も俺も忙しくて、しばらく逢っていなかったのだと思い出す。
 別にそれが、それだけが目的だったわけではないことくらいわかっている。たぶん、俺が休みだと知っていたからこそ、少しでも一緒の時間を過ごしたいと、そう思ってくれたのだと思う。
「たいした用事ではないんだ。また今度…」
 ハッとしたような顔を見せ、月森の手が離される。俺はそれを、追いかけて握り締めた。
「今がいい」
 何を言われたわけではなかったが、今じゃなきゃ、嫌だと思った。また今度なんて、待てないと思った。
 こんな風に思ったことをそのまま言葉に出したことはなく、やっぱりまだ熱があるのかもしれないと思う。
 それなら熱の所為にしてしまえと、俺は握った手を頬に触れさせ、反対の手で月森の首へと腕を回して引き寄せた。
「土浦っ」
 驚いたような月森の声を聞きながら、触れたその手がやっぱり冷たくて心地よくて、俺はゆっくりと目を閉じた。

 月森の手が、俺の肌の上を滑るように触れてくる。
 中途半端に捲り上げられたシャツに動きを制限されているようでなんだかもどかしい。
「土浦、熱は…」
 そのもどかしさは心配そうに何度も聞いてくるその言葉の所為でもあった。
 見つめてくるその瞳からは、もっと別の感情が読み取れるというのに…。
「下がった。これ以上、言わせるな…」
 それが本当かどうかなんて、今はどうでもいい。
 俺を見つめるその瞳の、その感情をもっと見せて欲しい。触れるところから伝わる月森の体温を、もっと感じさせて欲しい。
 もしまだ熱があるのだとしたら、それは月森に触れたい、月森を感じたいと思う気持ちの所為だ。
「だから、月森…」
 手を伸ばせば指を絡めて捉えられ、そしてまるで言葉を奪うようなキスをされた。
 それは俺へと向けられた感情そのものだと思えて、俺はその想いに答えるようにそっと唇を開いた。

 探るような、慣らすような、その指の動きに俺は翻弄されていた。
 身体の奥で生まれる疼きはひどくなる一方で上がる声は止められず、理性を保っていられなくなりそうなことなど初めてだった。
 それは熱の所為なのか、ただ単に久し振りだからなのか。
 それすらわからないまま、俺は絡めた指をぎゅっと握り締めて月森に縋った。
「月、森ぃ」
 耐え切れなくて名前を呼べば、覗き込むような優しい視線が送られ、身体ではなく心が限界を迎えそうになる。快楽を、強請ってしまいそうになる。
「そんな顔をして、煽らないでくれ…」
 言葉にすることなど出来なくて見つめ返してみたが、月森は俺の意図を察してくれない。いっそ、煽られてくれればいいのにと思う。
 無意識に首を振れば、まるでなだめるようなキスがいくつも落とされる。
(そうじゃない。そんなんじゃ、足りない…)
 ぎゅっと目をつぶれば、堪え切れなかった涙が目尻から落ちた。
「月森が、欲しい」
 心も身体も限界で、望む想いが言葉となって零れ落ちた。
 瞬間、思い切り抱き締められたその強さに心が打ち震え、俺の涙は止まらなくなった。

 熱い、と思った。
 月森に触れる場所が、月森と繋がっている場所が、熱くて熱くて溶けてしまいそうになる。
 そんな俺の状態をわかっているくせに、月森は掠めたり逸らしたりを繰り返してはぐらかす。
 だから俺は先の見えない快楽の中でただただ熱を持て余し、目の前の月森に縋るほかはなかった。
 手を伸ばせばやんわりと握られ、引き寄せればキスが落とされ、それでもまだ足りなくて満たされなくて、もっと、と思ってしまう。
「君に求められていると感じるのは幸せだな」
 嬉しそうに微笑まれて、泣きそうになる。嬉しいのに、何故か切なくなる。
(俺のことも、もっと求めてくれ…)
 想いを言葉にしたくても口から出るのは嬌声だけで、明確な言葉を発することなどすでに出来なかった。
 それでもこの気持ちを伝えたくて、俺は月森を抱き締める。
「もっと俺を、求めてくれ…」
 同じ強さで抱き締められ、俺と同じ想いを言葉で伝えられる。
 欲しかった熱を与えられて、止められない声が上がる。
「お、れも…」
 嬌声の中で紡ぎ出したこの言葉は、月森に伝わっただろうか。