TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

あらまほし3

 冷たいタオルを押し付けるようにおでこへと乗せられ、微妙に視界が塞がれる。
 そっとずらして月森を見上げれば、困ったとも怒っているとも呆れているとも後悔しているともとれる表情をしていた。
「月森…?」
 なんとなく見上げるようにそっと声を掛ければ、小さなためいきで返事をされた。
 下がり始めていたはずの熱は、少しだけぶり返してまた上がってしまった。
 その理由はなんとなくわかるような気もするし、確かに色々な意味で身体が辛くはある。けれど気分はそれ以上に満たされていて、俺としてはこれくらいの熱などどうってことないと思う。
 俺から誘ったという自覚もあるから、別に月森の所為だなんて思ってないし、自業自得だと思っている。
 でも月森は自分の所為だと思っているのだろうか。それとも下がってもいない熱を下がったと言ったことを怒っているのだろうか。
 月森のためいきの意味がわかるようなわからないような気がしながらじっと見ていれば、もう一度ためいきを落とされてしまった。
「ゆっくり休んで、早く治してくれ」
 そう言って、少し腫れぼったい気がする俺の目元を撫でるようにそっと触れてきた。
 月森なりにいろいろ考えた末に出てきた言葉がこれだったのだろう。謝られたくはないと思っていたし、俺も謝るつもりはなかったからちょうどいいのかもしれない。
「あぁ。そうだな」
 笑顔で答えれば、月森の表情も少し明るくなる。
 触れる指が、とても優しい。伝わる想いが、とても温かい。
 こんな風に優しいのは、熱の所為なんだろうか。そういえば体調管理がなっていないと、そんな風に言われなかったことは少し意外な感じもする。
 でも、月森に優しくされたり世話を焼かれたりするのも、たまにはいいかもしれないなどと不謹慎なことを考えてしまった。
「どうした?」
 噛み殺したはずの笑いが表情に出てしまったらしく、怪訝そうな顔を向けられる。
「なんかさ…。いや、今日は、ありがとう」
 愛されてるなぁ、なんてそんな言葉が浮かんだが、そんなことは言えるわけないし、考えただけで恥ずかしくなってくるから心の中にしまっておくことにした。
「礼はいいから、早く元気になってくれ」
 少しだけ不機嫌そうに見える見慣れた月森の表情を向けられ、それが妙に安心出来てまた笑ってしまう。

 結局、熱の所為でせっかくの休みがつぶれてしまったが、その分ゆっくり休めた。それに、月森に世話を焼いてもらったと考えれば、これはこれで最高に贅沢な休日だと言える。
 それでもやっぱり何か物足りないような気分になるのは、月森と過ごした時間が短く感じるからだろう。
 少しでも同じ時間を過ごしていることを実感したくて、だから俺は月森が触れてくれることを望んだのかもしれない。
「何か欲しいものはあるか」
 何となくうとうとしながらも寝てしまうのがもったいないような気がして隣にいる月森を見つめていれば、その視線に気づいたように楽譜から顔を上げた。
 邪魔をしてしまっただろうかと思いながら、ふと、して欲しいことはあるな、と思って口に出してみる。
「月森のヴァイオリン、聴かせてくれよ」
 急にその音色を聴きたくなってわがままを言えば、そんな突然の申し出に月森は驚いた顔を見せ、そしてすぐにその表情を柔らかいものに変えた。
「土浦に望まれるのは、本当に嬉しい」
 びっくりするくらい嬉しそうな顔を見せられて、俺は思わずじっと月森を見上げてしまった。
 別に大層なことを望んだわけではないし、別に今までだって何度も同じことを言っている。そういえばさっきも似たようなことを言われたような気がするし、何故だろうと不思議に思った。
「逢えない時間が長くなると、それに慣れてしまいそうで怖くなる。だから、望まれているのだと実感出来るのは嬉しいんだ」
 俺の疑問を感じ取ったのか、月森は俺が何かを聞く前にそう答えてくれた。
「月森…」
 静かに告げられたその言葉に、俺はまた切なさを感じずにはいられなかった。
 俺と月森は同じことを考えている。それなのに俺たちは、相手を強く望む気持ちも、相手から望まれたいと思う気持ちも、全部隠してなんでもない風を装って、相手の気持ちを探り合って結局、望んでいるのは自分ばかりなのだと、そんな風に誤解している。
「俺も土浦のピアノを聴きたいと思っていたんだ。だから、早く元気になって俺にも聴かせてくれ」
 そう言って、優しい笑みを俺に向けてくれる。
 こんな風に、自分の気持ちを素直に伝えてくれることを、俺だって嬉しいと思う。だから俺も、ちゃんと自分の気持ちを言葉にして伝えようと思った。
「俺はいつだって月森を望んでる。どんなときも、どんなことも。だから俺と同じくらい、月森も俺を望んでくれ…」
 布団から手を出して月森へと伸ばせば、俺が掴むよりも早く月森の手にぎゅっと握り締められた。
「俺も同じだけ、いや、それ以上に土浦を望んでいる。土浦だけを…」
 握られた手を、同じ強さで握り返して引き寄せる。
 引き寄せたはずの月森に俺はいつの間にか抱き締められ、そっと口付けられてとても幸せだった。

 傍にいたい。ずっと隣にいたい。
 何もしなくてもいい。ただ一緒にいるだけでいい。

 今度は熱なんか出していないときに、またこんな風に月森と休みを過ごせたらいいと、俺は思った。



あらまほし
2010.11.21
コルダ話62作目。
たぶん王道の熱を出しましたネタです。
そしてまた王道といえそうな感じで微裏話です。
最後はいつも通りなので、紅茶的王道って感じです。