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アクアチント(aquatint<英>aquatinte<仏>Aquatinta<独>)
蝕刻凹版(銅版)の一種。基本的にはエッチングの一形式。松脂(レズィン)やアスファルトの粉末を、磨いた銅版面に粗く撒布して加熱すると、粒子が付着して多孔質の砂目の版面ができる。その上に防蝕剤で絵を描く。つまり、白く摺りたいところに防蝕剤(止めニス)を塗り、酸に腐蝕されないように遮断し、それから腐蝕液(硝酸や塩化第二鉄など)を作用させると、酸は、止めニスのない砂目の版面の細粒のすき間に浸透して、銅版を腐蝕し、一面に細かい微妙な斑点を生ずる。普通数回酸に出し入れして、調子を見ながら腐蝕・水洗いを繰り返すが、明るい(淡い)調子に出したい部分から順に止めニスをかけ、白から黒へ調子を深めてゆく。濃淡や多孔質な面の諧調によって、なんとなく水彩画(aquarelle<英>)の効果を出すことができる技法なので、ラテン語の水(aqua)に語源をとった名前がつけられている。アクアチントによる地肌のバリエーションには、グランドを塗ったプレートの上から、好みの粗さのサンドペーパーをプレスして多孔質の防蝕層をつくったり、グランドに砂糖をまぜるシュガー・アクアチント、あるいはプレートを硫黄(サルファ)で処理するサルファチントなどもある。
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板目木版(いためもくはん)(woodcut<英>)
木材を立ち木の状態で、縦挽きした版木で制作した木版。木目が平行しているものを柾目、平行していないものを板目というが、ともに板目木版である。板目木版には、桜・桂・朴など広葉樹種の版木が、堅さも組織も一定しているため適している。昔から木材を建築工芸に多用した日本は、これを加工する技術・工具ともに世界的にすぐれており、浮世絵版画の例にみられるように、伝統的に優秀な板目木版の作品を生み出してきた。しなベニヤ板も板目に含まれる。最近は、、伝統的な板目木版技法に加え、版材を焔で焼き彫りするなど彫版用具を工夫したり、版材をジグソウ(電動ノコギリ)で切断し、形象を接着したり、凹版技法を大幅にとり入れたりして、板目木版の表現の可能性も大きく広がっている。インキは水性・油性ともに適性を示す。
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イメージ・サイズ(image size<英>)
紙面に摺り出された版画の形象(イメージ)画面の実際の寸法(普通のタテ×ヨコであらわす)。この場合、画面の周囲の余白(マージン)は含まない。
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エスタンプ(estampe<仏>)
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エッチング(etching<英>eau-forte<仏>Ra-dierung<独>)
金属板面の酸の腐蝕による凹版技法の一種。一般に、銅版画の代名詞のように用いられることもある。原理は、金属板面をおおった防蝕膜をつくり、それをニードルなどでひっかき、金属面の露出した線の部分をつくり、版板を酸にひたし、その化学作用によって、版板の表面に浅く、また深く凹版をつくる。エッチングによる版画制作は普通次の順序で行う。
1.版面を磨く。2.版面に防蝕剤であるグランドをひく。3.版面に太いロウソクもしくはテーパーの火をかざし、油煙をグランドにつけていぶす(描画を見やすくし、グランドの孔を発見しやすくする。ただし、この手数は省いてもよい)。4.下絵の転写(版に直接描画する場合、この手続きは不要)。5.ニードルなどで描画(防蝕剤を描画の線通り除去すればよい)。6.酸で腐蝕(腐蝕時間によって線の強弱・太細をあらわすため、何段階かに分けて行うのが普通)。7.試摺り。8.スクレーパー、バニッシャーの使用あるいは加筆・再腐蝕などで修正。9.ベンジンでグランド除去。10.インキ詰め。11.プレス機で摺る。エッチングの特徴は、イ.作家がビュランなどで版面を彫るよりは、はるかに自由に描画できる。ロ.描線の深浅は、腐蝕時間や腐蝕液の濃度で加減できる。ハ.線のあらわれ方に不満があれば、良い部分を止めニスでおおい、満足するまで腐蝕や加筆・修正作業を行いやすい、などであろう。
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ED(エディション)(edition<英>)
版。版画の場合は、版の耐久力、芸術性の保持、版画の市場価値などの問題もからみ、エディションは「限定版」という意味をもってくる。また、限定版ということは、原版から摺刷されるものは当然限定部数ということになる。つまり、エディションはlimited edition(限定部数)と同意語にも使われる。このエディションの限定部数は版種によっても異なり、たとえば、最も少部数しか摺刷できない銅販のドライポイントだと、せいぜい20〜30枚、メッキしても50〜60枚、アクアチントで40〜50枚であるが、ジョン・バックランド・ライトは、イギリスでの版画の限定部数に対するその道の権威者たちの考え方は、1エディションに75枚が限度という説もあったと言っている。しかし、普通、各版種を通じて、今日、オリジナル版画の限定枚数(size of edition)は、200〜300枚が当然という慣習が常識化している。この場合、この200〜300枚の限定部数に、普通アーティスト・プルーフ(A.P.またはE.A.もしくはE.P.A.)および各種の試刷りの枚数は除外される。この除外された番外版画の試刷り以外のものは、作家や版元のために保存され、記録保持の目的のほか、販売目的のための見本となったり、美術館の展覧会に特別出品するような場合の非売作品(H.C.)などにも利用される。この「限定版における番外版画」はextra
proofs in limited editionという(原版廃棄や限定版が慣習化していなかった時代のオールドマスターの原版を、新しい時代に摺刷するエクストラ・エディション=extra
edition「番外限定版」とはむろん異なる)。いずれにせよ、上の「限定版における番外版画」の数が過大であると、限定版の限定部数という意味が崩れ、オリジナル版画作品の希少性、市場価値に影響を与え、同時に芸術性の保持、作家・版元のモラルの問題にもかかわってくる。したがって、オリジナル版画のエディションにおける限定枚数「サイズ・オブ・エディション」を最終的に決定する独占的権利をもつ作家は、自ら限定部数を決めると同時に、仮に版元などの商業主義的要求があったとしても、「限定版における番外版画」の部数が過大にならぬよう、良心的にチェックしてもらいたい。日本現代版画商協同組合は、この「限定版における番外版画」を総数の15%前後であることを提唱している。エディション(限定版)制では、たとえば10/50(エディション50部のうち10番)というように、分母に限定部数を分子に一連番号を表示したエディション・ナンバーを画面左下に記入する。上のように、現代のオリジナル版画はエディション制、すなわち限定版制、つまりは限定部数(リミテッド・エディション)制に基づいて摺刷され、その限定枚数(サイズ・オブ・エディション)は通常せいぜい200〜250枚、多くてもせいぜい300枚程度が慣習上限度とされているが、なかには500枚以上を摺刷するケースがある。これはラージ・エディション(大量限定版)と呼ばれる。
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ED.No.(エディションナンバー)(edition number<英>)
エディション制では、作家は自分の制作したオリジナル版画に、サインのほかエディション・ナンバーを入れ(これをsigned
and numberedという)、作品に対する責任を明らかにする。エディション・ナンバーは、たとえば10/50(エディション50部のうち10番)のように分母に限定部数、分子に一連の当該番号を記入し、画面左下に表示するのが普通である。作家の中にはオリジナル版画にエディション・ナンバーやサインも記入せず、摺刷公刊するものもまれにいないではないが、その言い分としては、番号やサインを入れる習慣は、版元や画商あるいはコレクターの営利追求(希少性や有名作家のサインにより市場価値が高まるなど)のためであり、作家の芸術の必然とは無関係などという主張らしい。こうしたものは「無番号・無署名版」(unnumbered
& unsigned editions)と呼ばれる。たしかに、同一のオリジナル原版から摺刷公刊された作品ならば、たとえ、作者の署名があろうとなかろうと、またエディション・ナンバーがあろうとなかろうと、その芸術的価値には何等の差異はない。しかし、版画である以上、いかに複数摺刷を前提とした複数芸術であるとしても、芸術性の保持、作者の良心的なチェックの限界などの制約からも(ただ単に版画の市場価値の追求の面ばかりではなく)、エディション(版)は必然的に限定版の意味をもってくる。ということは、オリジナル版画のエディションには限定部数(リミテッド・エディション)の考え方が付随するわけで、作家は、芸術的に、そのオリジナル版画の制作者であると同時に、版元とともに、社会的には、共同刊行者の立場にも立つのである。つまり、作者は本来、版元とともに刊行者として、その作品の限定部数だけではなく、A.P.(E.A.)やH.C.など「限定版における番外版画」の明細までも明らかにする(公表する)義務を負っていることになる。今日の版画市場では、連作や挿画本などの慣習を除き、そこまでは厳重に刊行共同制作者としての作家の義務を追及することはないが、少なくとも自らが制作し、公刊する(ということにおいて社会的関連をもってくる)オリジナル版画にサイン・ナンバーを入れるのは、作家の最低の義務といえるだろう。
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エングレービング(engraving<英>)
彫刻凹版。ビュランで版面に直接彫りつけて刻線をつくり、その溝にインキを詰め、プレスを通して印刷する凹版技法。版材には厚さ1〜1.5mmの銅板が最適。亜鉛板は軟らかすぎて適当ではない。彫刻凹版は原理は簡単だが、版板を彫りすすめるとき、抵抗の大きいビュランを自由に扱い、髪の毛のように細い線からあらゆる太さ、カーブの線を版材に彫刻する技法を身につけるには、熟練を必要とする。エングレービングの特徴は、版材を彫りとって描画するため、ドライポイントのようなマクレもなく、また、エッチングのような腐蝕によるくずれもなく、冷たく硬質で明晰な感じの絵になる。
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エンボス=エンボッシング(embossing<英>)=空押し=空摺り
→空摺り
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オフセット(offset<英>)
平版印刷の一種。版胴、ゴム・ブランケット、圧胴の三つの円筒が接触しながら回転する三胴仕立。版胴には金属平板の版が巻いて取り付けてあり、用紙を巻き込む圧胴との中間にゴム・ブランケットがある。版画の画線部に着肉したインキは、一度このゴム・ブランケットに写しとられ(off)、これを仲介として、用紙に印刷(set)される。オフセット印刷では、版面の不感脂性を補強するため、非画線部のアラビアゴムの膜面に常に水分を補給する必要がある。巻取紙を用いるオフセットの大量高速輪転印刷機(通称オフ輪)には、版面に水分を与えるため紙の伸縮により見当が狂いやすいので、多色刷りでは、電子光電管の自動見当装置付きの新型機も開発されているが、一方、簡便な小型オフセット印刷機もある。以上は印刷工程からの説明だが、製版技法からいうと、オフセットは同一平面上に画線部と非画線部とが構成されている版であるから、リトグラフと同じ平版である。したがって、米国ではオフセット・リトグラフと呼ぶこともある。正確にいえば、写真製版用オフセット・リトグラフで、主として写真などのリプロダクションの大量高速印刷に用いられる。この製版は、まずジンク板(亜鉛板)かアルミニウム板に砂目立てを行い、整版した版面に感光液を塗布し、イメージ(写真版)のポジを焼付け、感光した非画線部は硬化する。これを水洗現像して乾燥させ、塩化第二鉄などで腐蝕すると、画線部が腐蝕されるが、その深さは肉眼で見えないくらい浅いので、正確には平凹版ということになる。そのあと薬品を塗布し、画線部の感脂化をはかり、非画線部を覆っている硬化膜をはがし、エッチ処理とゴムひきを行い、刷版をつくる。この刷版の版面は、小さな網点の集合体模様で構成されており、しかも腐蝕によって画線部と非画線部が区切られているために、画線部の感脂膜が強化され、網点もシャープに形成され、3〜5万部もの耐刷力をもつ。オフセット(米国でいうオフセット・リトグラフ)印刷の特徴は、ルーペで見ると、細かい網点が見えることで、石版画のリトグラフと安易に区別できる。このような工業用リプロダクションに使われる純然たる印刷機械に、作家がイメージを制作した版をかけた場合、それは印刷物か版画かという素朴な疑問がもたれるかもしれない。しかし、オフセットの写真製版と機械刷りの効果自体を制作意図に必要な表現効果と認めた作家が、自身あるいはその監督のもとに、版胴にかける金属平版が制作され、良心的な試し刷りによって修正されたうえで、機械にかけ、刷りあげられたものの中から、作家が承認した作品を選ぶかぎり、それは版画作品であり、これにサインし、ナンバーを入れれば、オリジナル・エディションとして通用するりっぱな版画作品といえる。
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オフセット・リトグラフ(offset lithograph<英>)
フォト・メカニカル・オフセット・リトグラフの略。リトプレスともいう。原画や形象を写真撮影し、感光原版に焼付け製版する。原版は化学的・電気的に処理されるため網点ができる。この原版がプレスにかけられ、いわゆるオフ→セットの原理に基づく複数のローラーにより、インキが移動し、原版の形象が間接的に紙に転写される。大量のリプロダクションが可能である。一見手摺りのリトと見間違えるような精緻なものも制作されるが、10倍程度の拡大鏡で見れば、網点があるので安易に見分けられる。また、紙を斜めにして見ると、この技法の作品はインキの色に光沢があるので識別ができる。
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空摺り(からずり)(bind printing<英>)=空押し=エンボス=エンボッシング
凸版や凹版で版面にインキや絵具をつけず、バレンやプレスで、紙の地に凹凸や刻線を出す摺刷方法。この方法は、木版画では浮世絵版画以来用いられ、版木の木目の付加的効果をねらって空摺りされることはよくある。銅版画・木版画でエンボッシングという、いわゆる空押しも空摺りと同義語である。木版画ではキメダシということもある。強くキメダシするには、厚みがある紙を十分に湿らせてやわらかくし、バレンやヘラを使って強くこする。版も普通より深く彫ったほうがキメダシがきれいに出る。
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カルコグラフィー(chalcographie<仏>)
1.凹版画の別名で銅版彫刻術。ギリシア語の語源によれば「銅(カルコス)に描いたもの」という意。転じて「銅版画」。2.ルーヴル美術館には、このカルコグラフィ(銅版画)の原版約14000点が時代別、作家別に仕切られた棚に保存されている。これら17世紀以来の文化遺産である原版を利用して、ときおりあと摺りが行われ、コレクターにも頒布される。このとき、作品にはMUSSEE DU LOUVRE CHALCOGRAPHIEというルーヴル美術館のエンボッシング(空押し印)が捺され、この頒布作品を一般にカルコグラフィと呼んでいる。上のルーヴル美術館の14000点の作品を大別すると、A.1661年以降の作品は、ほとんどすべて作家自身の手によって原版(銅版)が製版され摺られている。B.それ以前の作品は、原版が保存されていなかったために、ルーヴル美術館が数世紀にわたり原版を精巧に再現し、いわゆる復刻版を摺ったもの(リストライク)の二種類になる。カルコグラフィ保存の大事業はルイ十四世(1638〜1715)が財務総監コルベールに命じ、1661年、「王宮版画室」を創設させたことに始まる。1893年には、王宮版画室は王室アカデミーに統合され、やがてカルコグラフィ部門が正式に発足し、歴代フランス政府は300年以上にわたり、世界に類例のない版画(木版もある)大コレクションの継承発展につとめてきたのである。収録作家は、ベアト・アンジェリコから長谷川潔まで著名作家968名に及び、人類の貴重な文化遺産となっている。ルーヴル美術館は後世に、これらの貴重な銅版を伝え保存する方針を堅持しながらも、同館付属の版画工房で、枚数を極度に制限しつつ、あと摺りまたは復刻版のリストライクを摺っている。それらの一部が、一般コレクターに頒布される仕組みになってはいるが、枚数が微少なので、実際に入手は困難である。
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グワッシュ(gouache<仏>)
不透明水彩絵具の一種、またそれで描いた不透明画の一種。アラビアゴムを主剤とし、それに密などを混合することもある。色調は鮮麗だが、混色すると鮮明さを失うので、なるべく単色で使用し、色と色を重ね、色感やマチエールを得る。油彩画のようにツヤがなく、落ち着きをもつ。中世の頃から用いられ、18世紀には大流行した。近代でもピカソ、マチス、ルオー、シャガールらもよく用いている。もちろん、グワッシュとして描かれた作品を伝統的技法で製版し、版画をつくってもそれはオリジナル版画ではなく複製である。シャガールの助手シャルル・ソルリエが、シャガールのグワッシュによってポスターをつくっているのは有名な話だが、彼は、常にCH.SORLIER.GRAV.LITH(ソルリエによってリトされた)と、画面の隅にそれを明記している。
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木口(こぐち)
立て木を横に輪切りにした切り口。
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木口木版(こぐちもくはん)(wood-engraving<英>)
西洋木版ともいわれ、現在ヨーロッパで木版の主流をなす技法。黄楊のや椿のように年輪のしまった均質な密度の材質の堅い木を、横に輪切りにし、その木口を銅彫版と同じビュランやノミで彫る。18世紀末に英国人トーマス・ビューイック(1755〜1828)が創始したといわれる。ビューイックの木口木版技法はその後フランスに導入され、19世紀にはギュスターヴ・ドレ(1832〜83)のような木口木版の天才画家を生み、石版画の巨匠オノレ・ドーミエ(1808〜79)もまた、木口木版で彼の鋭いエスプリを表現した。日本に合田清(1862〜1938)によってこの技法が伝えられたのは明治20年(1887)である。わが国では、この精密・繊細な彫版のできる木口木版技法は、文部省教科書のサシエ採用などが端緒で普及し、明治20年代の終わり頃までは、新聞・雑誌のサシエ、商品見本など実用的方面に、板目木版とともに使われてきた。木口木版用の版木の厚さが23〜24mmで、活字の高さと同じなのは、活字といっしょに組み込まれ、活版印刷に写真代わりの精密な版として使われていた名残といえる。しかし、明治32.3年頃(19世紀末年)から網目銅版が流行し、次いで亜鉛凸版があらわれ、従来の木版サシエ類は姿を消し、写真製版がこれに代わると、実用木口木版は完全に凋落した。その後、山本鼎や長谷川潔、平塚運一、さらには西川藤太郎らが芸術的な木口木版を制作したが、戦後も1960年代になり、若い才能がこの技法に目を向けるようになるまで、日本では木口木版ははなはだふるわなかったといっても言いすぎではあるまい(外国でも木口木版を専門とする作家は非常に少ないが)。木口木版は制作にあたり、版木から彫刻刀、インキ、摺り道具など、板目木版とはまったく違う木口木版特有のものを使用する。木口木版は版木の材質が堅いので、板目木版より部数の多いエディションにも利用される。
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コラージュ(collage<仏>)
フランス語で「貼りつけ」の意。近代美術の特殊な技法。はじめ、立体派(キュビズム)時代のピカソやブラックが、油絵などに古新聞や楽譜その他の印刷物の紙片を部分的に貼りつけ、造形・色彩効果をねらった。これは「パピエ・コレ」(papier colle<仏>貼り紙)と呼ばれ、画面の具体感を強める働きもあった。その後、ダダイストたちは、新聞・雑誌の写真や記事の切り抜きのほかに、針金、糸クズ、毛髪、レース、ブリキ、木の葉など、キャンバスとはおよそ異質な材料を画面に貼り合わせて、意想外の不条理かつ反美術的効果を意図した。ダダの運動をケルンに紹介したマックス・エルンスト(1891〜1976)は、1924年頃からシュールレアリスムに傾いていくが、彼は古い物語や科学書の挿画を切り抜いて貼り合わせることによって、奇想天外の絵物語「百頭女」(ラ・ファム・サン・テート)をつくった。「脅かすように立ち上がって動く火山のような女たち。彼女たちの躯のうしろの部分」は19世紀の雑誌類から切り抜いた貼り合わせ絵であり、フォト・モンタージュなのである。エルンストは、レディ・メイド(既製品)をそのまま用い、奇想天外の組み合わせによって、まったく別次元の新しい現実をつくり出し、超現実的なコラージュ手法を確立したのだった。エルンストは、コラージュ手法について、彼が、さまざまな挿絵の入ったカタログを眺めているときに思いついたとして、次のように述べている。「互いにひどくへだたった形象的要素が集まっていた」が「このようにへだたっているために、この集合体の不条理そのものが、私の中に、幻覚力の突然の強化を呼び起こした」こうして「以前は何の変哲もない広告的なページにすぎなかったものを、私のもっともひそやかな欲望を開示するドラマに変形することが出来た。」(「絵画の彼岸」より)エルンストは、この発見からスタートし、油絵やデッサンの上に写真を貼ったり、別のキャンバスを貼り合わせたり、木口木版画を切りとって貼り合わせたりして、コラージュ手法を多様に発展させ、さらにフロッタージュ(拓版)あるいは、1930年代初頭の美術界に衝撃を与えたコラージュ・ロマン「百頭女」の登場となったのである。その後、既知事物の”不合理な集合体”をつくるコラージュは、コラージュ・オブジェとかコラージュ・レリーフなどの形で発展し、やがて、アッサンブラージュに展開する。最近のコラージュ作品では、ヨーゼフ・ボイスの「ミネアポリスの夢」(鉄、ガラス、紙)、利根山光人の「パイサン」、元永定正の「むちゃむちゃのいち」などが印象に残る。なお、晩年のマチスはコラージュ的な切紙絵に熱中したが、これは、パピエ・コレやコラージュのように偶然に頼ることもなければ、アクチュアルな事象をもちこむこともなかった。マチスは、独特の色面分割としての切紙絵によって、色彩と形象の相互関係を追求しようとして、ひたすら「色」を切紙し、絵を創造したのである。
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コラグラフ(collagraph<英>)
比較的最近開発された凹版技法のひとつ。原紙・糸・針金・網目・箔などさまざまな素材を厚紙に貼りつけてコラグラフの版をつくる。インキを保持する版面の底部や割れ目は、それらの素材を貼りつけて造形された形象によって形づくられることはもちろんである。コラグラフ版のインキ詰めやプレスは、基本的には普通の凹版技法と同じ。
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コロタイプ(collotype<英>)
平版印刷の一方式。アートタイプ、ヘリオタイプ、玻璃版ともいう。写真製版法のうち最も早く実用化され、日本でも明治22年(1889)頃から知られている。7〜8mmのガラス板上に、水ガラス、ビールなどの混合液を下びきしたものに、感光剤をまぜたゼラチンを塗布し乾燥させると、ゼラチン膜にちりめん状のシワができる。一方、写真原稿は乾板に複写し、このネガの膜をはがして先の版面に貼り、焼付けると、光の強弱によってゼラチン膜面の硬化の度を異にする。このガラス板を水にひたし、グリセリンなどの薬液で処理して、脂肪性のインキでコロタイプ印刷機にかける。感光しないゼラチンの膜面は、水を含んで印刷インキを受けつけないが、感光した部分は、感光した程度に応じて(ちりめんジワの吸水膨潤度が違ってくるので)インキが付着する。これは網版やオフセットの網点群によるぼかしとは違う、写真と同じような連続諧調の濃淡、つまり、中間調から暗部の微妙な印刷が可能になる。しかし、コロタイプ版の耐刷力はきわめて悪く(ゼラチン膜のちりめんジワの安定性が悪い)、普通一版500枚が限度とされている。大量印刷には不向きだが、製版に費用がかからないので、記念写真や絵画の複写に用いる。精巧なコロタイプは名画・古書・版画集などの少部数複製に適している。
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サルファチント(sulphur-tint,sulphur aqua-tint<英>)
硫黄(サルファ)を使って版画の肌を荒らす凹版技法。1.薬局で求めた精製硫黄の粉末を銅版上に細かくふりかけ、それを熱し、溶剤(ガソリン)でとり除くと非常に薄く、曇った程度の弱い調子の版ができる。この調子を多少強くするには、塩酸の弱い溶液にひたす。2.別の方法としては、精製硫黄の粉末をオリーブ油・サラダ油などの植物油に溶かし、たっぷり筆につけて、版面に描画し、裏面から加熱すると硫黄は煮えくりかえり、黒変し、燃えカスを残す。冷却後ガソリンで拭きとり版をつくる。裏面にグランドを塗り、硫黄中にひたしてもよい。3.銅板に硫黄を作用させ、硫化銅をつくり、版の肌を荒らすこの方法は、硫黄が流動状に版面を流れるので、所望の部分だけ作用させることはむずかしい。その場合は、塑造用の粘土や油土で所要の腐蝕部の周囲に高さ1センチくらいの”堤防”をつくり、その囲いの中に硫黄と油の混合物を流し込んで加熱製版する。
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シルクスクリーン(silkscreen<英>seregraphie<仏>)
金属や木製の枠に張られたシルク(絹、その他テトロン、ナイロンなど)のスクリーン(幕、ふるい)を型紙(版)として画面を構成する孔版印刷に属する製版印刷技法。版画技法の一種。また、枠に張られるシルクスクリーンそのものを指すこともある。シルクスクリーン印刷の版は、絵柄以外の部分にインキが通らないように、さまざまな方法でスクリーンの網目(孔)の目止めをする。この目止め作業をシルクスクリーンの製版と呼び、製版方法の違いは、この目止めの仕方の相違による。印刷は枠の中にインキを盛り、スキージーを移動し、目止めしない絵柄の孔からインキを押し出すようにして摺りあげる。シルクスクリーンは、誕生・開発の歴史が浅く、用具・用材も次々と新しいものに改良され、技術的に流動的な点も多く、それだけ未来に多くの可能性を秘めている版種ともいえるだろう。曲面や立体印刷も可能である。→セリグラフ
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シルクスクリーン製版の写真技法
シルクスクリーン製版の写真技法は、カッティング技法やブロッキング技法に比べ、精密な絵柄や文字のシャープな表現が可能となる。写真技法には、1.直接法、2.間接法、3.直間法の3つがあるが、いずれも、下絵をポジフィルムにおこし、これを焼付けて製版するものである。1.直接法−まずスクリーンに直接、感光乳剤を塗り、ポジフィルムを密着させて露光し、焼付ける。そのあと水洗現像して版をつくる。直接法での作業の要点は感光乳剤の塗り方と露光、焼付けである。感光乳剤は水性の乳剤をベースに感光剤を加えたもので、液体の状態では感光しないが、乾燥させて固体になると感光性がでる。感光剤には、A.重クロム酸塩系と、B.ジアゾタイプの2通りがあるが、最近は公害問題から、重クロム酸塩系中心に移っている。A.重クロム酸カリの場合は、その粉末または粒を5%の水溶液にして感光液をつくり、この感光液(1)に対して乳剤(5)の割合で混合し、感光乳剤をつくる。B.ジアゾタイプの場合も、ジアゾ(1)、40℃の温水(10)の割合の水溶液に写真製版用乳剤を(100)の割合で混合し、感光乳剤をつくる。直接法は、これらの感光乳剤の塗り方(コーティング)によって製版の仕上がりが決まるので、均一に塗り、厚さ(ハガキくらいの厚さが適当)を調節することに注意する。塗り方は、バケットに乳剤を入れ、枠を70度ぐらいの角度に立て、バケットを下から上へ静かになであげるように塗り、上まで塗ったら、枠の上下を逆にし、同じ作業を行い、これを2往復繰り返し乾燥させ、この工程を数回行い、膜面にツヤが出てくるまで繰り返し、暗所で乾燥させる。この感光乳剤が塗られたスクリーンにポジフィルムを密着露光させるわけだが、光源にはフラットランプ、ケミカルランプ、太陽光などが使われる。露光・焼付け後、スクリーンを水で現像し、水洗して製版を完了する。2.間接法−まず感光フィルムをポジフィルムと密着させて焼付け、現像する。さらに、この感光フィルムをスクリーンに貼りつけ製版する。直接法では、60l(網目数)程度以上の網点の正確な表現はむずかしいが、間接法は網点でのシャープな表現ができる。これには3つの方法がある。A.感光性フィルムによる方法。プラスチックの透明ベースに感光性のある乳剤が塗られている感光性フィルムを適当にカットし、ガラスと平らな板の間にポジフィルムと密着させて入れる。次に直接法同様フラットランプなどで露光・焼付けし、感光性フィルム過酸化水素水(オキシフル)につけて現像。さらに、このフィルムを温水(38〜45℃)につけ、画像を抜く。こんどは、この完全に画像の抜けた感光性フィルムの上にスクリーンをおき密着させ、乾燥後フィルムベースを静かにはがし、スクリーンのすき間に目止め剤ヒラーをうめて製版が完了する。感光性フィルムは絹(シルク)のスクリーンにはよく密着するが、ナイロン、テトロンにはつきにくい(シリコンスクリーン前処理剤を使えば密着しやすくなる)。この方法は技術的には簡単だが、フィルムは高価である。B.未感光性フィルムを使う方法。プラスチックの透明ベースにそれだけでは未感光性の乳剤が塗られているフィルムを使い、感光性はそのベースに重クロム酸アンモンを塗ることによって生ずる。価格はわりと安いが、多少の熟練を要する。現像は温水を使う。C.カーボンティッシュを使う方法。カーボンティッシュは、印画紙用のバライタ原紙に顔料やゼラチンなどの混合液を塗布、感光剤にひたして乾燥させたグラビア製版あるいはシルクスクリーン写真製版用の紙である。カーボンティッシュにポジフィルムを感光・焼付けすると、非画線部は感光の程度に応じてゼラチンが硬化して耐酸膜となる。この性質を利用してスクリーンの写真製版を行うが、技術的にむずかしいので一般にはあまり行われない。3.直間法−直接法と間接法をミックスした製版法。まずスクリーンに感光液を塗り、そのスクリーンにフィルムを貼りつける。感光液が乾燥したら密着したフィルムのプラスチックベースを暗所ではがす(以上、フィルムを使うところが間接法と同じ)。次に、スクリーンの感光膜面にポジフィルムを密着させて、フラットランプなどで露光・焼付け、その後スクリーンを水に数分ひたし現像する。像を抜いたスクリーンを乾燥させて、すき間をヒラーで目止めして製版を完了する(以上直接法と同じ)。直間法は、乳剤の塗り方、厚さに個人差のある直接法と違い、フィルムに乳剤が平均に塗布されているので露光条件が安定している。また、間接法より耐印性があり、画像もシャープに出る。
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石版画(せきはんが)
=リトグラフ
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セリグラフ(serigraphy<英>)
シルクスクリーンのこと。特にシルクスクリーンの版画分野でよく使われる。ラテン語のセリ(seri)は、繭・生糸・絹。また、graphy<英>graphie<仏>はともに「表現法」だから、シルク(テトロン、ナイロン)を枠に張って顔料を浸透させて印刷する、シルクスクリーン・プロセス・プリンティング(silk
screen process printing)を略してシルクスクリーンと呼ぶのである。英国ではstencil process printingともいう。つまり、セリグラフはステンシルの古い技法に根ざし、凹版・凸版・平版のように、インキは版から紙に転写されるのではなく、版を通って紙に印刷されるのである。にもかかわらずセリグラフは、重苦しい材質や厄介なテクニックを使わなくても、色面からハーフトーンまで、フルにテクノロジーを駆使し得る版形式によって、多色多様な効果をスピーディーかつ大量に(1000枚でも可能)表現・製作できる機能をもっている。西洋木版画が、中世の聖像崇拝に対する民衆の図像表現として発達し、銅版画が中世の王侯貴族の間で流行したトランプによって普及し、19世紀初頭に発明された石版画が、第三身分(平民)の台頭を促したブルジョア革命、あるいは科学の進歩、資本の要求と密接に結びついているように、セリグラフは、まさに高度にテクノロジー化した現代大衆社会が創り出した、もうひとつ別なグラフィック技法といえるだろう。なお単にセリグラフといえば、正確にはセリグラフの職人を指す。→シルクスクリーン
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ソフトグランド・エッチング(soft-ground etching<英>)
凹版の製版技法の一種。銅版にソフト・グランド液を軟らかい刷毛で平らにひく(塗布後しばらくして裏から版を加熱すると滑らかで平均した防蝕膜がひける)。冷却後、グランドをひいた版面上に紙をひろげておき、その上から、鉄筆、鉛筆、ピン、バニッシャーなどで強くしっかりと描画する。紙をもちあげると、筆圧によって、粘性のあるソフト・グランドは紙の裏面に付着し、筆圧を加えた通りの線が銅の肌として露出する。つまり、ニードルでハード・グランドに描画したような鋭い線とは違い、たとえば、鉛筆なら鉛筆のソフトなタッチ、あるいは紙の肌をあらわすようなソフトな線となる。あとは普通のエッチングと同じ要領で腐蝕すればよい。もともと、ソフトグランド・エッチングは、クレヨンや鉛筆の描線の効果や調子をもつ複製版画をつくる技法として、18世紀の前半に使われはじめたものである。いわゆるクレヨン法とよく似ているが、同じではない。また、ソフトグランド・エッチングの粒状の線は、拡大すると石版のリトクレヨンの線とまぎらわしい点もあるが、それは、あくまでも凹版印刷のもつ独特の軽い押線で、表面の効果は石版とは異なる。ソフトグランド・エッチングでは、鉛筆などの筆圧の代わりに、布地・糸・草・葉・昆虫の羽・針金などさまざまな物質をプレスで押しつけ、ソフト・グランドにそれらの痕跡を表現し、腐蝕凹版をつくることができる。今日、ソフトグランド・エッチングは、オリジナル版画では他技法との併用が少なくないが、多様な表現力をもつこの技法の技術的効果にとらわれすぎると、”マチエール屋”に堕するおそれもあるといわれる。
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拓版(たくはん)
フロッタージュ。凹凸のあるものに紙をあて、上から鉛筆、コンテ、油墨などでこすると、下の凹凸の形象がそのままあらわれてくる。これを拓、あるいは拓版、もしくは拓摺りという。これは、凸版や平版や凹版にインキを盛り、紙をあてて摺ったもの、あるいは孔版のように非レジスト部の孔からインキが紙に移ったもののいずれとも違う摺刷(印刷)方式にみえる。なぜならば、凸版や平版や凹版はいずれも、版面につけたインキが紙に転写されるので、写されたものは逆版になるが、拓版では、そのままの正版が摺りとれる。また、孔版も版面につけたインキが、ステンシルを通過してそのまま下の紙に移るが、拓版では、版面ではなく、用紙に直接顔料をつけるのである。したがって、拓版は、凸版・平版・凹版・孔版という異種独立の版形式に対して、もうひとつ別の版形式のジャンルを主張することができそうであるが、考えようによっては、これは、木版などでよく行われる一種の正面摺りということもできる。つまり、版となるものの凸部が上の紙には形象としてあらわされ、凹部は白抜きとなる性質をもつ。中国では、紀元二世紀後半の後漢の霊帝の時代、正確な原典を広布する目的で、洛陽の都の各所に、経典の文字を彫り込んだ石碑を建立した。これを石経というが、この石経に刻まれた石経の文字を模写する者が絶えなかったという記録をみると、中国では当時製紙術も発明されていたので、拓(拓摺り)はすでにこの頃、出現していたのではないかという論者もいる。いずれにせよ、石・木・金属あるいは石碑・石器・土器・瓦・陶磁器・銅器・釣鐘・鉄器などすべて凹凸のあるものなら、なんでも用紙をあててこする(ラビングあるいはフロッタージュ)ことによって、原形そのままの摺刷が可能なのである。こうした拓摺りで紙に写しとったものを拓本といい、そのプロセスも、拓あるいは拓摺りと同義語に用い、拓本ということがある。拓摺りには、乾拓と湿拓の二つの技法がある。石碑の文字や工芸品の美しい彫刻・文様などの拓(拓版・拓摺り・拓本)は、そのまま雅味のある摺物として鑑賞することができるが、もちろん、オリジナル版画として拓版を使うこともできる。
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拓本(たくほん)
石碑や器物の陰刻された文字や文様、あるいは、木・石・金属・陶磁などの材質・文様を紙にそのまま転写したもの。また、それらを本にしたもの。その転写技法に乾拓と湿拓の二方法がある。→拓版
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タブロー(tableau<仏>)
絵画。日本では普通、油彩画と日本画の”本画”を含めて一品制作の完成した絵画作品を指し、版画あるいは素描、エチュード(習作)などに対していう。もともとは板絵(挿画やミニアチュールのような小型のものではなく、独立した絵画作品として、額縁に入れたり、表装したりして鑑賞する移動可能な、板にテンペラなどで描いた完成した絵。壁画や天井画に対し、この板絵をタブローと称した。その後、油絵具を塗り、板が画布に代わった)を意味し、今日でも建築物に描かれた壁画・天井画は含まない。
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ディープ・エッチ(deep etch<英>morsure enprofondeur<仏>)
銅版画の一技法。版面を深く腐蝕することによって、その版を凸版および凹版のどちらにも使えるようにするもの。たとえば、版板に筆につけた液体グランドで描画し、腐蝕すれば、描画部分が突出した版になる。この突出部分にAのインキをつけ、腐蝕された凹部にBのインキを詰め、色彩印刷をすれば、一版で多色凹凸印刷ができる。ディープ・エッチには、ヘイター・ブレイク法、ランブールヌの方法、メタル・グラフィックなどの技法がある。
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デカルコマニー(decalcomanie<仏>)
転写術(謄写術)の意。平滑な金属やガラス板に絵具をたらし、用紙をおき、上からこするとか、紙の間に絵具をおき二つに折り畳んで、上から押さえたのち、開いてみると、そこには意外な形象、模様が転写されている。偶然性が物質化されたのである。これをデカルコマニーという。この偶然の形象・模様を自分の幻覚を起こさせる刺激、あるいは描画の新技法として自覚し、始めたのは1936年、起現実主義オスカー・ドミンゲスだといわれる。このデカルコマニーの手法を使い1939年から45年にかけて多くの作品を生みだしたのは、やはりシュールレアリストのマックス・エルンストである。彼はそれ以前にもコラージュやフロッタージュの領域で多数の作品を制作したが、いずれもフロイトのいう潜在意識に呼応する心理形象図をつくり、オートマティスムに近づくことによって、描画の技術課程についての意識や理性の支配から解放されようとするものであった。しかし、コラージュやフロッタージュでは、結果として非主観的な偶然のイメージが表現されるとしても、対象の選択には画家の判断が入り込まざるを得ない。その点、デカルコマニーは、まったく純粋に近い偶然性の働きによって生み出されたもので、制作者はコラージュやフロッタージュよりもさらに、オブジェそのものに近づくことができる。と同時に、その偶然の形象・模様に触発される幻想の展開から、なお一層主観性を除去することができるのである。墨流しもデカルコマニーの一種とみられる。
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銅版画(どうはんが)
形象を銅版または金属版に彫刻・腐蝕して摺刷したもの。一般的には凹版画だが、凹部にインキを詰めず、凸部にだけインキをつけて印刷すれば凸版(レリーフ・プリント)となる。15世紀にすでに行われていたクリブレはその一例。
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ドライポイント(drypoint<英>pointe-seche<仏>)
凹版技法のひとつ。版材より硬い材質のもので、版に傷をつけて形象を表現する方法。フランス語のポアン・セッシュという用語もよく使われる。硬い鋼鉄製の針(ニードル)で直接、版面に描画する。ニードルを鉛筆のように持って、といっても、鉛筆で紙に描くほど自由にはいかない。紙に描くときより力強く版面を針で切り裂き、ひっかくように描くわけで、それだけ、版板の抵抗も大きく、ニードルで押しのけられた版材が、針によってつくられた凹線に沿って、ささくれのように盛りあがる。この版材の粗いギザギザのささくれをバール(burr<英>)という。この版が印刷されるとき、”まくれ”というギサギサの隆起にひっかかり、からまっているインキが紙につき、柔らかなしみをつくり、この技法独特の美しく暖かい感じの線の効果を出す。ただし、この情感のある柔らかい微妙な版は”まくれ”がデリケートで弱いので、一枚一枚、プレスを通して印刷するたびに原版が少しずつ変化していく。普通ドライポイントは版材が銅板なら20〜30枚、亜鉛板なら6〜10枚程度しか摺れないとされる。耐刷枚数が少ないので、試摺りはできるだけ少なくした方がよい。もっとも、銅板は、鋼鉄またはクロームで表面をメツキすれば”まくれ”が保護され、50〜60枚の印刷は可能になる。ドライポイントの描画の修正は、オーバーな”まくれ”をスクレーパーで削ったり、線を除去しようという場合は”まくれ”を線の溝の中に戻してはめ込み、そこに少量油を落としバニッシャーで丁寧にこする。ドライポイントは読んで字の通り、乾いたポイント(尖端)をもつ器具の意味だから、強い水(硝酸)などによる腐蝕法とは無縁に、版板に傷をつけ、”まくれ”のできる硬い鋼鉄製の道具ならニードルはもちろん、ドライポイント用刀、木版用彫刻刀、普通のカッター(あるいはそれを束ねたもの)、ときにはルーレットでも制作できるわけである。ダイヤモンド、サファイア、ルビーなど硬度の高い鉱石を木製または金属製のホルダーにはめ込んだもので描画することもできる。この技法を最大限に駆使した作家はレンブラント。ムンクは、ドライポイントで彼の最初の銅版画をつくったが、ドガ、ヴォルス、シャガール、ビュッフェ、長谷川潔、池田満寿夫などもこの技法で秀作をつくっている。
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版種
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ビュラン(burin<仏>graver<英>)
1.銅版画で直接版面に鋭いシャープな溝線を刻む彫刻刀。彫刻凹版(ライン・エングレービンク)の中心工具。髪の毛の数分の一の細さから、あらゆる太さの線までを版面に彫刻する。この簡単な道具を使いこなすことは、銅版画家の力量を評価するひとつのバロメーターともいわれる。鋼鉄製の棒で全長約12cm、一方の端は45度の角度で切断された刃先となり、他端から約1/3の部分は約30度の角度で曲げられ、木製の握りが付けられている(18世紀までビュランはまっすぐだった)。刃先の断面は正方形または菱形。使用法は掌中に握りをおさめ、版面に水平に近く、慎重にビュランを押しすすめ、刃先をV字型に銅版に食い込ませて彫りすすむとマクレをわずかしか残さないので、すっきりした明快な線が仕上がる。刃先が菱形断面のものは、正方形のものより多くマクレをつくるが、極端に細い線や細く深い切り込みも可能である。ビュランは、番号の小さいものほど細線に適している。
2.ビュランの刃先の切断面が、より鋭い(30度くらい)ものは、木口木版に使われる。
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フロッタージュ(frottage<仏>)
=拓版
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ヘイター・ブレイク法(Hayter-Brake method<英>)
ディープ・エッチ的効果をあげる銅版技法で、ウイリアム・ヘイターがウイリアムブレイクの銅版技法を研究して開発したもの。ブレイクは、あらかじめ、ゴム糊を塗っておいた紙にニスで形象・文字を描き、これを熟した銅版上におき、転写し、紙をはがしたあと腐蝕するという方法で彩飾本をつくった。ヘイターは、石けんとアラビアゴムの等量混合液をあらかじめ紙に塗り、その上に、アスファルトと樹脂をベンジンで溶かした溶液で描き込んだ。版板を熱し、描画サイドを下にして、上の紙の混合液塗布面に接しておき、プレスを通す。原版を水にひたし、紙を除き、版面に転写された形象・文字を腐蝕する。
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ヘリオグラビュール(heliogravure<英>)
写真凹版。ヘリオグラフ(heliograph<英>)、フォトグラビュール(photo-gravure<英>)、ロトグラビュール(rotogravure<英>)、フォト・エングレービング(photo-engraving<英>)ともいう。もともとは古くからフランスで行われていたアクアチントから出た製版法で、複製画制作に用いられた。今日では、描画を写真製版し、電気メッキしてシリンダーによってプレスする方法が用いられる。ジョルジ・ルオーが「ユビュ親父の再生」(1932)で、この「新しい写真製版技法で下絵の素描を銅版の上に焼付けた」とジェームス・ソール・ソビーは記録している。
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マージン(margin<英>)
1.余白。版画では、摺刷されたイメージのまわりの印刷されない生地の用紙の部分。版画サイズにもよるが、マージンは普通1インチ(約2.54cm)以上とる。これはサインやナンバー入れなどのためばかりではなく、保存・鑑賞のための安全弁とも考えられる。2.画商の利ざや。
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マチエール(matiere<仏>)
本来は物質・材料・材質などの意。美術用語としては、作品に表現された材質的効果もしくは画面の肌をいう。たとえば、油彩と水彩画あるいは版画では、紙の表面の材質的効果や材質感がまるで異なる。版画の場合は、版種によって、それぞれマチエールの持ち味が違うし、同一版種でも、原版の選択、彫版テクニック、絵具・インキの種類、摺刷技術、用紙などによって各人各様のマチエールに仕上がる。画家の材料選択、気質、志向、テクニックなどによって画面の肌、材質感の違いが生まれてくる。ことに、版画は、多様な版種の選択の中で、イメージを物質化する自由と豊かさをもつし、また、彫りと摺りという制作のプロセスも芸術表現の手段として生かし得る間接法の芸術なのである。したがって、彫版と摺刷の物質的性質や技術に習熟した作家の作品はイメージの物質化にあたり、表現が豊かさと変化のふくらみをもち、「美しいマチエール」をつくり得るのである。
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マルチプル(multiple<英>)
一般的には、版画・写真・映画・ビデオ・ある種の立体などのように同じ作品が複数存在するmultiple
art(複数芸術)の意味で用いられる。しかし、版画では、紙のほか、金属・プラスチック・木などを用い、版画技法で摺刷し、組み合わせた複数制作の立体造形品を指す。
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ミクソグラフィア(mixographia<英>)
混合版と訳す。メキシコの画家タマヨ(1900〜)が開発した銅版技法。まず、ロウ(ワックス)に形象を彫ったり、布を貼りつけたり、加熱して変形させたりしてロウ原版を造形(彫版)する。次に、ロウ原版に石膏をかぶせ、型をとり、これに電気メッキを施し銅を付着させ、銅原版を製作する。この銅原版にインキを詰めて、プレスで摺る。
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メゾチント(mezzotint<英> maniere noire mezzotinte<仏>)
凹版で使われる技法のひとつ。まず、版の表面全体にわたり、1.普通、線あるいは、2.点刻線を縦・横・斜め十文字(対角線)に規則正しく刻みつける。1.の場合はよく切れるドライポイント用刀やニードル、あるいはハーフトーン・コウム(直線引きロッカー)で、版面に垂直・水平・対角線と各方面にぎっしりと精緻に美しい平行線を刻みつけてゆく。2.の場合もロッカー(ベルソー)で細かく平行に密接した点刻でできた線と同様、垂直・水平・対角線と各方向に版面に刻みつける。いずれの場合も(直線も点刻線も)この方法で版面にできた線はドライポイントの線や点が整然と密集したもので、一つひとつの線や点は、小さくササクレ、版面はマクレの海となっている。こうして準備した素地の版面にスクレーパーを使い、不必要なマクレを削り、とり除き、油気を与えたバニッシャーで磨き、つぶし、明るくしたい部分、つまり白色から灰色に諧調をつけてゆく。ドイツ語で、メゾチントをSchabkunst(削る技術)というが、まさに、原版の素地−暗く黒く摺れるマクレの海を白と灰色にゆっくり丁寧に削るところにメゾチントの真骨頂があるわけだろう。また、mezzotintのmezzoの本来の意味は「半ば」であり、tintは「色調」を意味する。イタリア語ではメゾチントをincisione a fumo(煙のように彫る)と表現するが、ビロードのような感触の黒と明暗濃淡の豊かで微妙なハーフトーンこそはメゾチントの生命であろう。なお、版面にメゾチントの素地をつくる方法は、以上のほか、適当に選択した大きさ(粒)の金剛砂の粉末を版面に撒布し、硬くて重い平らなもの、たとえばアイロンなどをのせて動かしてつくる方法、あるいは、スリガラスの製法と同様、圧搾空気により砂を版面に吹きつける方法などバリエーションがある。最近では、手間のかかるメゾチント素地製作を手仕事によらず、機械で仕上げるメゾチント用原版製作装置も各種出現している。→マニエール・ノワール
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木版(もくはん)(woodblock print<英>)
木の板に文字や形象を彫刻して製版した印刷用の版。また、その摺刷物。すなわち、版材に木を用いた版画(およびその版)で、普通凸版として利用される最も普遍的なもの。板目木版と木口木版がある。浮世絵版画は板目木版で、日本では伝統的に板目木版が用いられた。
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モノタイプ(monotype<英・仏>)
1.活字自動鋳植機の一種。2.絵画では原版1枚からプリント1枚だけを摺ること。すなわち、ガラスや金属などの版に描画し、これを転写したもの。モノプリントともいう。絵具や印刷インキで直接銅版(ガラス版など)に形象を描き、その上に用紙をおき、手押しや拓摺りの方法でプリントすることによって制作される1回摺りの版の絵。一度摺ったあとの版(銅版、ガラス版)に残っている絵具、インキを使ってもう一度摺れば、そのたびに少しずつ違った作品がプリントされる。したがって1点(1品)制作なので、いわゆるオリジナル版画の範疇からははずれるが、版の絵=版画であることには間違いはない。なぜ紙に直接描画せずモノタイプ方法をとるのか−それは、手押しや拓摺りのブリントの際の圧力によって生ずる、転写された絵肌の独特なマチエール・表現・味わいのためであるといえよう。もっとも、モノタイプを無理やりに版画のカテゴリーに組み入れる必要もない。モノタイプは、油彩、水彩、グワッシュ、パステル、素描、版画などという絵画のジャンルと同列に、モノタイプという一分野と考えても差し支えはない。モノタイプを初めて絵画技法として用いたのは、イタリア人の動物画家ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ(1600/16〜65/70)だといわれる。彼の17世紀に制作されたモノタイプ作品は、ウィンザーのロイヤル・コレクションに現存する。ドガ(1834〜-1917)は、銅版・石版などに深い関心をもち、最後にモノタイプに傾倒し、300点の白黒モノタイプを制作したのは有名だが、ゴーギャン(1848〜1903)も単色モノタイプをつくっている。ウィリアム・ブレイク(1757〜1827)は、モノタイプの方法を利用して独特のレリーフ・エッチングを制作した。その方法は、紙に耐酸性溶液で形象を描く。2.その紙を銅版にあて、圧力を加えプリントし、形象を版面に転写する。3.版を酸につけ腐蝕するというのである。つまり、2.でモノタイプ技法を応用したのである。カスティリオーネの技法開眼からほとんど3世紀、ブレイクのモノタイプの応用のレリーフ・エッチングの発明からほとんど2世紀、ドガがモノタイプに大きな関心を示してからほとんど1世紀。米国ではジャスパー・ジョーンズ(1930〜)やフランク・ステラ(1936〜)などがモノタイプ作品を制作し、この描画技法が見なおされているという。転写された絵肌のマチエールの中に、現代人は一体何を探し求めようとしているのであろうか。
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リストライク(restrike<英>)
オリジナル・エディションが完成・終了したあと、廃棄されない原版から摺刷された版画、もしくは、修正・加筆された原版から摺られた版画。=あと摺り
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リトグラフ(lithgraph<英>lithographie<仏>)
石版画。版材に石炭石やジンク板(亜鉛板)、アルミ板などを用いる平版の一種。略してリトともいう。
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リトグラフの原理
ひと口でいえば、水と油の反発作用の応用である。リトグラフに使われる石版石は、炭酸カルシウムを主成分とした天然の石灰石。表面には無数の小孔がある。表面がギザギザのスリガラスに子供がクレヨンで落書きするのと同じように、表面を研磨して砂目を立てた石灰石に脂肪性のクレヨンや解き墨で描画する。と、この描画部分は、スリガラスの落書きを水拭きしてもなかなかとれないのと同じで、このままでも水に反発する。次に、アラビアゴム液に少量の硝酸を加えた溶液(硝酸アラビアゴム液)を描画した石版面に塗ると、クレヨン(解き墨)の脂肪は硝酸のため分解し、脂肪酸を遊離する。この脂肪酸と石灰石の炭酸カルシウムが化合して脂肪酸カルシウムとなり、水分を反発し、脂肪物質をひきつける(と親和する)力を一層強くもつようになる。と同時に、他方、描画以外の石版石の表面は、石灰石と硝酸アラビアゴム液が反応して、逆に水と親和力のある保水性をもった酸化カルシウムにかわる。こうして、石版石の表面は、水分をはじく描画部分と水分を保つ非描画部分とで成立することになる。したがって、この石版石の表面に、油性インキをローラーで転がせば、水と油の反発作用で、水分のある非描画部分にはインキがつかず、水分のない描画部分だけにインキが付着する。この原版の上に紙をのせ、プレス機で圧力を加えれば、クレヨン(解き墨)で描画した作品が摺刷されてくる。今日では、天然の石灰石の入手が困難なので、人造石版石もつくられているし、わが国では、ジンク板(亜鉛板)やアルミ板を版材にしてリトグラフが制作されることが多い。アルミ板やジンク板の表面も研磨して砂目を立てて使用するが、脂肪と酸との感度をを大きくするため、親和液(バット液)をほどこし、版の表面に硫酸アルミニウムの膜を化学的(人工的)につくり、石灰石の性質に近似させてある。
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リノカット(lino-cut、linoleum-cuts<英>linogravure<仏>)
リノリウムを版材に用いる版画。板目木版とほぼ同様に扱われ、板目木版用の彫刻刀で彫版するのが普通である。独特の彫り味によるタッチやマッスの表現には適するが、綿密・繊細な効果は表現しにくい。摺刷には油性絵具がよい。スチレンなどの新版材が出現するまでは、版画教育にも多く用いられたが、最近では影が薄くなっている。もっとも、版木より大きいサイズの版が簡単に入手できるし、彫りに抵抗感が少ないので、欧米ではしばしば使われる。このリノカットを多用し、独創的な技法を工夫し、モノクロ作品のほか、多色リノカットの傑作を制作した最大の画家はパブロ・ピカソ(1881〜1973)である。ピカソは1954年に初めて、この欧米の版画教育に用いられていた版材に注目したといわれ、1958年から本格的に制作を開始、1963年までに100点以上のリノカット作品を完成している。中でも、「女の胸像」1958、「牧神と山羊」1959、「草上の昼食」1962、「帽子をかぶる女の胸像」1962、「ランプの下の静物」2点1962、「花の帽子」1963、=以上多色リノカット、あるいは「抱擁ll」1963=モノクロリノカットなどが代表的なものである。多色リノカットの制作にあたり、ピカソは1枚のリノリウム板を色彩に応じて数段階に分けて彫りすすむ技法を案出した。これは、何色かある原画の色彩部分のより大きいものを順により、あとに彫り残すよう一色ずつ彫ってゆき、彫った部分をまず摺刷し、次に別の色彩部分を彫り、かつその部分を摺る・・・・・という逐次彫版・摺刷手法である。この場合、手なおしは困難だから、原画の最初の色彩設計と分解が最重要の課題となる。一方、モノクロリノカットの「抱擁ll」は一見銅版画を思わせる(よく見ると、まるでタッチが違うが)微妙な細線で表現されている。これは、ピカソがリノリウムにビュラン様の彫版具でエングレービングした原版をプリンターが白インキで凸版摺り(ベタ摺り)した用紙一面に墨汁を塗り、これを水洗いしたものである。つまり、白インキで保護された部分の墨は洗い流され、原版にリノカットされた刻線の部分だけに墨が残り、この作品ができたのである。平凡な才能は、版材の流行や伝統技法に何らかの形で拘束されるが、天才はあふれる芸術的発想が、逆にありふれた、あるいは時代遅れの素材を、自らの発想の侍女たらしめる、もしくは自家薬籠中のものにするというひとつの好例であろう。
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リフトグランド・エッチング(lift-ground etch-ing<英>)
腐蝕銅版技法のひとつ。一般的には、砂糖の飽和溶液にアラビアコムをまぜた液を筆につけ、プレート上に直接描画する。アラビアゴムは砂糖溶液をプレート上に固定させるためである。描画後多少乾燥させ、その上に液体グランドをひく。グランドの完全乾燥後、ぬるま湯につけ、しばらくおくと(指でこする人もある)砂糖の溶液で描画した部分のグランドがもち上がり(リフト・グランド)、版の表面があらわれる。これを腐蝕して製版するものをリフトグランド・エッチングという。上の経過ではがされて露出した面積が大きければ(筆で描画すると幅の広いタッチとなることが多い)松脂の粉末を撒布しアクアチントする。この場合、砂糖水を使って描画してあれば、シュガー・アクアチントということになる。ピカソ(ビュフォンの「博物誌」の挿画など)やルオー(「ミゼレーゼ」など)など、筆描きの腐蝕銅版は多くこの方法が使われ、そのほか、ミロ、J・フリードランデル、A・マッソンなども効果的に用いている。なお、リフトするための物質はひとり砂糖水だけではなく、墨汁、グワッシュ、ポスターカラーなどもその目的によっていろいろ使用できる。ただし、効果を確実にするためには、いずれも単独ではなく、アラビアゴムのほかガムポージ、砂糖などを加えた方がよいとされる。
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リプロダクション(reproduction<英>)
複製。普通、芸術家以外の第三者により、さまざまな方法を利用し制作されたオリジナル作品のコピーあるいは写しを指す。特に、版画を含む(平面的な)絵画などを印刷技術によって再現したもの。彫刻・工芸などの複製(模刻・模写・模造)はコピー、建築のリプロダクション(模作・復元・再興)はリコンストラクションという。彫刻・工芸などの複製をよくレプリカというが、厳密には、原作者の手による写しをいうのである。リプロダクションは次のように要約される。1.単行本、雑誌、カタログなどによる芸術作品の写真・図版は明らかに複製である。版画についていえば、2.西洋木版・銅版画でオールドマスターなどのオリジナル作品を版画職人が模刻した(16〜18世紀および19世紀前半まで盛んだった)版画も複製である(エスタンプ)。3.版画の原画を写真製版して再現したものも、機械刷り、手摺りにかかわらず、また、たとえ作家のサインがあっても複製であ。4.油彩、水彩、素描、グワッシュなどオリジナル作品の原画を写真製版もしくは模刻して、版画に再現したものもリプロダクション、もしくはエスタンプである。=エスタンプ
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レイエ(rayer<仏>)
限定部数を摺り終えた版に×印などの線を入れ、原版を廃版にすること。レイエとは「線を引く、罫を入れる、線を引いて削除する」などの意味で、エディション制を容認するかぎり、作家は摺刷の部数を厳守する義務を負うから、その数量管理の方法として、原版に線を引いて、いわば「消印」(ビフェbiffe<仏>)とするのである。したがって、レイエのことをビフェともいう。普通、銅版では版面上の一隅に斜線を1本あるいは2本刻み込む方法がとられる。また、こうして線を入れた版で1枚摺りをつくり、刷了した日付、部数などを付記して、レイエし、廃版した証拠として工房に保存する。レイエあるいはビフェは1960年に、現代のオリジナル版画に対する国際的な同意の一項目「制作されたすべての版は、摺刷が完了したならば、抹消またはエディションが完了したことを示す明瞭な標識をしるし付けなければならない」とある趣旨に沿うものでもある。つまり、エディション制をとる現代オリジナル版画では、明記した限定部数だけの作品が作家自身の品質管理上の監督・点検を経て発行され、それ以上刊行されない保証として、廃版−レイエの約束が存在するわけである。外国作家の銅版画のカタログ・レゾネにはよく「Cuivre
raye apres triage」と記録されているが、これは「銅版は摺刷後レイエされた」という意味。石版画も同様「pierre effacee」(石版石は消された)などの表現でレイエされるが、石版石の場合、何度も研磨して新しい版がつくられることが多いから、特にレイエした版で1枚摺りの廃版プルーフをつくり、工房に保存し、いつでも公表できるようにしておくべきだろう。レイエは、銅版、リトの場合は比較的厳しく守られているようだが、日本の木版は多少ルーズのような気味があるのではないか。杞憂でなければ幸いである。レイエはエディション制により摺刷された版画の商業的な価値を保つためにも、作家の良心としても必要なことである。しかし、痕跡をとり去ることができないほど強く画面の一隅に斜めに彫りつけられた線も、原版の芸術性を全面的に損壊するようなものではないから、作家の製版技法を版で確認しようという研究者や鑑賞者のためにも、また、それ自体芸術の仕事の一部として鑑賞するためにも、レイエされた原版は保存され、美術館などで所蔵・展示されることが望ましい。
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レリーフ(relief<英・仏>)
浮彫り。平面上に形象を盛りあげ浮き出させる彫塑技法。
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