ナースとのやり取りの中で、つい素に返ってしまったことがあった。
ややもすれば、「先生は何て言ってたん?」と患者に聞いてくるのがナースの哀しい習
性なのである。
仕方が無かろう。医療行為は医師の指示の元に......が、その最大の要因なのだから。
ナース自らの判断で行える医療行為もあるだろうと感じたことは多々あるが、法律で制
定されている以上は、その責任問題になればとてもナースには任せきることができな
い問題もあるのであろう。医療過誤で訴訟に繋がり易い時代背景がそこにある。
そして、ある時、ついうっかりと次のように応えてしまったのだあった。
「○●さん(主治医の名前)、こうゆーてたよ。」
「えっ......!?ゆ、ゆーてた?!!(絶句)」
蔑むような目と顔を私に向け、そのナースは無言のまま私のベッドサイドから遠ざかっ
て行ったのである。恰も、それは自分を治療してくれる医師に対して失礼な物の言い方
であるというような態度がはっきりと見受けられるものであった。民間企業と最も懸け離
れた物の言い回しといえば、この点に集約されるのではないだろうか?
私のように民間企業に勤める者としては、外部の者に対して、例え社主であろうがそ
の名前は呼び捨てにするのが常識である。また、例えぞんざいな言葉遣いを受けて
も、それは心の中で苦笑するだけで決して外部の者にはそうしたものを見せないのが
一般的である。しかし、こうした内部の者に対して外部の者に尊敬を強制するのは、恐
らく未だ医療従事者だけではないだろうかと思わせるのである。
図に乗った代議士ならともかくも、こうした態度は国家試験に通った各種資格者にある
一般的な物腰なのであろうか?それが従業員にも伝染しているということなのであろう
か?それであるから、患者は頭を低くして治療を受けねばならぬ原因となるのか?
即ち、先生と自らを謙って言わねば充分な診察を受けることができないというような。
医師を頂点としたヒエラルキーは、それはあなた方に固有の物であろうが、私達患者に
は全く関係のないことであることを医療従事者達は感づいていないところにこの悲しみ
があるのである。
医師もナースも学校を卒業し、そして免許を取得し、いきなりこのような世界に飛び込む
ことは世間との隔離を意味するものであり、これらのヒエラルキーに制されるであれば、
こうした擦り込みにあっても何ら疑うことを知らされずにこの世界で生きていくことに全く
疑問を感じることもないのであろう。
ナースの医師達への不満もそこには充分に感じ取れるのではあるが、制度が変わらぬ
限りは甘んじなければならないことも思い知るべきであり、また患者に同じく強要して
はいけないと思うのである。
あるナースが言った言葉にそれが如実に表されていたように思った。
「あたし、この仕事しか知らないから、外のことは全く分からないんですよ。」
だからと、非常識であると責めることは断じて許されないこともまた確かである。
そう言う私も、医師に向かって先生という敬称を付けずに名前を呼ぶことは未だにでき
ないではいるのであるのだが、こうした人達というものは全く以て厄介な人種であるの
もまた真実である。
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