前田の算数

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学習を科学する そのA
学びのメカニズムと授業
学習を科学する そのA ―学びのメカニズムと授業―

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はじめに
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 「学習を科学する その@」において、
学ぶとは、よりよい知識の体系を作り上げること」だと述べた。
 今回は、そのことについて、もう少し具体的に、授業レベルで考えていきたい。

 授業において、
 「子供は白紙の状態で授業をスタートし、そこに知識を入れていく」
 そういうイメージを抱きがちである。
 しかし、「学習科学ガイドブック」は、それを間違いだと指摘している。
 授業において、子供は、はじめから自分なりの知識体系をもっている。
 それをよりよい知識体系に作りかえていくのが授業だと述べられている。

 なるほど、教師の役割は、知識体系を「与える」のではなく、「作りかえる」というイメージになるだろうか。
 だとすれば、授業において、我々教師がすべき手立ては、
子供がもっている知識の体系を
 「@揺さぶること」。
 「A再構築させること」 
の2つに整理される。

 ここでは、「揺さぶる」「再構築」の2つの視点から、「子供の学びのメカニズム」を考えていきたい。


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 学びのメカニズムと授業
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★☆ 曖昧さを浮き彫りにする

 まずは、揺さぶることについて考えていきたい。
 揺さぶるとは、子供が分かったつもりでいる曖昧さを浮き彫りにすることである。

 例えば、「巻き尺」の学習。
 子供は「長い長さを測るときや、曲がったものの長さを測るときには、巻き尺が便利」ということを学習する。
 そうした知識を獲得した子供たちに、
「巻き尺って便利だね。
 だったら、これからはものさしは捨てちゃって、毎日巻き尺を持ってこようか?」
と投げかけたらどうだろう。
 子供たちは「え、でも・・」と考えを揺さぶられる。
 「巻き尺は便利」そう分かったつもりでいたのに、考えの曖昧さが浮き彫りになって揺さぶられるのである。

 もちろん、ものさしを捨ててしまってよいはずはない。
 筆箱の中に巻き尺は入らないだろうし、短い物の長さを測るのに、いちいち巻き尺を使っていては面倒である。
 「巻き尺」だけでなく、「ものさし」と結びつけて考え直す中で、「測る対象によって計器を使い分ける」という新たな知識体系が作られるというわけだ。

 例えば、「資料の整理」の学習。
 子供は「『正』の字を使って数えると便利」という知識を獲得する。
 そうした子供たちに、
「前田正秀の『正』がいいんだったら、前田の『前』という字を使ってもいいんじゃない?」
と投げかける。
 すると子供たちはざわめきだす。
 当たり前に使っていた「『正』の字」の意味を見つめ直していくのである。
 やがて子供たちは、
「だめだよ。だって、『前』は9画だよ。『正』みたいに5画じゃないよ」
ということに気づく。
「なるほど」
と褒めながらも、さらに意地悪をする。
「だったら、前田の『田』ならどう?『田』なら5画ですよ」
と投げかける。
 子供たちは、さらに『正』の字を見つめ直し、
「だめだよ。だって折れがあるよ。『正』の字には折れがないから素早く書ける」
と反論する。 
 
 まだ意地悪をして
「じゃあ、真っ直ぐな線で5画の字なら『正』の字じゃなくてもいいの?」
と尋ねると、子供たちもさすがに困った顔になる。
 実は、いいのである。
 江戸時代は『玉』という字を使って数えていたそうである。
 また、外国では4本の縦線と1本の横線を使って数える国もある。(右図)
 
 こうして、「『正』が便利」という知識に「5画だから」という理由が結びつくことで、
「そういえば、5のまとまりってよく使われるよね」
という発想も生まれる。
「そろばんにも五玉があるよ」
「お金にも5円玉や50円玉があるよ」
といったように、他の事象とつなげることができるのである。

 さらに、
「どうして5のまとまりがよく使われるのか」と考えれば、
「10の約数だからだ」ということに気づく。
 そうやって思い返してみると、数え方もそうである。
「に、し、む、や、・・」「ご、じゅう、じゅうご、にじゅう」など、2飛びや5飛びで数えることは多い。
 それに対して、3飛びや4飛びで数えることは、ほとんどない。
 3や4が10の約数ではないからである。
 このように、10と結びつけて5を捉えることで、さらに知識の体系が深まっていく。

 
 
★☆ 誤概念を概念変化させる

 続いて、再構築させることについて考えていきたい。

 先ほど、「子供は、あらかじめ自分なりの知識体系をもって授業に臨む」と書いた。
 しかし、それが間違った知識体系のこともある。
 そうした概念を、学習科学では「誤概念」と呼ぶらしい。
 そして、それを概念変化するための条件として、次の4つを挙げている。


 1 自分なりの理解に不満をもつ

 2 内容が分かる

 3 妥当であると分かる

 4 生産的であると分かる


 2つ目の「内容が分かる」というのは、まあ、そうであろう。
 正しい内容が分からなければ、誤概念は解消できない。
 普通は、子供の間違いが直らないとき、
「正しい内容が分からないかな」
と考えがちだ。
 
 
 私が、なるほどと思ったのは、1つ目の
「自分なりの理解に不満をもつ」ということである。

 いわれてみれば、思い当たることがある。
 三角形と四角形の学習のときに、右図のように三角形のよ<うな形をした四角形を、どうしても四角形と受け入れられない子がいた。
「いくつの直線でかこまれている?」と尋ねると
「4つ」と分かっている。
「4つの直線でかこまれた形は、何ていうんだっけ?」と尋ねると、
「四角形」だと分かる。
でも、この形は
「四角形だけど、三角形でもある」
というのである。
 
 今から考えれば、その子は「4つの直線にかこまれた形は四角形という」という内容は分かっていたのである。
 「図形を辺の数で仲間分けできる」という内容も分かっていたのである。
 しかし、「見ためで仲間分けしてはいけない」ということを納得できていなかったのである。
 つまり、「見ためで仲間する」という自分なりの理解に不満を抱いていなかったのである。
 だとしたら、あの子に必要だったのは、「見た目で仲間分けすると、人によって違いが出るから不都合だ」ということを分からせることだったのだ。
 「辺の長さで仲間分けした方が妥当であること」を実感させることだったのだ。
 そう考えると、私がその子にかけた 「4つの直線でかこまれた形は、何ていうんだっけ?」という言葉は、的外れだった。

 つまり、誤概念を概念変化させるには、正しい概念を教えるだけでなく、誤概念を取り上げ、それがなぜ間違っているのかを納得させる必要があるということだ
。 
 
 ★☆ あえて誤概念を扱う

 授業においては、あえて誤概念を扱う方法もある。
 起こりそうな誤概念を全体の場で取り上げるのだ。

 例えば、「単位量あたり」の学習。
 私は、2つの温泉を提示して、どちらが混んでいるかを考えさせた。
 Aの温泉は4uに6人、Bの温泉は6uに8人入る。

  面積  人数 
 A温泉  4u 6人 
 B温泉  6u 8人 

 このような数値にしたのは、「差」で考えるという誤概念を引き出すためである。

 模造紙を貼り合わせて温泉に見立て、それぞれの温泉に子供を入れた。
 貼り合わせた模造紙には、実は仕掛けがあり、1uごとに格子状に色分けしてある.。(右の写真)



 案の定、子供たちからは、
「1uに1人ずつ入ると、どちらも2人余る。だから、混み方は同じ」
という意見が出てきた。


 

 もちろん、これは誤概念である。
 極論を考えてみると、その考えが矛盾していることが見えてきた。
 次の表は、どれも人数と面積の差が2の温泉である。
 1uに一人ずつ入れば、2人余る。

 1uに 3人
 2uに 4人
 3uに 5人
 4uに 6人
 5uに 7人
 6uに 8人
 100uに 102人

 しかし、これらの温泉が、同じ混み具合とは考えにくい。
 本当は、全員を温泉に入れて、それらをならして考えないといけないのである。

 正しくは、6÷4=1.5、8÷6=1.33といったように、1uあたりの人数で比べなければならない。
 「差」ではなく「比」で比べる見方である。
 しかし、そうした正しい方法だけを教えても、子供の誤概念は変化しない。
 誤概念を取り上げ、それがなぜ間違っているのかを納得させる必要があるのである。
 
 
 ★☆ 誤概念をプラスに生かす

 誤概念の「誤」という文字からは、なんだかマイナスのイメージを受けがちである。
 しかし、授業においては、誤概念をプラスに生かし、子供の学びのエネルギーにつなげることもできる。
 先の「単位量あたり」の実践もそうである。
 「同じ混み具合と思っていたのに、そうではなかった」という驚きが、「混み具合の調べ方を考えよう」というエネルギーにつながっていった。

 他の事例も挙げよう。
 例えば、「平行四辺形の面積」の学習をした際には、下のような教材を扱った。
 


 ボール紙で作った辺の4すみを鳩目で止めたものである。
 名付けて、ぐにゃぐにゃ四角形。
 辺の長さはそのままに、長方形や平行四辺形に形を変えることができる。
 この教具で、長方形と平行四辺形をつくってみせ、「どちらが大きいと思うか」子供たちに問いかけた。

  
  
 子供の大半は、「同じ」だと答えた。
 「辺の長さが同じなら、面積も同じ」という誤概念をもっているのである。
 しかし、極論を考えてみると、その考えがおかしいことに気づいていった。
 「ぐにゃぐにゃ四角形」をどんどんつぶしていくと、面積が限りなく0に近づいていくからである。

 実際に長方形と平方四辺形を重ねてみると、明らかに長方形の方が大きい。
 同じだと思っていた面積が、実は違っている。
 その驚きが、
 「あれ、平方四辺形の方が小さいよ」
 「実際、どれくらいの面積なのだろう」
と、面積を求める意欲につながっていったのである。

 
 
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おわりに
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 ここまで、「学びのメカニズム」と題して、「揺さぶる」「再構築」という堅苦しい言葉を用いて、授業の在り方について述べてきた。
 これらを、もう少し簡単な言葉で、いいかえてみよう。
 簡単にいえば、
 「揺さぶる」とは、「あれ」「どうして」を生み出すことである。
 「再構築」とは、「なるほど」を生み出すことである。
 「あれ?」「どうして?」と「なるほど!」。
 要は、感動を生み出せばいいわけである。

 学習科学というと、「冷静な分析」といった印象を与えるかもしれない。
 しかし、求める先は、「感動ある授業」なのかもしれない。
 
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