きっかけはいくらだってあるのに。2






「そ、そんな馬鹿な…有り得ねえよ、こんなの…」
「ヤッター!勝った勝った〜っ!!」



チェス盤の前で手を付いてがっくりと項垂れる筧。
その周りをどたどたと走り回って喜ぶ水町。
盤の上には黒の駒のが多い。
けれども身動き出来なくなってしまったのは黒いキングの方だった。
「何かイカサマしたんじゃねえだろうな…」
ぶるぶると震えながら筧が失礼な事を言う。
それに特に怒りもせずに水町はケロリと返した。
「しねーよ。仕方も解んねえし。」
「それもそうだな…」
イカサマするにもそれなりに頭は必要なのだった。
そう、筧は益々失礼な事を思いながらも、やはりまだ自分の負けを認める気にはなれなかった。
「くそう…」
親指の爪をぎりぎりと噛みながら呟いた筧に。
水町のとても楽しそうな明るい声が降った。

「さって、なぁにやってもらおっかな〜〜〜?」

びくりと筧の肩が震える。
知っている。
勝負に負けた者に、水町は容赦ないのだ。
勿論それは、悪意に満ちているからという訳ではなく、ただ思ったことを言いたい放題に言うからなのだけれど。
しかし深く考えない分、時に酷く残酷な事をしているという結果にいきつくこともあった。
そんな時、筧は出来るだけ水町を諌めるようにしている。
相手のため、でもあるけれど。
悪気のない水町が、悪人になってしまうのがどうにも居た堪れないからの方が大きい。
これはまあ余談だが、そんな風にいつもはストッパー役の自分が今は被害者になろうとしている訳で。
そして今、ここには他に誰もいない。
ある種、死刑宣告のようなものを受ける気分になって。
筧は少し青ざめて水町の言葉を待った。



「うーんと…じゃー、肩でも揉んで?」
「は?」

思いもよらなかった台詞に、筧は目をぱちくりとさせた。
「だから肩揉んで。」
「あ、いや…裸で校庭十週じゃなくていいのか?」
走り回っていた水町が隣にしゃがむのを見詰めながら問うてみる。
「かけい、嫌だって言ってたじゃん。」
「そうだけどよ…でも、お前、いつもはそーゆーのわざと言って揄うじゃねえか。」
「うん。でも俺もヤだもん。」
「…なんで?」
「さあ?」
「……」
どことなく意思の疎通のなさそうな会話に筧の眉が寄る。
しかしそんな事はお構いなく、水町はまた口を開く。
「だから肩揉んで。かぁ〜たぁ〜!」
自分の肩を指で何度も指しながら、口を尖らせて言う水町に。
筧はため息を吐いた。
そして。
小さく笑って、水町の肩を押す。
「解ったよ。やってやるから、そっち向けよ。」
「おう!優しくしてねぇ〜んv」
「気持ち悪い声出すなよ。」
「え〜?渾身の色っぽさを出したのにー」
「出すなよ、そんなもん。」
言ってやると、後ろからでも水町の頬が膨らむのが見えて。
筧は、本当に笑ってしまった。

「言っとくけど、肩なんか揉んだ事ないからな。下手でも文句言うんじゃねえよ。」
「筧サンにやってイタダクのに文句なんか言わねえよー」



とても嬉しそうに、けれどどこか高揚した顔で笑う。
水町の顔は筧からは見えない。
そして。
当然、柔らかく笑う筧の顔も。
水町からは見えなかった。
つづく



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2004.11.14