「おねがい!ちょー頼んます!!も一回だけ!!!」 盤面に殆ど黒い駒しか残っていないチェス盤を挟んで、水町は筧に手を合わせた。 「だーめだって。何回やってもお前じゃ、俺に勝てないって。」 そう、水町はかれこれ十戦以上やっても負け続きなのだ。 「あっ、ナニ?その言い方?!マジムカツク〜!」 「本当のことだろ。」 「ちっがーう!次、次勝つの!!」 「ふーん。ま、有り得ねえな。」 「んな事ねえって!俺はアホだけど馬鹿じゃねーの!!」 「意味解んねえし。」 熱くなる水町を尻目に筧はちゃっちゃと盤に駒を並べ始める。 「じゃあ、あと一回だけな。俺に勝てたら何でも言うこときいてやるよ。」 「へ…?」 身振り手振りの大きい水町の。 リアクションの全てが止まる。 「マジ?何でも…?」 「ああ、何でも…っと」 駒を並び終えた筧が顔を上げると、すぐそこに水町が近付いて来ていた。 その目が。 すっと眇められて筧を見る。 「ホントに?」 そして。 ずい、と身を乗り出す。 「ホントに、何でも?」 「?ああ、だからそう言ってる。」 いつもと様子が違う。 迫ってきた水町に気圧されて、少し後ずさって筧は答えた。 それを追い縋るようにして。 水町が、また、訊いた。 「例えば?」 「え?」 水町の長い手が、伸ばされる。 筧の肩に向かって。 「例えば、どんな…?」 「どんなって…」 いつもよりかは幾分低い。 その声で言った水町の目に、自分の姿が映っているのを筧はぼんやりと見た。 そして。 「裸で逆立ちして校庭10周、とかは流石に出来ねえけど、」 「……」 「そんなんじゃなきゃ…って、どうした?水町。」 近付いて来た水町が、自分を通り越して脇にばったりと倒れたのに筧は不思議そうな顔をした。 「……マジ自信なくす…」 「なら、やめとけよ。」 「や、そーじゃなくて…」 「じゃなんだよ?」 相変わらず訳解んねえ奴、と溢す筧の言葉に。 そっちこそどっかオカシイんじゃないのかと心の中で悪態を返す。 けれども。 ほんの数分、床に懐いておもむろに起き上がる。 「やめれりゃ、そっちのが大概ラクなんだろーけど。」 「だから何が?」 「いやいやいや。」 訝しげな顔をして自分を見る筧に誤魔化し笑いで応えて。 水町はどっかりと座り直して声を上げた。 「うっしゃー!かかってこぉー!!」 「いや、お前のが先攻だから。」 「あそ…」 冷たくあしらわれた水町が、ぷうと口を尖らせてポーンを摘み上げる。 「筧が裸で逆立ち校庭十週へのだいいっぽ〜」 「だからそれはやんねえっつってんだろ。」 「ははは!」 筧もまた、ポーンを摘んで前へと押しやった。 まだ勝負は始まったばかり。 その結末はまだ解らない。 |
2004.11.14