「俺はな、運の値ってのは人それぞれ違うんじゃなくて、皆一緒だと思ってるんだ。」 「ふん?」 突然、何の脈絡もなくフリックがそう言い放った。 一瞬手を止めて続きを促して、また目の前にある肉に齧り付く。 ちなみに今日の日替わり定食のメニューはラム肉の香味焼きだ。うまい。 そして更にちなみに、フリックの前にあるのは焼肉定食だ。 日替わり定食はちょうど先に頼んだ俺の分で売り切れてしまったからだ。 安くて美味くて盛り沢山がモットーな日替わり定食は、早々に売り切れて運が悪いと食いっ逸れる。 非常に悔しがったフリックと、申し訳なさそうにしていたウエイトレスには悪いが、またフリックの不運に見舞われる様を目の当たりにしてしまった俺は、大いに笑わせて貰ったのだ。 そのフリックが、運の値、とか言い出した。 「皆、初期値っていうか、持ってる値は一緒なんだ。それで、その使われ方が違うだけなんだと俺は思う。」 「ふーん、で?」 「例えば、一生に使う運の値が1000とするだろ。そうしたら皆1000持ってるんだ。人によって違う訳じゃない。」 「ほー」 「毎日1ずつしか使わない奴もいれば、1年毎に10ずつ、とか。数年空いてどかんと使われるとか。その複合もありだよな。」 フリックは口調が段々と熱が入ってきて、食べる事もすっかり忘れているようだ。 焼肉定食だって美味いのにもったいない。 そう思ってこっそりと肉を盗むべく手を出すと速攻叩き落された。 「…俺の話、聞いてるか?」 「おう、聞いてるぜ。」 鬼のように睨んでフリックが聞いてきたので、叩かれた手を振り傷みを堪えながら答える。 「で、結局何が言いたいんだ?」 「っ!ほんとに話ちゃんと聞いてたのかよ?!」 フリックの顔が更に怖くなった。 が、深い溜息をするとまた語りだした。 「お前と俺と、それから他の皆だって運の値ってのは皆一定なんだ。ただ俺は、不運てやつの運の値に関してはそれが毎日ほんのちょっとづつ小出しにされるから、小さな不幸が頻繁に起こりやすくて不運なように見えるだけだ!」 「へえ〜」 「一日単位でみれば、確かにちょっと…いやほんのすこーし運が悪いように見えるかもしれないが、全体的にみれば俺もお前も運がいいとか悪いとかは一緒なんだ!」 「…だから、つまりはお前は運が悪い訳ではないと言いてえってこったな。」 「その通りだ!!!」 「……」 俺の台詞に満面の笑みで目を輝かせ、指を差してまで相槌をうったフリックはなんと可愛らしいことか。 俺はかつてここまで必死になった事はない、というくらいに根性を出して笑いを堪えた。 余程、よっぽど日替わり定食が目の前で売り切れた事が悔しかったらしい。 いや、俺がお前はやっぱり運が悪ぃ!と大笑いした事が、かもしれんが。 あまりにフリックが可哀想なのと、多少の罪悪感も手伝ってその話に乗ってやる事にする。 「そうか、なるほどな。その使われ方ってのは自分じゃどうしようもねえんかなあ?」 「ああ…自分じゃきっとどうしようもないんだろうな。」 「お前もそんなだと難儀だよな。」 「いや、難儀って事もねーよ。小さい不運にはよく見舞われるけど、その分大きいのには遭遇しにくいように思うし。」 自分で大いに語っていたくせに、少し下手に出て持ち上げてやると謙遜する。 本当にフリックは可愛いと思う。 「それに、幸運の方はうまい具合にいいタイミングで大きいのがきてるしな。」 「幸運?そんなすげーいい事ってあったっけか?」 「そりゃあ、お前…っ…と!」 フリックが言い掛けて、慌てて口を押さえた。 その不自然な仕草に顔を顰める。 「何だよ?感じ悪ぃなあ。ちゃんと言えよ。」 「お前には関係ない。」 「ここまで話降っといて関係ねえはねーだろーが。」 「うっ、うるさい。お前は知る必要なんてねーんだよ。俺が何時、何を幸運に思ったかなんて。」 フリックはそう言って口を尖らせて目を逸らせる。 しかしそれはねえだろう、と思う。 それに、聞きたい。 フリックが幸運だと思えた、それが何であるのか。 さてどうやって聞き出してやろうか、と思案し始めてやめた。 フリックの表情が柔らかくなって、微かに笑う。 「俺が何を幸運に思ったかなんて、俺だけが知っていればいい。」 穏やかで優しい表情だ。 「俺が知っている、気付けたことこそが大事なんだ。それもまた幸運のひとつだと思える位なんだ。」 一体、何の事なのかはさっぱりなのだが、その幸せそうな顔を見てると、フリックの言う通りに自分はその原因とやらを知る必要はないのだという気がした。 ただ、今、目の前で幸せそうにしているフリックを、知っていれさえいればいいのだと。 自分と共に過ごす今の生活で、こんな顔をしてフリックが笑えるという事を。 「それじゃあよ、その持論を見出したフリック先生よ。」 「あ?馬鹿にしてんのか?」 「してねえよ。なあ、お前から見たら俺の場合はどうよ?」 「お前の場合?」 「ああ、お前から見て俺の不運の値とやらの出方だよ。どんな感じだ?」 「……」 俺からの、きっと思ってもなかっただろう質問に、フリックはしばし考え込んで答えた。 「そうだな、お前の場合は一気に来るタイプだな。」 「ほお」 「…昔に、大きなのが一度に来たから、もう殆ど残ってねーだろうな。残りの人生は安泰なんじゃねえか。」 「……」 何気なく、という風に言われたが解ってしまった。 ぎゅっと唇が引き締められている。 不器用で口下手なくせに、やたらとこうして自分の過去起こった悲劇に気を遣っては言葉を寄越す。 本当に、もう、フリックというやつは。 「ああ。俺も、そんな気がしてきたぜ。」 自分も、何気なくを装って笑って答えてやる。 そうするとフリックもまた些か強張っていた面が緩んで笑顔になった。 その笑顔を見て思った。 運の値なんてものが本当にあるかどうかは解らないけれど。 自分の幸運の値というやつもあまり残ってない気がする。 何故なら、このフリックという貴重な相棒を手に入れた時に、殆ど使ってしまった。 そんな気がするからだ。 |
それでもやっぱり日単位で見れば、フリックは不運な事に変わりない気がするんだが。
2005.12.20