優しい声がする。 あなたはよくやったわ、フリック。 もういいでしょう? こっちへ来て、一緒に行きましょう。 遠くで。 オデッサの優しい声がする。 そして。 耳元では、厳しい声が。 「おい!フリック!!起きやがれっ!!!」 ビクトールの声だ。 うるさい。 そんなに怒鳴らなくても、ちゃんと聞こえてる。 そう言おうとしたが声が出ない。 それどころか、体が酷く重い。 そして脇腹が燃えるように熱かった。 そうだ。 そこは敵兵に矢に射られたのだった。 「フリック、目ぇ覚ませよ…お前は、こんな事でくたばっちまうようなヤワな男じゃねえだろ?!」 目は、覚めてるんだ。 でも。 体が動かない。 それに、とても眠くなってきた。 とてもじゃねえけど、起きられねえよ。 「起きろって!!!」 怖い、声だ。 無理言うなよ。 そんな声出したって、起きられねえもんは起きられねえよ。 どうしても、体が動かないんだ。 それに、ああ、もう意識が遠のいていく。 『もういいでしょう?』 ほら、またあの優しい声がする。 『こっちへ来て、一緒に行きましょう。』 一緒に? 何処へ? いや…君となら、何処へだって。 オデッサの優しい声。 オデッサの… オデッサは優しかった。 戦いの指導者でありながらも。 いつも命の大切さを説いていた。 いつも自分にそれを大事にして欲しいと言ってた。 その彼女もまた。 幼い命を守って、自らの命を賭した。 生きることをとても大事にしていたオデッサ。 『もういいでしょう?』 また、声がする。 酷く甘く優しい。 けれど。 これは本当にオデッサの声だろうか? 『こっちへ来て、一緒に行きましょう。』 君は死んだ。 君と一緒になら、地獄へだって行くよ。 でも。 この声は本当に君の声だろうか。 生死を彷徨う自分に。 生きようと抗いもさせずに、諦めさせようとするのが。 君の声だろうか。 『もういいでしょう?』 違う。 きっと、オデッサなら。 「諦めんな!いくな!!還って来いよフリック!!」 そうだ。 こんな風に、怒鳴って、張り手のひとつやふたつくらい貰ってる。 『一緒に行きましょう。』 とてもとても優しい声。 身を溶かしてずっと眠りに就きたいと思うような。 でも。 行かねえよ。 オデッサの声、でも。 それに。 「戻って来い!!!」 耳元で怒鳴るうるさい奴もいるから。 ほら、もうその声が泣きそうになってるじゃねえか。 だから。 戻らなきゃ。 優しい優しい声、を振り切って。 眠りそうな自分を叱咤する。 まだ怒鳴り続けてる。 厳しくて辛そうな。 その声に応えるために。 「…っ」 声にならない声が出た。 うっすらとだけど目が開く。 「せんせいっ!!!」 すぐさま、聞きなれた声が誰かを呼んだ。 ずっとさっき迄耳元で自分を呼び続けたビクトールの声。 「おお、還って来たか。」 こっちは、知らない皺枯れた声。 ぼんやりと、老人の顔が近付いて。 目の奥を見られたり、手首や胸を触られた。 「もう大丈夫じゃろ。意識が戻ったようじゃし…あとはまあ、体力次第かの。」 「そうか!ありがとよ、せんせい。」 ビクトールのほっとしたような、嬉しそうな声がした。 『せんせい』と呼ばれた老人は、また、こっちに振り返った。 「お前さんもよう頑張った。折角戻って来れたんじゃ、しっかり養生せいよ。」 皺枯れた、けれど優しい声だった。 そして、優しい微笑だった。 何かを片付ける音と、再度、礼を述べるビクトールの声と。 扉の閉まる音がすると、途端に静かになった。 意識が段々とはっきりとしてきた。 まだ、体は動かないけれど。 いや、動かそうとすると、激しい痛みが襲って侭ならないだけなのだが。 『せんせい』と呼ばれた老人は、医者だったのだろう。 何とか動かせた手で、脇腹の辺りに触れてみれば、包帯がきっちりと巻かれていた。 傷のせいで熱もあるのだろう。 頭と顔も熱い。 息も切れ切れにしか出来なくて、頭もぼんやりとしてる。 苦しい。 痛い。 でも、だからこそ生きている。 『それでいいのよ、フリック』 オデッサの、優しい声が聞こえる気がする。 扉の軋む音と共に、ビクトールの足音がした。 そのまま、それはまっすぐ自分の元へ。 そうして、ビクトールの顔が上から覗き込む。 側にあった椅子に腰掛けると、ビクトールは少し、笑った。 そして。 手を。 「お前、よく頑張ったな。偉いぞ。」 差し伸べた掌で前髪を梳きながら。 言った。 その声は。 さっき迄の、厳しい、辛そうな、声とは違って。 優しい、声だった。 オデッサのものだと思った、死へと誘うあの酷く甘い優しい声よりも。 ずっとずっとずっと。 優しい優しい。 声だった。 |
あーなんか似たよな話を書いた気もしますが…自分的には全然違う話のつもり…
死に掛けてる人に呼び掛けるのとそうでないのとでは生存率が断然違うそうですよ。
2005.01.06