その隣に居たかった


話し声で目が覚めた。

まず目に映ったのは青白い月の光に照らされた壁だった。
明かりの落とされた部屋で、交わされる密やかな声の主は、背中越しであっても聞き違えようもない。
ヤマトとフリックのものだ。

今日、ネクロードを討ち取った。
自分にとっては、ずっと追い続けていた今は失き故郷を滅ぼした仇敵だった。
一度は斃したと思っていたのだが、そうではなかった。
それを。
今度こそ本当に止めを刺したのだ。



討伐の祝いの宴を早々に自分は引き上げてこの部屋に戻った。
寝台に寝転がっている内に、うとうととなってしまったらしい。
すっかり寝入ってしまっていたその間に二人は戻って来ていたのだろう。

暗がりに、穏やかに響く声が耳に心地いい。

そういえば。
ここ暫くフリックの声を聞いてなかった。
声どころか、顔すらまともに見ていなかった。
ここティントに、フリックが来てすぐに言い争ってそのままだ。


自分の勝手な都合でフリックにはここには居て欲しくはなかった。
ネクロードにその存在を知られたくなかった。
万が一、億が一の確立でさえ、あの憎むべき仇敵にフリックをどうこうされたくはなかったのだ。
だから帰そうとした。
怒って、怒鳴って、帰らねえなら赤の他人で口もきかないと言いもした。
けれども。
あの頑固者は何を思ったのか帰りはしなかった。
そして今に至る。


「あの…どうしてもひとつ訊きたいんだけど…」
ほんの少しの沈黙の後。
ヤマトの声がした。
「なんだ?」
「…どうしてフリックさんは帰らなかったんですか?」
出来るものなら、今、自分がフリックに一番に訊きたいであろう事をヤマトが言って一瞬ぎくりと肩が揺れる。
しかし起きているのを気付かれた風でもなく、内心ほっとして息を小さく吐いた。
「ビクトールさんと喧嘩してまで、どうしてここに残ったのかなあと思って…」
「……」
すぐに応えはなかった。
けれど。
溜息の音と髪を掻き回す音が聞こえるとフリックの声がする。
「…あるところに一人の男がいてな。」
「はあ」
「その男はまあまあそこそこ幸せに暮らしていたんだけど、ある日悪い奴に住んでたところを滅茶苦茶にされて、何もかも失ってしまったんだ。」
「……」
その男、が。
自分であると気付く。
「男はその悪い奴に復讐を誓って、それは長い間そいつを追って辛くて苦しい旅をしてたんだ。」
「うん」
「その悪い奴はなかなか見付からなくて、男はとても苦しんで…でも、いつしか笑う事が出来るようにはなっていったんだ。そんな時に、男はある集団に属してそこで仲間を得た。」
「仲間…」
「そして、その仲間と共にとうとう悪い奴をやっつける事が出来たんだ。男は喜んだだろうな…すごく嬉しかったんだと思うんだ。それから色々あって、男は仲間だった一人の男と一緒にまた旅に出たんだ。今度は復讐とかそんな目的のない、自分のための旅だった筈だ。でも」
そこまで話して、フリックは溜息を吐いた。
話すのが辛そうだ、と思うのは自分の勝手な思い込みだろうか。
「でも…また、色々あって、斃したと思った悪者が生きてた事が解ったんだ。」
「うん」
「男は…また苦しんだと思うんだ。折角斃したと思って幸せになれると思ってたのに…きっと凄く悔しくて辛かった筈なんだ…」
フリックの声が、少しくぐもった。
「仲間の男は、前にそいつを退治した時も一緒に居たけど、その時は男がどれくらい嬉しかったとか、それまでどのくらい辛かったのか、とか、全然思いもしなかったんだ。でも、ずっと一緒に居て…ちょっとだけど、でもその男の気持ちが解るようになれたんだ。だからその仲間の男は思ったんだ。」
聞き慣れた、フリックの声が強く耳に響く。
「男がまた幸せになれるその手助けを、なんでもしてやりたい。そして、辛かった過去を断ち切って今度こそ本当に幸せになれる、その悪い奴を斃すその瞬間、その時に…」

「その隣に居たかったんだ。」

「自分の勝手な願いで、男が迷惑に思うのが解ってても…それでも、その仲間の男は、その時そこに居たかったんだ。一緒に喜んでやりたかった。前の時、出来なかった解らなかったその分、余計に…っ」
途切れた声は、そのまま消え入ってしまった。
その声を追っていた意識が戻って、そして気付く。
知らぬ間に涙が頬を濡らしていた。
ネクロードを葬った後、フリックに叩かれた肩が熱い。
あの時、そんな想いでいてくれていたのだと知って、今更ながらに温もりを感じる。

また、少しの間沈黙が訪れる。
それを破ったのはヤマトの問い掛けだった。
「それで…その仲間の男はこれからどうするつもりなのかな?その時、一緒に居たいって願いは叶ってしまったんですよね…」
「そうだな…」
ここで一端途切れた声は。
次には強く、はっきりと、意志を込めて伝えられた。
「今度は、仇討ちが終わって幸せになっていく男の姿が見たいから、やっぱりその隣に居たいと思ってるだろうな。」

その、言葉に。
涙がまた溢れ出していた。





「ぎこちないけれど心からの笑顔」の補足的(?)なお話とゆー事で。
オデッサ相手ではなくあえて熊で書いてみた。
2005.04.24