オデッサ





おれからお願いする。
いっしょに戦ってくれ。





あのフリックが、そう言って。
オデッサの代わりに、新しく解放軍のリーダーになったセイに頭を下げた。

そうして。

フリックは新たに新生解放軍の仲間に入った。
カクから三人で戻ってくる道中。
馬車に揺られながら、フリックは自分からは一言も話さなかった。


昨日、いきなり聞かされたのだ。
オデッサの。
一番大事に思っていた人の、死を。
ずっと、生きていると信じて違わずにいただろうに。
ずっと、離れていても彼女を想っていただろうに。

だから。

『おまえがついていて、どうして!』

責められて当然だった。
なのに。

『おまえのせいじゃ、ないんだろ。』

一晩明けたら、こちらが拍子抜けする程に。
清々しく人の上に立つ者としての立場で振舞っていた。



哀しいだろう。
辛いだろう。
苦しいだろう。

かつて、過去に大事な人々の命を奪われた俺になら、その気持ちの一端は理解に易い。
けれども、フリックは俺の想像よりも遥かに強い姿で目の前に立っていた。
押し黙ったまま、馬車に揺られるフリックの瞳は、ただ絶望に暮れるばかりではなかった。
固く結ばれた唇は、自ら語る事はなかったが、こちらが問えば明朗な答えを返していた。
俺は知っていた。
ずっと見ていたのだから。
フリックが、どれだけオデッサを大事に想っていたのかを。
フリックが、オデッサの信じる未来のためにどれだけその身を奉げてきたのかを。
知っていた筈だ。
けれど、解ってはいなかった。
フリックという人間を、見誤っていた。
俺は。
オデッサの死をフリックが知れば。
ただ、嘆き悲しみ絶望に暮れるものだと、思っていたのだ。
もしかすると、後さえ追うかもしれないと。
かつての自分が、そうであったように。
けれど。
違った。
フリックは、オデッサの死を厳粛に受け止め。
オデッサの願った未来を、遺志として引継ぎ叶えようとしている。
あの、頭の固く自尊心の高い、フリックが。
『認められない』そう思ってでさえも、そのためにセイに頭を下げるほどに。


哀くないわけはないだろう。
辛くないわけはないだろう。
苦しくないわけはないだろう。


フリックという人間を、解っているつもりだった。
けれど、そうではなかった。
何故だろう。
その事に酷く落胆しながらも、酷く喜んでいるような自分がいる。
もっと。
もっともっと。
フリックという人間を、解りたい。
自分の想像を、軽く超えていた、その部分でさえも。



夜も更け、ただ闇だけが支配する時間。
酒場からの帰り、酔いを醒ましたくて外に出る。
すると、微かに青白く光るものが目の端を掠めては消えた。
船着場の更にその向こう。
埠頭の一番先であろう場所だ。
「…?」
まさか敵やモンスターの類ではあるまいか?
不審に思って気配を消して近付いてみる。
そうすると、誰か、そこに居るのが解る。
剣をかざしているのだろうか。
その、後姿には見覚えがあった。
見間違える筈もない。
暗闇に色を失くしてはいるけれど。
目の裏に強烈に焼きついているその青。
それを纏うのは、青雷のフリック、その男だけだ。

更に近付くと、フリックは剣を戻して振り返った。
「何をしている?」
ただ、呆然と突っ立っていた俺にフリックは訝しげな顔をして言った。
しかし言わせて貰いたい。
「それはこっちの台詞だろーが。」
言うと、ちょっとびっくりしたような顔になって。
そして小さく笑った。
「ああ…それもそうだな。」
「そんなトコで何やってたんだよ。」
「…剣に名を与えていた。」
「剣に?」
「ああ、そうだ。」
腰にある剣を労わる様に撫でてフリックが告げた言葉で思い出す。
そういえば、フリックの出自は戦士の村だった。
あの村では慣わしで、自分の剣には大事なものの名をつけるという。
「名を与えるとどうなるんだ?」
少し、興味が湧いて尋ねる。
フリックは嫌がるでもなく、答えてくれた。
「別に…何がどうなるってもんじゃないさ。単なる心構えみたいなもんだろうな。」
「ふーん」
「戦士にとって、武器は体の一部みたいなもんだし…それに、一番自分の命や生き方に直結してるしな。それに大事なものと同じ名を与えて、同じように大事にするようにってことだろ。」
「なるほどなあ…」
言われた事はよく解るような気がして、頷いてみせる。
が、思い当たって訊いてみる。
「じゃあよ、その『大事なもの』が変わっちまったらどうするんだ?改名するとか、新しく剣も替えちまうのか?」
「…『改名』が許されるのかどうかは知らないが…俺が知る限りじゃ、それをしたヤツはいねーな。一度付けた名は、多分一生そのままだ。だからこそ、簡単には名は与えない。」
フリックは一息つくと、向こう岸を、そして更にはその向こうを見据える。
「それに剣を替えることも多分ない。普通、剣の銘は刃にあるものだが、俺達はその柄に名を付ける。刃はこぼれたり折れたり、意外と脆いものだからな。」
「まあそりゃ確かに。いくら鍛えても折れる時には折れちまう。」
それに。
生き残るために。
戦場で数も判らぬほどの相手を切り伏せ鈍くなった刀を捨て、敵の獲物を奪って振るうなど当たり前の事だ。
「だろ?でもそれじゃあ意味ねえだろ。だから柄に名を付けるのさ。」
「なるほどな。」
納得して頷くと、フリックがこちらに視線を戻して笑った。
それは。
それはとても綺麗に。
「そうして、刃を替え、形を変え…そしてそれでも、その剣は」
そしてフリックは空を仰いだ。
湖の真上。
降りそうなほどの星が瞬いている。


「自分にとって、一番『だいじなもの』だろう?」


その星空を見詰めているからだろうか。
フリックのその瞳にも、星が宿っているような気がして。
俺は、見惚れてしまう。
フリックはそれに気付かないまま。
大きく広い宇宙を仰いでいる。
そこに。
『だいじなもの』があるかのように。


「それで…その剣には、なんて名を与えたんだ?」
解っていて、訊く自分も意地が悪いとは思う。
が、フリックはそんなもの気にも留めずに笑うのだ。
それは綺麗に。
「当然、決まっているだろう?」
俺の、目に、焼きついて離れないくらいの笑顔で。
迷いのない、澄み切った声で。



「『オデッサ』、さ。」







ゲームでは仲間にするまでは剣の名は解らないんですよね。
なのでこんなのもアリかと。
2004.12.25