見えない足痕を残そうとする、おとなとおとな。



「おいおい、一体どういった心境の変化だ?」



ビクトールの口調は随分とおどけてはいたが、その表情はいつもより幾分と堅い。
ちょっとすぐには信じ難いものを見た、といった風に目が見開いていた。
「ああ…まあ、とりあえず座れよ。疲れただろ?」
それを受けるフリックはいたって穏やかで。
ただ静かに微笑んで、今しがた仕事から帰ったビクトールにテーブルにあるもう一つの椅子を勧める。
想像していたフリックの反応が違っていた事に少々戸惑いつつも、荷物や防具なんかをその辺に放り投げてビクトールは席にと着いた。

デュナン湖のほとりの城に集い、同盟軍として戦ったあの熾烈な日々からはもう十年は月日が経っていた。

ビクトールは宿敵だった吸血鬼への仇討もその折に運よく果たせ、以来気の向くまま、風の吹くまま、目的のない旅を続けている。
そしてその隣には、掛け替えのない存在となったフリックが。
身も心も捧げ、そして同じく捧げられていると、ビクトールはそう思って共に旅をしてきた。
そしてそんな想いを、八割がた冗談で、そしてその残りには誠実で真摯な気持ちを込め、指環という形でフリックへと手渡したのだ。
勿論、同じ形のそれを自分の左手の薬指にも嵌めて。

それを貰ったフリックは、はじめはひどく困った顔をして。
そして。
笑ったのだ。
嬉しそうに。
照れくさそうに。
やっぱり困った顔をしながら。

それはビクトールと同じ指に嵌められる事は決してなかったけれど。
それでもフリックなりに、大事にしてくれているのをビクトールは知っている。
銀の鎖で首に掛けられていたり、時には油紙に包まれて財布の中にあったり。
もしかすると、ビクトールの知らないところでは指に嵌めてくれたりしていたのさえも知れなかった。


その、指環が。
ビクトールの前では、決して指に納まる事のなかった指環が。
薄暗い室内を照らすランプの明かりに照らされて、煌めくようにしてフリックの指にある。
しかもそれは、左手の薬指に。



ちょっとすぐにはビクトールには信じ難かった。
指環を贈ってからはもう数年、多分五年以上は経っている。
それが、なぜ、いまになって。
一体どんな心境の変化があったのか。

もしかして。
ついに自分とのペアリングをしていたい、と思うようになったのかも。

いや、そんな期待をしてはいけない。
きっと何らかの理由があって、そう、例えばしつこくせまる女に結婚指輪だとして見せたのだとか。
そんな、きっと他愛のない理由で付けたものの外し忘れていたのだとか。
きっとそうに違いない。
そう、思うのに。
先程のフリックの反応に、いやそうではないのかもしれない、と淡い期待がふつふつと沸き起こる。


そんなどうにもそわそわと落ち着かないビクトールにフリックは笑って。
そして空いていたグラスに今日手に入れたらしいそこそこのワインを注いで勧める。
ビクトールが神妙な顔で受け取って、思い切ったようにグラスを仰ぐのを見て、そっとフリックは言葉を吐いた。

「今日、思った…いや、気付いたんだ」
「お、おお」
何に、と目で告げるとフリックは少し思案してからまた口を開く。
「今日お前、結構大きな商隊の護衛だっただろ?それで俺は別の仕事で全然違う所に行ってただろ?」
「ああ」
「それで、なんとなく思ったんだ」

まっすぐ、フリックがビクトールを見る。
そして。
「お前が、今日、仕事で死んだらどうなるんだろうってさ」
「…あの程度の仕事で俺が死ぬ訳ねえだろ」
「ああ。けど、何がいつ起こるかなんて解らないだろ?」
「そんなにお前は俺を殺したいのか」
「殺そうたって、そう簡単には死にそうにはねえけどな」
「当たり前だ!」
ビクトールは軽くテーブルを叩いて抗議した。
なぜこんな話をしているだ。
今日は、というかここ数日二人で同じ仕事が取れずに別行動を取っていた。
特に目的もなくたまたま立ち寄ったこのマチルダ領の片隅の小さな町には、そう大口の仕事が転がっている訳ではない。
小さくてもこれからの冬支度のため、取れる仕事は取ろうと各々細々と働いていたのだった。
故に、ここ暫くはゆっくり二人でいられる時間があまりなかった。
だから。
淋しかったとか。
逢いたかったとか。
今更、そんな甘い事を言われるなんて事がないのは解り切ってはいたけれど。
けれど、そんなニュアンスのあれでそれな感じになるのかと少々期待したのに。
指環なんか付けてるから。

それが、なぜ俺が死んだらとかそーゆー話になるのか。
最初から甘い話なんかにはなる筈がないと、期待なんかはしてなかったけれど。
いや多少はしていたのだ。
あの指環が目に留って、それであんな風に微笑むから。
なのに。
これでは少しぐらい機嫌が悪くなっても仕方ないよな?
とビクトールは自分自身に問うてみる。

憮然とした表情になったビクトールに相反して、フリックはその穏やかさを持続して淡々と続ける。
「もし、今日お前が死んでたら…予定を過ぎても還らないお前を雇い主に問い合わせたり、現地に探しに行ったりするんだろうと思う」
「ああ…そんで?」
この話題はまだまだ続くようなので、ビクトールは仕方なく観念して次を促す。
「そうしてお前の亡骸を見付けたら、墓を建てたりとか…お前を知ってる奴にはそれを知らせたりとかするんだと思う」
「まあなあ。そうだろうなあ」
「もし逆に、俺がそうなったとしても、お前は同じようにしてくれるんだろうとも思う」
「…するだろうなあ」
渋々、と行った感じで相槌を打つビクトールに、フリックが優しく微笑んだ。
満足だ、といった表情だろうか。
全然、自分はそんな風には思えないとビクトールは目を眇めて軽く睨み返した。
その話の内容が、ではなく、今のこの状況的に。
「…でもな、もし…俺とお前が、同じところで死んだらどうだろうかと思ったんだ」
「ああ?」
「例えば、何もない一本道で行き倒れてたりしたら、きっと同行者と思って一緒に埋葬されると思う」
「…そうだな」
「だけど今日みたいな護衛とかなら、そうとは限らないだろ?」
「なんでだ?」
「俺とお前が連れだと知ってる奴がいるなら別だけど…故郷の方に連絡が行くって事もあるだろうし、流れ者だからって適当に葬られるかもしれないだろ」
「…まあ、そうかもな」
「それにもっと大きな戦い…戦争とか、もの凄いモンスター相手とか…俺達意外にももっともっと沢山の死人が出た場合、誰もかれも一緒くたにされて全部纏めて墓が作られたりとか」
「…そんで?」
「墓を個別に作ってくれても、俺とお前が隣になるなんて事はなくて…」
「…だから、そんで?」
「そこを訪れた奴は、俺達が連れだった事なんて全く全然気付かないんだ」
「…っ!」

そこで、だんっ!と強くテーブルが叩き付けられた。
ビクトールが怒りに任せて拳を振り下ろしたのだ。
「だから、それが何だってんだ?!墓墓墓ってよ?!!墓なんざどーでもいいだろーがよ?!死んだ後の事なんざ一々考えて生きちゃいねえんだよ!!!」
激昂して思わず立ち上がったビクトールを。
それでも静かにフリックは見上げていた。
そして。
「俺も、そう思っていたんだ」
けど。
そう言って、俯く。

「俺とお前の関係はなんだ?」
「あぁ?!」
「相棒か?旅の連れ?それとも恋人か?愛人とか、情夫とか。それとも、他にもっと適切な言葉があるのか?」
「そんなもの…っ!」
「ああ、そんなもの、どうだっていいんだ。俺も。相棒でも連れでも恋人でもなんでも。その時思ったものがそうで、別に決まってなくちゃいけないとも思わない」
「だったら何で、んな事言い出すんだよ?」
「何でもいい、お前と一緒に居られるなら…ずっとそう思ってた。けど」
「けど?」
顔を上げたフリックが、ビクトールを見詰める。
その瞳には、一言では言い表せられないような。
色んな感情がごっちゃになったような、そんな光が宿っている。
ビクトールは握った拳を解いて、静かに椅子に座った。
フリックから目を逸らさないままで。

「例えば、夫婦なら…名字は同じですぐに解るだろうし、家も、互いの親族も、もしかすると子供もいるかもしれない」
「…ああ」
「きっと二人して死んだら、墓は隣同志に建てられ、子供らが、親族が死を悼み思い出を語り継ぐんだろう」
「まあ、そうなるだろうな」
「でも、俺達はそうじゃない」
「……」
「俺は…お前が死んでも、名も、血も、何もかもを受け継いでやる事は出来ない。そしてお前も、俺の何をも受け継ぐ事はない」
「…遺志とか、思い出とかは継いでやれるぜ?」
「ああ。けどそれは、目には見えないし、形も残らない」
冥い瞳をして言い切るフリックに、少しでも反論をしてやれとビクトールは思ったが、それはにべもなく返された。

別に、それはそれでいいではないか。

そう、ビクトールはすぐにでも言い返したかった。
何も残せなくとも、何も譲り渡せるものがなくとも。
今、自分達が共にいる。
その事だけが大事なのではないのかと。

けれど。
そうとは思っていないようなフリックに、どう伝えて納得させればいいのか。
それを考えている間にも、フリックの告白は続く。

「気付いたんだ。俺は…俺達は、目には見えないけれど、確かにそれはそこにあって、強くて何があっても壊れる事がないって。絆とか、想いとか、そんなものが俺達の間には、きっとあるんだと、それはそう信じて疑いようもなくて…それは絶対揺るがないって、俺の全てを掛けて、そう言えるけど、でも…っ」
「っ…フリック」
思わぬフリックの言葉に、ビクトールの憤りは掻き消えて。
さっきまでとは明らかに違う、熱い血が全身を駆け廻った。

「俺達の間には、目に見えるものはなにもない…っ…目に見えないものは、そこに確かにあると言えるのに…なのに、その見えないものを、形に出来る何かが、何も…っ…」
例えば、家。
家族。
子供や孫。
同じ名。
同じ血。
同じ才能、同じ容姿。
見れば解る。
そこに確かにある筈の絆。

それが自分達にはないのだと。
そう、フリックは言って唇を噛んだ。

そして。

「だから、目に見える何かを形にしたかった」
「あ?」
フリックは、薬指に綺麗に嵌ったリングをなぞって笑みを作る。
「些細な事だけど…気付く奴は気付くだろ?俺とお前、同じ指環をしてる意味が」
「……」
「そして気付いてくれたなら、隣に墓を建ててくれる気がするんだ」
ビクトールは、すぐには声を出す事が出来なくて。
フリックの言いたい事は、ちゃんと、正しく伝わってはいるけれど。
「見えないものを信じてない訳じゃない、けど、誰が見ても解る形として、何か…何か、俺に出来る事をしたかったんだ」
そうすると、自然と答えは見付かったのだと。
「だからもう、俺はこれからずっとこの指環を外すつもりはない…いいんだよな?それで」
さっき作った笑みが緩んで、不安そうに歪む。
そして微かに潤んだ瞳が、ビクトールに問い掛けと同時に向けられた。

気が付けば、いつの間にかビクトールは立ち上がっていた。
そして、フリックの傍に。
掌は、そっとフリックの頬を包むように触れている。
「当たり前だろ。むしろ俺は、ずっとお前がそうしてくれるのを待ってたんだぜ?」
ビクトールの手に、フリックの手が重なる。
「そっか…うん…そうだな、ごめん」
目を閉じ、重ねた手に力を込め、フリックが謝った。
済まなさそうに、眉間には皺が寄っている。
そんな顔が見たい訳では無くて。
「…その指に嵌めんのは結婚指輪って当然知ってんよな?プロポーズ、やっと受けて貰えたってこったな?」
だからすこしおどけて告げる。
明るい声で、作った笑顔で。
それにフリックは少し笑って。
「だから俺達は、結婚出来ないから…って話のつもりだったんだけどな」
「あー…いや、言葉をちょっと変えるぜ」
今度は真面目に、心からの切望の声で。
「これからも一生、お前は俺の傍で生きてくってそう思ってて、それはその、証だと思っていいんだよな?」
その、と頬に触れる手とは反対の手で、ビクトールはフリックの左手を握った。
つられて視線を移し、白金のリングを見詰めた後。
「思っていい。お前のそれも、そう思っていいんだよな?」
それ、と言ってフリックが頬にあったビクトールの掌を目の前にと持ってきた。
ずっと嵌め続けられていた指環は、フリックのそれとは違い、細かくついた数多の傷のせいで鈍く光っていた。
この指環を外す事はない。
そう、思い続けて五年は過ぎている。
これからもずっと、外す予定はない。
「当たり前だ。だから俺は、最初からそのつもりだっつーの」
言って、すぐにフリックを抱き締めた。



本当は、解っていた。
フリックが言うまでもなく。
ずっと隣で、人生を歩んで行ってくれようと想っていてくれている事など。

けれど、解っていたのだとしても。
改めてフリックが、それを言葉に、形に、してくれる事が堪らなく嬉しかった。


そして。
本当は、墓なんてどうでもいいんだという事も解ってる。
ただ、フリックは。
自分達が生まれ、生き、そして出逢ったその事実が。
何も、痕跡を残す事が出来ない事を虚しく感じたのだろう。
自分達が生まれたのも、出逢ったのも、共に生きたのも、まるで何の意味もなかったのではないのかと。

そんな事は決してない。
そう、自分達は解っている。
けれど。
他の者にも、知って欲しいと思ったのだろう。
なぜなら。
意味はあったから。
自分達の生きた、出逢った、意味はあったのだから。
それは素晴らしいものだったのだと。
ただ、知って欲しい。
ただ。



「なあ、フリック」
「ん?」
胸に抱いた頭を撫でて、ビクトールは低く名を呼ぶ。
それに、フリックは心地よさそうにして頷く。
「お前さんは、目に見えないものは、形もないと思ってるようだがよ。そうでもねえんじゃねぇかな」
「うん?」
訝しそうにして、フリックが顔をあげる。
ビクトールに、自然と笑みが浮かんだ。
「マルロ…って憶えてるか?デュナンの戦争ん時のよ」
「……マルロ…?」
「図書館によく居たろ?ほら、真面目そうな奴」
「あ…眼鏡掛けた奴、だったか?」
「そうそう、そいつ。そいつな、なんかあん時の事を本にしてるらしいぜ?」
「本に?あの時って、デュナン統一戦争をか?」
「まあ、詳しい事は俺もよく知らねえんだけどよ、風の噂じゃあそうらしいぜ」
「へえ…あ、じゃあ」
唐突に、意外な事実を知り感心していたフリックだったが、はっとしてビクトールを見る。
何を言わんとしてるのか、もう解っているビクトールはしたり顔でその言葉の続きを継いだ。
「おう、俺達も登場してるだろうな」
「……」
告げられ、フリックは何とも言えない顔をした。
純粋に嬉しいような、有難迷惑で嬉しくはないような。
そんなフリックの頭をぽんぽんと叩いてビクトールが、真面目な声を出した。
「そこに描かれた俺達はどんなんだと思う?」
「…え?」
「お前の言う、目に見えないけど確かにそこにあるもんを、マルロがちゃあんと感じ取ってくれてたなら…きっとその物語の俺達は、最高のコンビとして描かれているんじゃあねえのか?」
「…っ」

懐かしいあの景色。
夕陽の沈む大きな湖に、オレンジに染まった大きな城。
風になびく草の音が心地いい緑の草原。
その真ん中にどこまでも続くかと思われる一本道。
そこに立つ、自分達。
そして仲間達。

「目には見えなくったってよ、そうして、ちゃあんと形になる事もあるんじゃねえか?」
「…っああ」
フリックの瞳に、新しい、綺麗な、光が宿るのをビクトールはまさに今、見た。
きっと思いもしなかった世界に、はじめて出逢い、感激してるかのような。
はっきり言って、フリックももう若くはない、いっぱしのおっさんだ。
けれど、こうして見る、フリックは幾つになっても自分には新鮮で美しく綺麗なものだった。
相変わらず可愛いなあ、と心の中で呟いて。
ビクトールは笑みを深くして思いっ切りフリックを抱き締めた。
「っ?!ちょっ…苦しいだろ!」
「なあフリック、どうせならよ」
抗議の声は無視するビクトールの瞳も、少年のように輝いている。
「もっと色んな事やって、活躍して、世間に名を轟かせてよ」
ビクトールの目には、今、無限に広がる世界が見えている。
それを見据えて。
「歴史に名を刻んで…そうやっていっぱいの本に描いて貰おうぜ!俺とお前、すげえ二人が居たんだぞってよ!」
「…またそんなデカイ事言いやがって」
そう言う、フリックも笑みが浮かんでいて。
「とりあえず、最近またグリンヒルの辺りできな臭ぇみたいなんだよな」
「グリンヒルか…随分行ってないな」
「俺の勘じゃあ、絶対ぇなんか物騒な事が起きる気がする…って事で、春になったら行ってみようぜ!」
「まあ…テレーズ達も元気にやってるか気になるし…」
「よし!決まりだ!!」
「ったく、しょうがねーな」
「はっはっは!」
口調は呆れた風であったのに。
やっぱりフリックが楽しそうに笑っているので。
ビクトールもまた、声を上げて笑った。

それからひとしきり笑い合って。
「ってゆーか、いい加減離せ」
ビクトールの腕の中でもがきながらフリックが抗議する。
それに。
「嫌だ」
そう言って、ビクトールは余計に腕に力を入れて締め付けた。
「今夜はもうお前を離さないからな」
「っ…寒い事言ってんじゃねえ!」
「今夜どころか、この先、一生離さねえけどな」
「…っ」
在り来たりな殺し文句だったけれど。
フリックは何も言えなくなってしまった。
ビクトールの腕も言葉そのままに堅く解けそうになく。
碌に身動きも取れなくなって、出来る事はただひとつとフリックが溜息を吐いて瞳を閉じると。
その瞼に、ゆっくりとビクトールの唇が降った。






明け方目が覚めて。
一番にビクトールはフリックの左手を確認した。
その薬指には、昨夜と変わらず白金の指環がきらりと光っている。
ほっとして息を吐いて全身の力を抜いたビクトールは、いつの間にか起きていたらしいフリックと目が合って一瞬ぎょっとして固まってしまった。
「…っ!」
「…どうした?」
「い、いや…」
問われて、慌てて握っていたフリックの左手を離したビクトールだったが、思いなおしてまた握り直す。
そして。
「夢じゃなくてよかったなと思ってよ」
「……」
「なんだ?」
この幸せは夢なんかではなかった、と。
喜びを込めてそう言った筈であったのに、不審そうな顔をされてビクトールが今度は問うた。
「…だったら、もっと嬉しそうな顔をしろよ」
「…してるだろ?」
「お前、今にも泣きそうな顔してるぞ」
「……」
そう返され。
ビクトールは、口元を歪めた。
それは自嘲とか、呆れとか、それから喜びとか。
何もかもがない交ぜになった笑みで。
そしてその顔で、フリックを見て。
「ばか、これはな…嬉し泣きってやつだろ」
そう言って。
フリックもまた、同じような顔にさせてやったのだった。

この涙もまた。
目に見えない、けれど確かにある強い想いが形になったものだと。
知っているが故の、苦い、切ない、嬉しい。
そんな顔で、そんな顔を。

泣きたくなる程に、幸せなんだと。
そう。
知っているだろ、と。



END 2010.10.07



Rikka様からのリク『「逆境に〜」や「たとえあなたが〜」な感じの雰囲気で、ちょっとしっとりと切ない要素が入っているお話』でした。
色々悩んで書いたんですけど、気が付いたらなんか前者の二人に後者の話題をさせただけのような…いや!でも書いた本人はまた違ったテーマで書いてるつもりです。しっとりと切ないかちょっと自信がないですが、一生懸命書きました。どうか気に入って貰えますように。
て事で一応「逆風に〜」の二人です。あれから10年経ってもまだうだうだやってんだよこの二人は…いえ別に違うお話と思って貰っても全然大丈夫ですけども。一応。
あ、そして今後はハイイースト動乱に続く、的な感じでお願いします。無駄に設定だけはしてあるという。はははー

Rikka様、大変遅くなってしまってすみませんでした。
そして素敵な腐れ縁イラスト、ほんとにありがとうございましたああ!!


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