逆風に向かう、おとなとこども。



ぽかぽかと暖かい小春日和。
その、お昼下がり。





いつも一緒にいたがるナナミが、今日は隣にいない。
アイリやニナちゃん達と、苺摘みに行くのだと言って、さっき張り切って出掛けていった。
一人になって、特にする事もないから、城中を散歩がてらに見て回ることにした。

そして、ここに来た。
城の屋上。
晴れ渡った初夏の空を背に、二人の後姿がある。
ビクトールさんと、フリックさん。
相変わらず仲いいなぁと思ってみてたら、ふつふつと悪戯心が湧き上がって来た。

突然、後ろから声を掛けて驚かせてやろう、とか。
いちゃつき出したらそれをネタにからかってやろう、とか。

気配を殺してそっと近づく。
二人の丁度後ろに建てられた僕の銅像(恥ずかしいから嫌だといったのに聞き入れられなかった…)に身を隠した。



そうして、暫く耳を澄ませていたのだけれど。
期待していたような展開には全然ならなくて。
出て行くタイミングもすっかり無くしてしまって、ここから立ち去ろうかと思い立った時に。

「なぁ、ビクトール。お前は、子供、欲しくなったりしないのか?」

今迄とはまったく違う声音でフリックさんが呟いた。
少し冷たい風に乗って、子供達のはしゃいだ声が耳に届く。
階下にある庭園で遊んでいるのだろう。
下を覗き込んでいるフリックさんの目には、多分その姿が映っているに違いない。



「お前が産んでくれんのか?」
少し間があって、ビクトールさんがふざけた調子で答えた。
「産めるわけねーだろ。」
「じゃあ…いらねぇかな…」
フリックさんが頭を上げて、ビクトールさんの顔を見る。
そして、とても穏やかに笑って。

「俺は欲しいな。お前の子供。」



びっくりした。
あんな顔して、あんな声で。
あんな事、言うなんて。


でも驚いたのはビクトールさんも同じなようで。
間の抜けた表情でぼそりと言い返した。
「俺も、産めねぇんだがな…」
「お前な…その発想から離れろよ。」
それは、つまり。


冷たい、風が吹いた。


「フリック?」
「まぁ、聞け。例えばだ。」
何か言おうとしたビクトールさんを制して、フリックさんが語り始めた。

「例えば…この戦が終わって何年かしたら、お前はここか…どこかの街で結婚して家を構えてて、相変わらずの傭兵家業なんかしてるんだ。」
「ほぉ〜」
「子供が出来たら、お前はいい父親になるだろうし、奥さんも、きっと大事にする。」
「そんで?」
「それで…そんなお前のところに、たまに俺が訪ねて行ったりするんだ。」
「…お前は、そん時何をしてんだ?」
「俺?―――俺はやっぱり、独りで旅をしてるかな…」
「へぇえ〜〜〜」
「何だよ?」
「俺は所帯持ってんのに、お前はまだ独り身ってか。」
俺の事が忘れられねぇんだろうな〜とか言って、にやにやしているビクトールさんの横っ腹を、フリックさんがいいから黙って聞きやがれと蹴り飛ばした。
案外、ビクトールさんは図星だったんじゃないかと思う。
「へーへー、ほれから?」
「…訪ねた俺を、お前は快く迎えてくれて…お前に大事にされて幸せそうな奥さんの手料理と、俺の旅の土産話なんかを肴に、遅くまで呑んだりするんだ。」
「うん。」
「その内酔ったお前がする、親馬鹿丸出しの子供の自慢話に、俺も一緒に、自分の子供の事のように喜んだりしてさ。」
「うん。」
「そんな風に…」

少し、強い風が吹く。

「そんな風に、温かい家族に囲まれて、幸せそうに笑ってるお前を、相棒として俺は、見てみたいとも思ったりするんだ。」

また、風が吹く。



フリックさんのそれは、ビクトールさんの幸せを本当に願うからこその、言葉。
ビクトールさんに、それはちゃんと伝わってるだろう。
そして、ビクトールさんもまた、フリックさんの幸せを願っているのを、僕は知っている。
僕はジョウイを思い出した。
僕もまた、彼らが互いを想う程強く。
ジョウイの幸せを願っていたのだ。



「フリック…」
ビクトールさんの手が伸びて、フリックさんの髪に差し入った。
そのまま、くしゃくしゃと掻き回す。
その手に、フリックさんの手が重ねられた。
「この手を、離したくないとも、思うんだけどな。」
「離さなきゃいいだろうが。」
フリックさんの返事はなくて。
代わりに、風の鳴く音がびゅうびゅう響くばかりだ。


「セイ…セイ・マクドールな。あいつは俺の弟だ。」
「は?」
「それから、ヤマト。」
名を呼ばれてぎくりとする。
「ナナミ…ジョウイも。ちっと無理があるかもだが、あいつらは俺の子供達だ。」
「……」
「もう失くなっちまったが、お前とやってた傭兵砦。あそこは俺の家なんだと思ってた。」
「ビクトール…」
「血なんか繋がってなくてもよ、一緒にいて、大事に思えて、そいつの成長が嬉しく思えるなら、そいつは子供や家族ってもんなんじゃねぇのか?」



ビクトールさんが、そんな風に想っていてくれてたなんて。
そして、裏切って出て行ってしまったジョウイさえも、そう、想ってくれるんだ。
なのに、僕は。



「まぁ、今はこの城が家で、お前が嫁さんで、ヤマトらが子供ってとこだな。」
「…俺は嫁に行った憶えはないぞ。」
「そうだったか?」
はっはっはっとビクトールさんが声を上げて笑った。
「確かに、子供は好きだがよ。」
そして、その笑い声とは裏腹な、真剣さを持った声が。
「子供ってもんは、いずれ親元を離れちまうもんだろ?だったら俺は、好きでもねぇ奴と家族ってもんを作るよりゃ、子供が出来なくっても、本当に好きな奴と一生を添い遂げてぇな。」
「……」
「お前がさっき言ってたように、俺は嫁さんは大事にするぞ?」
ビクトールさんが、フリックさんの手を取る。
「だから、嫁に来てくんねぇかな。」
「…お前、ほんとに馬鹿だな…」



ビクトールさんとフリックさんは。
二人とも、強くて格好良くて、大人なんだと思っていた。
二人の関係はもう既に出来上がっていて、お互いの事なら何でも分かり合ってるとも、思っていた。
なのに。
今更、こんな事を言い合ってるなんて。
僕は勝手に思い込んでいたんだ。
強くて格好良くて大人な彼らは、二人でいる事に何の迷いも持たないでいられるのだと。
そんな事、ある筈もないのに。



「ほんとに…お前は馬鹿で酒好きで女好きでいい加減でお調子者で…」
「おいおい。」
「だけど、強くて、俺が惚れるくらいいい奴で…」
「お……」
「だから…だから俺は。そんなお前の血を残したい。お前に良く似た、お前の子が欲しいと、思っ…っ」
城壁の上で組んだ腕に、フリックさんが突っ伏した。
声が震えてるのは、風のせいばかりじゃないだろう。

冷たい、風が吹く。



フリックさんの言いたい事は、僕にはよく解る気がした。
僕は貰われっ子だ。
一緒に暮らしていたゲンカクじいちゃんとも、ナナミとも血は繋がっていない。
本当の家族のように、お互い想い合って楽しく過ごしてきたけれど。
ゲンカクじいちゃんを、ナナミを、好きになればなるだけ、彼らの血が自分に流れていない事が、酷く哀しかった。
何ひとつとして、受け継ぐものも、分かち合うものもない。
その、現実。
そして、有無をも言わせない、絶対的な強さ。
それがあるんだ。
血の繋がりってものには。
ナナミが『お姉ちゃん』を、あんなに強く主張するのも、きっと---



「フリック。」
ビクトールさんが、フリックさんに覆い被さるようにして肩を抱いた。
「そんな事言われちまうと、俺だって、お前の子供が欲しくなるじゃねぇか。」
ビクトールさんの腕がぎゅうぎゅうとフリックさんを抱き締める。
フリックさんが何も応えないから、暫く二人はそうしていたのだけれど。
「よしっ!」
「……?」
「やる事やってりゃ、何かの間違いで出来るかも知れねぇしな!」
「何が出来るって?」
「とゆー訳で、今から子作りに励むとするか!」
にやにや笑うビクトールさんを、フリックさんが殴り飛ばした。
「ってえ!」
「出来る訳ねーだろっ!!」
「そうかぁ?ま、出来なかったらその辺で拾ってくりゃあいいか。」
「お前な、犬猫じゃあるまいし…」
「そういやあ、川から流れて来たやつもいたけどな。」
どこかで聞いた話だな。
と思っていたら、ビクトールさんが急に後ろを振り返ってにやりと笑った。
目が合って、不覚にも、その場で固まってしまった。
「盗み見するような子供を持った憶えはないんだけどな。」
フリックさんも、こっちを見て笑っている。
一体、いつからバレてたんだろう。
「ま、今度からは、バレねぇようにうまくやれや。」
「また、お前はそーゆー…って、おいっ?!」
呆れた顔のフリックさんの手を引いて、ビクトールさんが歩き出す。
「じゃ、俺らはこれから大事な用があるから。」
「ばっ、ばか、何っ言って…っ!」
真っ赤になったフリックさんを引き摺るようにして、二人はあっとゆー間に屋上から姿を消した。



「こっちがびっくりさせられて、どうするんだよ、もお…」
胸を撫で下ろしてほっと一息つくと、身震いがした。

また、風が強くなった。



その風に吹かれて、思う。
あの二人は、もう、家族以上の繋がりを持っているんじゃないのかと。
血よりも濃い、何か。

血の繋がりがあっても、冷え切った家族の中で暮らすジョウイは、他人同士でも本当の親子のように暮らす、僕達が羨ましいと言っていた。
けれど。
僕こそが。
たとえ、愛情のない家庭でも、確かな血の繋がりで築かれた家族で暮らす、ジョウイが羨ましかったのだ。
幸せとか、不幸とか。
愛してるとか、愛されないとか。
そーゆーもの全てを超越してある、血という名の見えない鎖。

その証拠に、ジョウイは帰っていってしまった。
あれ程、忌み嫌っていた家を、家族を、守るために。
何も言わずに行ってしまったけれど。
きっとそのために帰ってしまったんだ。
僕には。
僕だけには、わかる。



ゲンカクじいちゃんも、ナナミも、とても大切で大好きで。
本当の家族なんだと、心からそう思っている。
けれど。
どうしても「お父さん」「お姉ちゃん」とは呼べなかった。





「もーーーーーっ!!こんな所にいたーーーっっ!!!」
ひょっこりと戸口から顔を出したナナミが、僕の顔を見るなり駆け寄ってきた。
「探したんだよぅ?早く戻らないと、ヤマトの分の苺、なくなっちゃうかも!」
早く早くとナナミが背中をぐいぐい押す。
「後でおねえちゃんが、苺のタルト作ってあげるからね〜♪」
沢山取れたのが嬉しかったのか、ナナミはとても上機嫌だ。
「ごめんね。」
「ん?いいから、早く行こうよ。」
「うん。」

ごめんね。
お姉ちゃんて呼んであげられなくて。
僕がどうしても捨てられないくだらない意地のせいで、ナナミが内心とても不安を感じている事は解っているんだ。
いつか。
ビクトールさんやフリックさんのような。
強くて格好良い大人になってみせるから。
その時はちゃんと、お姉ちゃんて呼んでみせるから。
それまでは、ごめん。
本当にごめんね、ナナミ。



「あのさ。」
「うん?」
「さっきまでここにビクトールさんとフリックさんがいたんだ。」
「そうなの。」
「用があるからって行っちゃったんだけど、苺のタルトね、後で届けてあげてもいいかな?」
「勿論!じゃあ、後で皆で一緒に食べようね。」
ナナミの料理の腕は、家族の僕が一番よく知っている。
さっきのちょっとした仕返しに、彼らにも犠牲者になってもらうことにする。

「きゃっ?!」
僕達の後ろから、強くて冷たい風が吹き抜けた。
「凄い風だね。寒くなかったの?ヤマト。」
「…うん。」
けれど。
お日様は暖かくて、逆にいっそ心地いいくらいだ。
「風が冷たくて、気持ちいいよ。」


今日の、この天気のように。
冷たい風が強く吹くように、悲しく辛い、苦しい事があっても。
温かい気持ちでいられますように。
そう、なれますように。
いつか。
きっと。

了。 2002.05.26



人は皆ないものねだりなんでしょうな。そして物事には、矛盾してても多面性ってものがあるのです。現実はひとつでも、真実はひとつじゃない。みたいな〜
このお話は、本当に真面目に考えたんで、凄くいいたい事が詰まってます。敢えて書かない部分もあるのです。実は。そんなところを読み取って頂けたなら、私的には嬉しい事、この上ないのですが。例えば、フリックが、熊が奥さんをきっと大事にすると思うのは、今自分が大事にされているからだとか、ね。ふふ。まだまだありますよ〜

そしてこのお話はさいこ様へ。最初「子供とビクフリ」だと思い込んでた企画のリク用のお話だったんですが、「子供と遊ぶビクフリ」だと気付きボツに…でも、折角なんで貰って頂けたらと思いまして…
暗いお話ですけど、宜しければご笑納下さいましです〜
これで日頃のご恩に少しでも報えていれば幸いです。



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