たとえあなたが去っていっても



俺が死んだらどうする?





酒場を退けても、まだ飲み足りない気分だったので。
ビクトールの部屋で、二人はまだグラスを傾け合っていた。
何時のも他愛のない遣り取り。
それが途切れたその時に。
ビクトールからフリックに投げ掛けられた問い。
伺い探るような漆黒の瞳が、フリックを捕らえている。
それを受けてフリックは。
ことんとグラスを置き、ビクトールを見詰め返した。
薄く青い、透明な、その瞳で。

そして、笑う。

「そうだな、骨は拾ってやるさ。」
綺麗な笑みの形を作った唇が、そのままで続きを紡ぐ。
「仇も…出来る限りは討ってやる。」
「何でそこで、絶対討つって言わねぇんだかなぁ?お前さんはよ…」
返ってきた答えが不満だったらしいビクトールが、椅子に踏ん反り返る。
「あとは墓くらい作ってはやるけど…お前の墓参りなんかしてくれる奴は他にいねーだろうから、荒れ放題になっちまうかな?」
「お前な…」
可笑しそうに笑って茶化すフリックに、本気でビクトールは不貞腐れそうになった。
別に甘い言葉を期待していた訳ではない。
ない、が。
少しでも悲しいとか辛いとか。
言ってくれてもいいのではないか。
ちょっとした失望に打ちひしがれながら頭を掻くビクトールに。
フリックはもう一度微笑んだ。
「それから…」
まだ、続きがあるようだ。

「一日の終わりには、お前を思い出す。」

ビクトールの動きが止まった。

「そして、何か悩んだり、迷った時にも…お前ならどうするのか。どう、言うのか。」

穏やかに笑うフリックから、ビクトールは目が離せない。
「まぁ、でもこれは、今でもそうなんだけどな。」
言った後、フリックが少し顔を赤くして俯いた。
それを見詰めて、ビクトールが身を乗り出す。
「フリック…」
「…勿論、オデッサにも訊いてるぞ。」
「ああ。」
慌てて付け足したような言葉に、ビクトールが笑う。
そして。
テーブルの上に置かれたフリックの手に。
自分の指をそっと絡めた。



いつも心に君がいる。
側にいても。
離れていても。
いつでも語り合い、喜びも哀しみも分かち合う。

つまりは、そういう意味での。

生きるも一緒。
死ぬのも一緒、なのだと。

死んだ後も心の中で生き続けるのであるならば。
死は、二人を別つものではない。
だから。

『お前が死んだら、俺も死ぬ。』
なんて。
絶対言わない。
言わせたくない。
死に逝く者が。
残される者が。
心穏やかでいられるように。
そう、思いたいのだ。



けれどもし。

戦場にて死に臨むのであれば。
互いに背を預けあって。
『らしい死に方だ』と。
笑いながら。
鋼の刃が折れるまで。
戦い、死に赴きたい。

戦場で倒れる姿は見たくないし、見せたくもない。
二人して。
どちらが先にくたばったのか。
それすらも知り得ないような、大きく激しい戦場で。
共に死ぬ事が出来るのであれば。

それは。
どんなに幸せな事なのだろう。



「ビクトール。」
フリックの長い指を。
擦ったり摘んだりして玩んでいたビクトールが、声を掛けられ顔を上げる。
「お前こそ、俺が死んだらどうするんだ?」
「俺、か?」
「どうせお前の事だから、俺の事なんざさっさと忘れて新しい相棒でも見付けるんだろうけどな。」
手を引っ込めたフリックが、皮肉を込めた口調で言った。
少し名残惜しそうにフリックの手元を見ていたビクトールは、問い返されたのに口の端を持ち上げて応えた。
「はっはっは!馬鹿言うなよ。」
「…?」
「俺が一緒に居て、お前を先に死なせるような真似、する訳ねぇだろうがよ。」
「なっ―――?!」
豪快に笑う相棒を睨んで、フリックはだんっと拳を叩きつける。
「何だよ、それっっ?!だったら、俺だって―――大体っ、お前なんか殺したって死ぬタマじゃねーだろ!!!」
「がっはっはっはっはっは!」
「お前相手に真面目に答えた俺が馬鹿だったよ…」
声を上げて笑うビクトールに。
フリックはがっくりと肩を落とす。
それに追い討ちを掛けるように。
「馬鹿な子程可愛いって言うが…ほんとだよなぁ。」
「うるさいっ!!」
「はっはっは!」
また、テーブルを叩いてフリックが叫ぶ。
それを見て。
更に笑うビクトールの瞳は、けれど優しい。

その、ビクトールの腕が。
また。
フリックに伸ばされた。









たとえあなたが去っていっても。

心は側に。
いつも、側に。



END 2003.05.02



初めて聴いたユーミンのアルバムから。
中学生の時だったかなー(大昔だ…)
この歌はもの凄く好き。春の切ない空気と桜吹雪が目の裏を掠めます。
そしてこのお話は、某様が書いてたテーマを「自分だったらこうだよなあ」と、勝手に思って出来上がったものです。
しかし思いついたのは2年前…そして下書きしてたのは1年前…(古ッ!)
職業柄死は隣り合わせだと思うので、出来るなら特別な恐怖ではなく、起こり得る日常として受け止めて、そして乗り越えて欲しいなあと…
『だから死んでもいい』ではなくて『死んでも心配するな』とゆーカンジで。
すみません、これもまた妄想の塊ですよねぇ…


CLOSE