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<act.29>



時が過ぎるのは早いもので。
それとも。
激動の時代というものは何か大きなものに流されていくものなのか。

敵国の皇子は討ち取った。
けれど、それで直ぐに平和が訪れるかといえばそうではなく。
皇子の実妹の婚姻者、つまりはリーダーの幼馴染であるジョウイが後継者となって、戦争はまだ続いている。和平を望んだ同盟軍であったが、ジョウイは軍門に下る事を要求したのだ。勿論それに賛同する事は出来ず交渉は決裂。まだまだこの戦いの終わりは見えそうにない。

「そろそろ着く頃でしょうか」
「ああ、そうだな」
フリックとマイクロトフは空を仰いで遠くを想った。
ティント市でゾンビの大軍が現れたという情報が入り、お互いの相棒はリーダーと共に出掛けて行ったのだった。本拠地に残された二人は、兵士達の訓練を終えて一息ついたところだ。
城から少し離れたところに作られた演習場は見晴らしが良く。
気持ちのいい風が岬から吹き抜けていく。

「すみませんが、聞いて貰いたい事があるのですが」
「ん?」
マイクロトフが、いつも以上に真面目な顔でそう言うので。
フリックは何か軍や兵士についての事だろうかと気を引き締めた。
「俺でいいのならなんでも相談に乗るよ」
「ありがとうございます」
素直にマイクロトフが礼を述べるとフリックは密かに笑んだ。

かつて、マイクロトフを無用に傷つけた事があった。
けれども、その後もこうして。
以前と変わらぬ付き合いをしてくれている。
その事をフリックはとても感謝しているし嬉しくも思っているのだ。
何か自分に出来る事があるのなら、何でも協力したいとも。

しかし。

「実は、カミューを好きになってしまったのですが」
「っ?!」
それが、どうやら色恋沙汰の相談であると知って大いに慌てた。
しかも、自分が振った相手からなど。
「そ、そうか!それはあの…っ」
「俺は心変わりの早い男でしょうか?」
「あ、いや…」
らしくなく肩を落として、マイクロトフは俯いていた。
そんな姿に、フリックは困ったように小さく笑った。
「そんな事はないと思うけどな。あれから…二ヶ月くらいは経ってるし。でもカミューにそう思われるのが嫌なのか?」
「…はい」
俯いたまま、マイクロトフが固く頷いた。
以前にも思った、捨てられる前の仔犬っぽくもある。
「大丈夫じゃないか?それに、カミューがお前の事を好きだって、知っているんだろう?」
「はい。だからこそ、嫌われやしないかと」
「ああ…」
フリックは合点して肯いてみせた。
マイクロトフの心配している事。
それは。
フリックの事を好きだと言っていたくせに。
振られてしまったら今度は。
自分を好きだと言うカミューを好きになるだなんて。

そんな風に、気持ちの切り替えの速い、軽い男だったのかと。
カミューに失望されるのが怖いのだろう、きっと。


しかしフリックにしてみれば。
どちらかと言うと、振られて落ち込むマイクロトフにカミューが付け込んだ、という見解だった。なので、カミューは嫌うどころか、諸手を挙げて喜ぶだろうと思うのだが。
真面目なマイクロトフはそうは思わないらしい。

「ま、カミューがどう思うかは俺には解らないけどな。俺はお前が心変わりの早い男だなんて、ちっとも思わないよ」
マイクロトフが顔を上げる。
フリックは微笑んで、優しい声を出した。
「好きな奴が居たけど、そいつとは駄目になって…そしたら、自分を好きだと言ってくれる奴が居て、今度はそいつを大事に想えるようになった、て事だろ?別に自然な事じゃねーか?」
「……」
まだ、納得出来そうにない顔のマイクロトフに続ける。
「それにさ、近過ぎると解らない事ってあるだろ?もしかしたらさ、ずっとお前はカミューの事が好きだったのかも知れないじゃないか。ただそれに、ずっと気付けなっただけで」
「しかし…俺はあなたが」
「好きな奴が居たら、他の奴に全く惹かれないなんて事もないんじゃないか?特に自覚がなかったんならさ」
「……」
「自分の気持ちをちゃんと自分で掴めてるのかって、そうじゃない時だってあるだろうし」

フリックは、自分の経験も織り交ぜて喋っている。
説得力があるのかは解らないけれども、誠意を持って諭す。

「そんなに難しく考えるなよ。過去はどうであれ、今自分が思っている事を正直に伝えるしかないだろ。たとえ、それで嫌われてもさ」
「…そうかもしれません」
そうすると、やっと頑なな瞳が解れてフリックはほっとした。
だがそれも束の間で。
「しかし俺は、まだあなたを好きだとも思う。嫌いになど、とてもなれそうにない。それでも、カミューには気持ちを伝えるべきでしょうか?」
真摯な瞳だった。

ああ、マイクロトフらしい。
そう思うフリックは笑う。

「なんで、俺の事を嫌いにならないといけないんだ?」
「え…?」
「前に好きだった奴は、嫌いにならないといけないのか?俺は今でもオデッサの事は好きだぜ。それをいけないとも思わない」
「……」
「好きなのものは、仕方ない。でも、違う形で、同じ位、それ以上にそいつの事を大切に想えるのなら。それは悪い事じゃないと思うんだ」
好きだったという気持ち。
それに固執するのではなく。
幸せな思い出に変えられるのであれば。
今の、大事に想う人を、より大切に出来るのであれば。
好きだったその気持ちは、残っていてもいいのではないか。

「俺は助言しか出来ない。どうするのかは、結局はお前が決めるべき事だろうな」

目に映る風になびく草原。
眩しい西日が輝くどこまでも広がる空。
 
訓練を終えて、城へ帰る兵士達の群れ。
あの連中の一体どれ程が。
この戦いの最後まで残っていられるのだろう。
そして自分は、自分の大切な人は。


「だけど、俺たちみたいなのは、伝えられる時に伝えておかないと後悔する事になる。それを忘れるな」

自分の手の届かないところで逝ったオデッサ。
もっと伝えたい事はあった筈なのに。
もっと優しくしてやりたかったのに。
 
そんな後悔を、目の前の青年にはして欲しくない。
そして自分もまた、したくなかったのだ。
だから。
自分は伝え、今に至る。


「はい。フリック殿のお言葉、胸に刻みます」
「うん」

マイクロトフは、決して馬鹿ではない。
自分の言いたい事は、言葉足らずであったけれどちゃんと伝わったのだと。
フリックはそう信じた。

「そう言えば、俺もお前に訊きたい事があるんだ」
「何でしょう?」
「お前言ってただろう?この戦いが終ったら、マチルダに帰って騎士団を復興させたいって」
「はい」
「あの時、カミューに断られたら独りででも騎士団の復興をするって言ってたけど、今はどうなんだ?」
「そうですね…」
思いもよらない質問をされマイクロトフは暫し考え込んだ。
そして。
「やはり独りでマチルダに帰る事になるでしょう。俺がカミューの成すべき事の障害にはなりたくありません」
「ふーん」
その答えを、フリックは面白くなさそうに聞いた。
騎士というものは、恋だの愛だのに左右されないで理念に生きるものなのかと思って。
しかし、マイクロトフの言葉には続きがあって。
「ですが」
「ん?」
「逢いたいと想ったなら、どんな事をしてでも逢いに行きます。どんな事情があったとしても、どんな遠くにいるのだとしても」
「…そっか」
付け足された応えに、フリックはやっと満足した。
きっと、マイクロトフなら。
どんな事をしてでも逢いに行くのだろう。

離れていても、消えない絆がある。
そしてそれが、彼らなりの愛し方なのだろう。

そして、離れられない絆もある。
それがきっと、自分達なのだろう。

フリックはそう思って。
穏やかな表情のマイクロトフを眩しそうに見た。



「ところでお前、その『フリック殿』ってやめないか?」
「気に障ったのなら…」
「いや、気に障るとかじゃねーけど。なんか堅苦しいから、呼び捨てで構わねえよ」
「呼び捨て…ですか」
「嫌なのか?」
「いえ、俺は…しかし…」
「何だよ?」
「呼び捨てにすると、カミューがヤキモチを焼くと思うので…」
「……」

困ったように。
照れたようにそう言って頭を掻くマイクロトフに。
フリックは呆れて、暫しの間何も言う事が出来ないでいた。
そしてやっと出た言葉は。

「お前ら、とっくにすっかり出来上がってんじゃねーのか…?」

溜息と共に、風に流されていったのだった。



<act.30>に続く



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