<act.30> 「…やっぱりネクロードの仕業なのかな?」 「ん?…ああ、恐らく間違いねえだろうな」 陽がかなり西に傾きかけた頃。 ティント市への関所に当たる竜口の村にもうすぐ着こうとしていた。 道中は幌付きの馬車が借りられたので、それで向かっている。 その脚者席に、ビクトールとヤマトが肩を並べて座っていた。 馬車に揺られながら、オレンジに染まりつつある空をぼんやりと見詰めるビクトールに、ヤマトがそっと尋ねた。 不死者の大軍が攻めてきたのだと聞いている。奴らを造り出し操るのは、ネクロードの常套なのだ。必ず、裏に潜んでいるとみていいだろう。 ネクロードに因縁のあるビクトールは、出発からずっと普段の陽気さがあまり見られなくて。内心ヤマトは気を揉んでいたのだった。 「今度こそ、捕まえる事ができるといいですね」 「逃がしやしねえさ」 「うん…」 「すまねえな」 「うん?」 西日に照らされ、心配そうに窺う少年に。 ビクトールはやっと気付いて、苦笑した。 「心配させちまって悪かったな。ただちょっと考え事してただけだ。別に、野郎のせいで思い詰めてるって訳じゃねえよ」 「なら、いいんですけど」 「それに、心配してんのはどっちかっつーと、還った時にどうやってフリックに謝るかっつー事だな…」 「あはは、一緒に行くって言ってたのを、無理矢理置いて来ちゃったもんね」 おどけてみせたビクトールに。 ヤマトもほっとして笑顔を見せた。 「でもなんだかんだ言っても、結局フリックさんは赦してくれるんじゃないのかな」 「だといいんだけどなあ」 「大丈夫だよ。ラブラブなんだから」 「ラブラブねえ…」 何か思うところがあるのか、ビクトールは溜息を吐いて、胡乱な目で遠くを見詰めた。けれど、直ぐに何か思い出してヤマトに向き直る。 「そういやあ、前の改装ん時、相部屋がどーのこーのってヤツ、お前何か企んでたんだろ?」 「えっ?!」 突然、問いを振られたヤマトがちょっと驚いた顔をした。 しかしそれも一瞬の事で、人の悪そうな笑みに取って変わる。 「嫌だな〜企むなんて人聞きの悪い事言わないで下さいよ〜それに、あれは僕じゃなくて、シュウさんの案なんだから」 「シュウの?」 「うん。腐れ縁と騎士の赤い方の働きが鈍くなってるから、何とかしないとって」 「……」 「お陰で丸く納まってよかったよね。シュウさんにお礼でも言っとく?」 「アホか!なんでもっと扱き使おうと奸計を巡らすような奴に、礼なんか言わなきゃなんねえんだ!」 「あははははは!」 くわっと吼えた熊に、ヤマトが明るい声をあげた。 そのヤマトに。 ビクトールの大きな掌が伸びる。 「で?お前こそ今度はなんの喧嘩をしたんだ?」 「あれ?やっぱりバレちゃってました?」 「そりゃあなあ」 「べ、別にそんな大した事じゃないんだよ」 「おう、そんで?」 頭を撫でられながら、ヤマトは小さく手を振った。 ちらりと後ろの幌を窺って。 「…ナナミが、どうしても付いてくるって聞かないから」 「なるほどねえ…」 「僕も、ビクトールさんみたいに、絶対駄目だって言い聞かせればよかったかな」 「……」 ナナミは以前から、ヤマトが戦闘や遠征に出る時には付いて行きたがっていた。だが、ここ最近は特にその傾向が強い。そして精神的にも不安定になっている。それには、ジョウイとの交渉が決裂した事や、ピリカがジョウイと共に行ってしまった事が原因である事は明らかであった。 だが、だからどうする、という事も出来ないで。 ヤマトを始めとする同盟軍のメンバー達は、腫れ物を扱うようにする事しか出来ないでいた。 「今回のは良く状況も解らなくて危険だから、本当なら城に残ってて欲しかったのに」 「まあ、そう言うなよ。確かに危ねえ事もあんだろーが、お前や俺らが守ってやればいいだろ。それに今は、傍に居てやってた方がいいんじゃねえか?色々…あったしな」 そのビクトールが言う、色々、には。 ビクトールがジョウイにと差し出したピリカの事も含まれている。 あの時は、ああするしかなかっただろうけれど。 ビクトールが望んでした事ではなかったのは明らかで。 その責をビクトールが感じている事もヤマトには充分解っていた。 だから。 「うん、そうだよね…」 他には何も言えなくなって、ただ肯くだけだった。 それきり。 二人は口を噤んでしまう。 もうすっかり沈みに掛かった夕日がそんな二人をただ赤く照らす。 いつの間にか世界は黄金色に全てが染まっていた。 空は茜に萌え。 優しいけれど、どこか切ないような。 そんな空気が辺りを満たしている。 おひさまが、真っ赤になって蕩けそうになった頃。 ヤマトがぼそりと言った。 「…ビクトールさん達を見てて、思ったんですけど」 「うん?」 自分達、というのが今のこのメンバーであるのか。 それとも普段行動を共にするメンバーであるのかは解らなかったが。 ビクトールは訊く事はせず、そのまま促す。 「こんな時代で、こんな状況で…」 ヤマトの声は、少しばかり弱々しい。 「嫌な事があって…いつも僕は、失ってばかりで、逃したり掴み損ねたり、解ってあげられなかったり」 走り往く馬車の。 景色がヤマトの瞳で流れ続ける。 そこではない、どこか遠くを見ている目。 「それで僕はいつも後悔したりして。でも、それは」 小さな少年の瞳に、無限の世界が映っている。 「生きている限りは、途中なんだ。どんなに今、辛くっても、諦めないでいる限りはずっとずっとそれは途中なんだ」 「……」 「だから、ナナミの事も、ジョウイの事も。まだ諦めない。そうしたらきっと、いつかどこかで、また逢える事も一緒に居られる事もあるんじゃないのかなって。僕が諦めてしまわない限り」 「…ああ」 「上手くいかないかも、解って貰えないかもしれないけど。後悔だけで終るのかもしれないけど。でもそれでも、いつかは…って。そう、思ったんです」 「そうだな……ああ、そうだ」 「僕、頑張らないとね」 「お前は、今でも頑張ってんよ」 「そうかな…」 「ああ、頑張ってらあ」 「…っ」 微かに、ヤマトの洟を啜る音がする。 二人とも何も言わなくて。 けれど。 そこはとても温かな空気が満ちていた。 解り合えなくても。 失くしてしまっても。 辛くても哀しくても。 まだ途中。 そして。 想い合ってても。 手に入れられても。 喜びと幸せに溢れていても。 生きている限りはまだ、途中。 だから今は、自分に出来る精一杯の事を。 大切な人のために。 薄いオレンジの空に雲が透けて光っている。 眩しいほどに輝き赤く燃え落つ太陽に。 それぞれの愛しい人を想って二人は目を眇めた。 <Last action>に続く |
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