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<act.25>



夜空には綺麗な月が。
その月の光が注ぐ城の屋上でフリックは黄昏ていた。
足元には鞄が転がっている。
今日から部屋替えを申し付けれているのだが、新しい部屋へ行く気にはなれなかったので。新しい、と言っても、兵舎の改装が終るまでの間の仮のものであるが。しかしそこで数週間は過ごす予定なのだ。

『大体部屋割りぐれーでやいやい言ってんなよ。子供じゃあるまいし』

ビクトールにそう言われた。
確かに、それはそうだとも思う。
けれど部屋というものは、かなり大事なものではないだろうか。
ビクトールはどうせ帰って寝るだけだから誰でもいいなんて言うが。
だけど、部屋に帰った時。
気心が知れた者がいるのと、そうでないのとでは随分と違うような気がする。ちょっとした知り合い、程度だったりした場合、余計に気を遣って全然寛げないのではないだろうか。

それに。
 
仕事や戦いで疲れ切って扉を開ける。
すると、ランプに照らされた穏やかな笑顔で迎えてくれる相棒。
お疲れさん、と差し出される酒の満たされたグラス。
その日あった事を、おもしろ可笑しく話して笑い合う。
たった、それだけの事だけれど。
自分は、あの雰囲気がとても好きだった。
たった、それだけの事だったけれど。
とても癒されて、疲れも治まっていくのだと思えていた。

だけどそれは自分だけで。
ビクトールには、そうではなかったのだろうか。


ビクトールとはずっと一緒だった。
トランでの決戦の後、瀕死の自分を連れ出して医者に罹らせた。
そして怪我が治るまで面倒を診てくれていた。
それから、一緒に旅をして。
ミューズに雇われ、傭兵砦を構えてからはそれこそずっと一緒で。
けれど。
この城に来てからはそうではなくなっていった。
仕事を任される時は別行動になる事が多くて。
戦場に出るならば、部隊からして違うので顔すらも見えない。
旅の間やあの砦では、ずっと背中合わせで戦っていたのに。

だがそれは、自分達の能力を買ってくれているからであって、それを不満に思うような事などはなかった。ただそのせいで、ビクトールとの距離が遠くなっているような気がするだけで。

互いに忙しく日々を過ごして、あまり顔を合わせる事がなくなった。
それでも、頻繁に一緒に酒を飲んでいられるのは。
同じ部屋だからなのだと思っていた。
どんなに仕事に追われて擦れ違ったとしても。
還る場所が同じであるならば。
会える事は出来るのだと。

だから。
相部屋の相手には拘りたかった。
それはビクトールであって欲しかったのだ。

だけど。
ビクトールはそうではなかった。
自分であってもカミューであっても、他の誰かであったとしても。
同じ、だと。
そう、言われたのだから。


自分であっても、他の誰かでも同じだと言うのなら。
例えば、今度一緒の部屋になるカミューが。
仕事を終えて部屋へ戻る。
その時、ビクトールは自分にしてくれたようにするのだろうか。
労をねぎらい、好きな酒を勧めて。
他愛のない話をしながら、肩を叩いて笑い合って。
 
たった、それだけの事なのに。
まるで自分の一番の居心地のいい場所を取られたような気分になる。
 
本当はもう、気付いている。
誰かに、ビクトールの隣を取られるのが怖いのだ。
自分が、ずっとずっとビクトールの隣で居たいのだと。


あまりに明るい月の光をずっと見ている事が出来なくて。
フリックは鞄を拾い上げるとその場を静かに去っていった。



<act.26>に続く



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