<act.24> ビクトールが酒場に着くと、そこではあまり見慣れない姿があった。 「ちょっとビクトール…アレ、一体どうしちまったんだい?」 女将のレオナが、アレ、とビクトールの指定席の隣を指している。 そこで目にも麗しい赤い騎士服を着た美男が飲んだくれていた。 「俺に訊かれてもなあ」 「あんたを待ってたみたいだよ。ほら、手を振ってんよ」 「……」 テーブルの上には所狭しと空き瓶が軒並み連ねている。 その合間から満面の笑みでカミューはビクトールの名を呼んでいた。 しかしさすがそこは美青年。 その様は薄暗い酒場の空気を一変させ、後ろに花でも見えるようだ。 一気にその場の羨望と嫉妬の視線がビクトールに集まる。 全く嬉しくもないその突き刺さる視線を受けながら。 ビクトールは渋い面持ちで自分の席に着いた。 「いや〜お待ちしておりましたよー」 「何の用だよ一体…ここに来るなんざ珍しいじゃねえか」 「一緒に自棄酒でもと思いましてね。賑やかな方がいいでしょう?」 「いや…自棄酒って何のだよ?つーか、これお前、自分が飲んだ分はちゃんと自分で払えよな」 「何を水臭い事言ってんですかあ〜コレから同じ屋根の下、狭い部屋でくんずほぐれつなんですから、冷たい事は言いっこなしですよ〜」 「誤解を招くよーな事言うんじゃねえよ!」 まだ辺りの注目を浴びまくっているのだ。 それでなくとも酒場での噂なんて、尾ヒレ背ビレに胸ビレ、その上金魚のフンまで付いてくるというのに。 とんでもない噂が広まったりすれば洒落にならない。 それにしても。 カミューはうわばみと呼ばれる程に酒に強かった筈だ。 実際ここまで酔っ払っているのを見るのは初めてだった。 まだ口調ははっきりしているが目が据わっている。 今日は何もかもを忘れたくてここに来たというのに。 それなのに何故、こいつはこんな状態でここに居るのだろう。 こんな風に先に酔われては、後から来て同じようになんて酔えないではないか。 また、なんか泣きたくなってきた。 酔ってるこの隙に、一発殴ってもいいだろうか。 「まあ今頃くんずほぐれつやってんのは、あの人達なんですけどねー」 「あ?」 ケラケラと笑いながら言ったカミューの台詞に眉を顰める。 「それはまさかフリックとマイクロトフの事を言ってんのか?」 「……」 返事はなかった。 が、それ以外の誰がいるというのか。 カミューの言った、自棄酒とは。 つまり彼らが同室になったからが原因であって。 そして、彼らがくんずほぐれつするからである、という事か。 しかし。 しかし、と思う。 「お前なあ…相部屋になったくれえで大袈裟な。大体、もっと前から付き合ってるだろーが。何を今更」 呆れて、まだ残っている酒瓶を取ると一気に煽った。 それに。 「それに、だ。あのマイクロトフがんな早く手ぇ出す訳ねえだろ」 「……」 あの真面目を絵に描いたような男がそんな。 安心させてやるつもりでそう言った。 それには、またカミューからの返事はなかった。 けれど。 今度は心っ底、呆れ果てたといった視線が寄越されていた。 「な、何だよ?」 それにむっとして尋ねると、深い深い溜息が返って来たのだった。 「はああああああぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」 「……」 「私はほんっとーにあなたを買い被っていたようです」 「ああん?」 「人を見る目だけはあると思っていたのに…」 「だから何がだよ?」 「しかもこれで、自身の人を見る目もあてにならない事が解ってしまった…」 「だから何だってんだ?!気になんだろーが!!」 酔っ払い相手に怒鳴ったところで、と思いつつ声を荒げる。 すると。 冷たい。 それはそれは冷た〜い目で見られた。 こいつ、本当に酔ってるんだろうな。 「あなた今、マイクロトフの事を、まるで童貞のような言い方をしてくれましたよね…」 「いや、そこまでは言ってねえが」 確かに言ってない。 ただちらっと頭を掠めただけだ。 「それがとんでもないってんですよ。あいつは、やる時はやりますからね。それはもー」 「やるって…」 「やるったらひとつでしょ」 「……」 「大体騎士ってものは、戦うだけが仕事ではないんですよ。何事もそつなくこなせなくてはね」 「にしたってよ…」 「あ、信じてませんね?良く考えてみて下さいよ?総勢何万という騎士団の長たる者なんですよ。しかもあの若さで!ただの戦闘バカに務まる筈がないでしょうに」 「まんまてめーの自慢にしか聞こえねえ訳だが…つーかそれは、てめ ーだけの話じゃあねえのか?」 それはマイクロトフと肩を並べ、同じ地位にいたカミューにも当て嵌まるという事で。なんだか段々話を聞いているのが馬鹿らしくなってきた。本当に、なぜ自分はこんなのの相手をしているのだろう。 「まあ、私ももてる事はもてましたが…」 「いやだからてめーの話は聞いてねえんだが…」 「マイクロトフは、見ての通りの美丈夫ですからねえ。それはもーレディ達の憧れの的というやつですよ」 「そりゃあまあ、そうだろうなあ」 この城きっての美青年トップ3に入っている位に、見てくれはいい。 腕もまあまあ、かつてのとはいえ地位も結構なかなか。 もてない方がおかしいと言えばおかしいだろう。 「時には女性からの積極的なアプローチもありましてね。しかし我々騎士としては、女性に恥は掻かせられない、となれば、ねえ?」 「羨ましい話じゃねえか」 「…中には五十、六十代のレディもおられましたがね」 「そ、そうか…」 あまりそんな風には見えなかったが、地位のある人間はそれなりに 苦労というものがあるらしい。 しかしあのマイクロトフが。 人は本当に見掛けにはよらない。 「…と言っても、マイクロトフの名誉のために言うなら、あいつはその立場を利用するような真似はしなかった。自分から誰かに声を掛けるなんてありませんでしたよ。相手をするのだって、どうしても、という場合だけでしたし…」 カミューは新しい酒瓶を手に取ってコルクを引っこ抜く。 なみなみとグラスに注いで。 「そんなマイクロトフが、はじめて自分から…親友としては喜ぶべきところなんでしょうがね…」 はあ、と溜息を盛大に吐いた後、ワインを勢い良く飲むカミュー。 「あいつには幸せになって欲しい、本当にそう思うんですがね」 「……」 「ですが、でも、どうしてそれは私とではないのかと…」 「……っ」 どうしてそれが、自分ではないのか。 共に幸せになるのが。 相部屋になるのが。 抱き締めるのが。 愛し合うのが。 バンッ…!!! と、気が付いたらテーブルを思い切り叩いていた。 机に伏せっていたカミューが驚いて顔を上げる。 カミューだけではなく、喧騒の止んだ酒場中の視線を感じる。 けれど、そんなものは気にならなかった。 固まったまま自分を見上げるカミューの襟首を掴む。 「え?!ちょっ、ちょっと?!」 そしてそのまま席を立って歩き出す。 勿論カミューを引き摺ったまま。 「うだうだうだうだ、うるせえんだよっ!!!」 「いっ、痛いですって!」 「こんな所で自棄酒飲んで愚痴ってんじゃねえ!」 痛い位の好奇の目を受けながら酒場の扉を抜ける。 「好きなら好きって言やぁいーだろーが!!」 「言える位なら、とっくに言ってますって!」 「言えねえのは、てめーが臆病だからじゃねえか!ぬぁ〜にが『幸せになって欲しい』、だ?!」 そのまま中央ホールまで出ると、辺りが騒然とするのが解った。 けれど、足を止める事はしない。ビッキーの驚いた顔や、ルックの冷ややかな視線を受けながらエレベーターを一直線に目指す。 「落ち込むんなら、やる事やってから落ち込めや!何にもしねえで、見てるだけでうじうじ考え込んで恨み言かよ?!見てんとイライラするぜ!!」 開いたエレベータの口にカミューを放り込む。 そして自分も乗り込んでボタンを押した。 さすがにいい大人を連れまわしたので多少息が切れていた。 壁に凭れ掛かって息を整える。 「…ビクトール」 カミューが、放り込まれたままの体勢から体を起こすと、座り直りして壁に背を預けながら呼び掛けた。酔いはすっかり醒めているようだ。いや、元々大して酔ってなどいなくて、そんな振りをしていただけだろうか。 「何だ?」 カミューの方は見ずにビクトールが応える。 「さっき言われた台詞、そっくりそのまま全部返しても?」 「…ああ、そうだな」 そんな事は、言われなくても解っていた。 カミューに怒鳴った言葉は全部。 全部自分に向かってのものであったのだ。 見てるだけで、何もしてこなかった自分。 何も行動を起こさないでいて、文句だけを言っている。 あそこにカミューが居てくれて本当によかった。 でなければ。 同じ醜態を、自分が晒していたのは間違いない。 そして。 こんな風に自分を客観的に見る事も出来なかった。 ぽーん、とエレベーターの軽快な音がして扉が開く。 『開く』のボタンを押したまま背後に声を掛けた。 「解ってんよ。だから、おら、一緒にやれる事はやっとこうぜ」 着いた先は、シュウのいる執務室のあるフロアだ。 振り向けば、肩を竦めて苦く笑うカミューの顔が。 「そうですね」 そう言って立ち上がったカミューに、自分もまた苦く笑った。 |
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