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<act.23>



「ビクトール!一体どーゆーつもりなんだ?!」

部屋の扉を開けるなり、フリックはそう怒鳴った。
「ああん?」
答えるビクトールの機嫌もあまり良いものではない。
「お前っ、俺との相部屋蹴ったそーじゃねーか!」
そう続けると勢い良く扉を閉め、ビクトールへと向かって歩く。
「お陰で俺は、マイクロトフと同室になっちまっただろ!!」
目の前まで歩いてきたフリックは、目元を真っ赤にして怒り心頭といった風情だ。
「別に蹴った記憶はねえが…」
そう、ビクトールはただヤマトに尋ねられただけだ。
フリックとマイクロトフを相部屋にしてもいいかどうか、を。
「でも…ヤマトはお前がカミューと一緒がいいって言うからって…」
ビクトールの応えを聞いたフリックの勢いが少し弱まる。
「あ?カミューがいいなんざ言ってねえよ。別に誰でもいいとは言ったがな」
「……」
更に付け加えるとフリックは黙り込んだ。
そして親指の爪を噛みながら、何か考え事を。
しばらく沈黙が降りた後。
フリックがおずおずといった感じで問うた。
「なあ、俺、何かお前にしたか?」
「あ?」
「誰でもいいなら、俺とでもいいんじゃねーのか?」
「……」
「なんでだよ。ずっと一緒だっただろ…なのになんで今更、他の奴との方がいいなんて言うんだよ」
「…別に、そんな事ぁ言ってねえだろ。ただ、誰でもいいって」
「だからなんで、今まで通り俺とって言わねーんだよ!」
「それは…」

だからそれは、もうそう言ったんだって。
言ったら、ヤマトがお前は駄目だって。
そんでお前とマイクロトフと同室にしてもいいかって。
だから俺は。

内心、つらつらと言い訳めいたものが浮かんでは消えたが、それを口に出して言う事は出来なかった。
そのかわり。


「…お前、マイクロトフと付き合ってんだろ?だったらそこは喜ぶべきところじゃねえのか?何を怒ってんだよ」
「っ、付き合ってる訳じゃない!」
「そうマイクロトフにも言ったのか?」
「そ、それは、まだ…っ」
「じゃあ付き合ってんのとかわんねえだろ」
「それは…」
「大体、そんなに嫌なんだったら、ヤマトにその場で言えばよかったじゃねえか」
「言える訳ねーだろ!その場って、マイクロトフと居る時に言われたんだぞ?!目の前で言えるかそんなの!」
「俺が知るかそんなもん」
「でも元はと言えば、お前が誰でもいいなんて言うから…っ」
「だからよ…なんだってそれでお前に、俺がどうこう言われなきゃなんねえのかって」
「…っ」
「俺は別にお前の保護者でもなけりゃ、家族でも恋人でもねえ。それに別にずっと同室だったのも、そんな約束があった訳でもねえだろ?たまたま、そうなってただけだ。なのになんでそんな責められなきゃなんねえ?」
「……」
「マイクロトフと同室が嫌なら、変えてもらえばいいだけだろ。俺に八つ当たりすんじゃねえよ。俺には関係ねえだろ?なあ」

自分でも、ちょっと意地の悪い言い方をしているなと思う。
けれど止められない。
顔は強張ったまま、勝手に口から言葉が滑り出る。
フリックは俯いて唇を噛み締めている。

「大体部屋割りぐれーでやいやい言ってんなよ。子供じゃあるまいし」
「…じゃあお前は、何の文句もないってのか?」
フリックの、低い声がした。
俯いたままだったのでどんな顔をしているのかは見えない。
「だから何度も言ってんだろ?別に誰だっていいんだって。お前だって、カミューだって、他の奴だったって、同じじゃねえか」
「同じ?」
「ああ、どうせ部屋になんて禄にいやしねーんだ。帰って寝るだけなら、誰とだって同じだろ?」
「俺も、カミューも…同じ…?」
「ああ」
肯いたら、フリックがぱっと顔を上げた。
今にも、泣き出しそうな顔をして。
「な、なんだよ?」
その表情に思わず怯んで、慌てて声を出す。
窺うように、何か言いた気にして見上げていたフリックは。
また顔を伏せると小さな声で応えた。
「いや…もういい。解った」
「何だって?」
「八つ当たりして悪かった。そうだよな、お前には一切関係のない話だもんな。ずっとお前、俺に好きにしろ勝手にしろって…そう言ってたもんな」
「あ、いや…」
フリックの言っている事は、全部自分が言ってきた事で。
なのに改めて突き付けられると、たじろいでしまった。
思わず、そんな事はないと言いそうになって慌てて口を押さえる。
そんな自分にフリックはもう脇目もふらずに、元々そんなになかった荷物をさっさと纏めて鞄に詰め込んだ。
そして、それを担ぐと早足で部屋を出て行く。
「じゃあな。あんまりカミューには迷惑掛けんなよ」
「お、おう」
返事をしたと同時に扉が静かに閉まった。
入ってきた時の勢いは全くと言っていい程見当たらなかった。


途端に静かになった部屋に、溜息の音が虚しく響く。
閉じられたドアを見詰める。
拍子抜けするほどに意気消沈してしまったフリック。
それに、落胆している自分にもう気付いている。
朝のヤマトの時と同じだ。
否定して欲しかったのだ。
違うと言って欲しかった。
自分に関係のない話ではないと。
自分には口を出す権利があるのだと。

自分で突き放すような酷い口振りをしておきながら。
それでも。



聞き分けのない子供なのは自分だ。

フリックに、好きにしろ勝手にしろと言いながら。
実際にそうされたら嫌なのだ。

保護者でも家族でも恋人でもない。
だけど、フリックを手元においておきたくてしょうがないのだ。
何も言わなくても傍に居て欲しい。
誰にも渡したくない。
でもそれは自分が望むから、という理由では駄目なのだ。
フリックが、自ら望んでここに居たいと思わなければ。

なんて薄情で身勝手な思いだろう。
愛想を尽かされるのも当然だ。


フリックの先程の泣きそうな顔が目に焼きついて離れない。
そして自分も。
酷く泣きたいなと思って、また溜息が洩れた。



<act.24>に続く



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