<act.22> 「とゆー訳でね、ビクトールさんは誰と一緒がいいの?」 「何が『とゆー訳』なんだ?」 うららかなお天気のレストランのテラスで。 ビクトールは特盛モーニングセット、ヤマトはトマトジュースを。 それぞれ注文して向かい合って座っていた。 「やだなあもお、話聞いてなかったんですか?」 「いや…すまん」 「なんかすっごく、心ここにあらずって感じですよね」 「そりゃあお前な…徹夜して帰って来たその次の日にまた戦いに出さされりゃ、疲れもするってもんだぜ」 「いや〜ビクトールさんはほんっとタフで助かってますよー」 「へっ…」 ヤマトの満面の笑みに、そっぽを向いて肩を竦める。 ラダト郊外での敗戦の後。 つまり夜通し追い縋る敵を片付けながら本拠地へと撤退したその朝。疲れ切って眠りから醒めたら、早速次の作戦が用意されていて。 翌日、速攻また戦場へと狩り出されたのだった。 戦況は大幅に不利で最初は苦戦した。 けれど、一度は離反したと思ったリドリーがまた兵を連れて参戦したのだ。結果、なんとか勝利を治め、また敵の将と軍師を仲間として手に入れる事が出来た。万々歳な戦益だろう。 そしてそれは、ビクトールやカミューの部隊の激しいオーバーワークの成果でもある。 その一員であるビクトールには多少の愚痴もあるのだ。 しかしヤマトは気にした様子もなくまた話を元に戻した。 「ですから、今日から兵舎の改装に入るんで、ビクトールさん達も宿屋の方に一時的に移って貰わないと…で、その宿の相部屋、誰と一緒がいいですか?って」 そういえば、そんな話もあるのだと以前聞いていた気もする。 レオナの店も近々大きくなるとか。 この同盟軍の城は、仲間が増える度に少しずつ改装している。 部屋が増え、店が増え、施設が増える。 活気も増し、軍としての勢力も増す事だろう。 なんにしろいい事である。 ただひとつ問題があるとすれば。 度重なる改装の度に、あちこちと移動させられるという事だろうか。 もう既に4、5回は部屋を変わった気がする。 まあ、別に部屋など、帰って寝るか荷物置きにしか使わないのだが。 「んだよ、部屋なんざ別に誰とでも構わねえよ。それに改装が終るまでのちょっとの間なんだろ?」 「えーでも、ちょっとって言ったって、数週間は掛かると思うけど」 「どーせ、大して顔も合わせねえって」 そう、どうせビクトールはまた戦闘だの交易だの偵察だのに。 扱き使われてゆっくり部屋を使う暇などあまりないに違いないのだ。 「まあ、それはそうなんですけど」 「否定しねえのかよ!…まあいい、とゆー訳で適当に決めてくれ」 「じゃあビクトールさんはシュウさんと一緒とゆー事で…」 「待て待て待て待てえええええ!!!」 「あはは、冗談ですって」 「笑えねえんだよ!」 確かに適当に、とは言ったが。 一番に扱き使う鬼軍師とは絶対に嫌だ。 「つーかよ、なんで今回に限ってそんな事訊いてくんだよ」 相部屋について、前もって訊かれた事など一度もなかった。 当たり前のようにいつも決まって。 「いつも通り、フリックとでも一緒にしといてくれや」 「あ、いや…それがですね」 「フリックがどうかしたか?」 「いえ、ちょっと、フリックさんとの同室の希望者がいて…それで」 「…………ニナか」 「いや…確かに希望してますけど、さすがにそれはちょっと…」 フリックさんが可哀想ですし。 とヤマトが舌を出して無邪気に笑った。 そして。 「マイクロトフさんだよ」 真面目な顔になって。 ヤマトがじっとこちらを窺った。 「…そう、か…まあ、付き合ってんだし、おかしかねえわな」 見詰められて、手にしたコーヒーカップを思わず取り落としそうになった。しっかりと持ち直して一口啜る。 「で?フリックは何て言ってんだ?」 「フリックさんは捕まらなくて…まだ言ってもませんけど。あの、ビクトールさんはどう思う?」 「どうって?」 「フリックさん、マイクロトフさんと同室にしてもいいと思う?」 ごく、と。 飲み込んだコーヒーがやけに大きな音を立てた気がした。 空になったカップの底を見る。 「いいも何も…フリックがいいって言や、いいんじゃねえのか?」 そうだ。 それはフリックの問題であって、自分には関係のない事だ。 カップの底から目を逸らせない。 痛いほどのヤマトからの視線を感じても。 「ほんとうに?」 ほんとうに? 声が、頭の中で何度も反芻される。 ほんとうに? 「…前にも言ったけどよ、フリックがどうしようが、俺には関係ねえ。あいつの好きなようにさせてやれや」 頭の中でこだまする声を無視して。 思っている事を告げる。 自分には関係ない。 それに。 フリックをどうこう言う権利など。 どこにもないのだ。 自分には。 「解りました。じゃあ、ビクトールさんはカミューさんと同室という事で」 「あ?お、おう…」 「じゃっ、僕忙しいんで」 「あ、ああ」 もっと食い下がると思ったヤマトは。 意外にもあっさりと引き下がった。 半分以上残っていたトマトジュースを一気に飲み干して立ち上がる。 そして足早にテラスを出て行ってしまった。 途端に手持ち無沙汰になったような気がして、ビクトールは持っていたカップを掲げるとウエイトレスにお代わりを頼んだ。 ウエイトレスは直ぐにポットを持って来てくれ、カップに並々とコーヒーが注がれる。 それをすぐには飲む気にならなくて。 ビクトールはぼんやりとそのカップで揺れる水面を見詰めた。 ヤマトは別にあっさりと引き下がったのではないのかもしれない。 あれが、普通なんではないだろうか。 自分が、引き下がらないでいて欲しかっただけではないだろうか。 戦場から夜明けに城へ戻った時。 フリックは様子がおかしかった。 確かに、下手をすれば帰れなくなっていたかもしれない状況ではあった。現に部隊の半分近くは、いまだあの地に野晒のままだ。腕には自信があるが、その内の一人にはならないとは絶対には言い切れない。 けれど。 その位であのフリックが泣いたりするだろうか。 戦場に身を置く者として。 仲間が還れなくなる事は、覚悟の上である筈だろうに。 あの時。 フリックはマイクロトフと一緒だったようだ。 その時に、何かあったのだろうか。 『お前と、もう二度と会えなくなっちまうんじゃねーかと、そう思ったんだよ!』 あの時。 蹴り倒されて見た、フリックの背中。 その向こうに。 マイクロトフの姿が見えなかったとしたら。 間違いなく追っていた。 追って、掴まえて。 それで。 フリックとはずっと一緒だった。 グレッグミンスターの崩れ落ちる城から連れ出してから。 共に旅をして。 傭兵隊の砦を築き守って。 今は同盟軍の一員として。 ここへ来てからも、いつも傍にいた。 互いに違う仕事を振り分けられても。 夜になれば、いつもの席でいつもの酒を。 けれど。 ここ最近、そうではなくなってきていた。 ずっと相部屋だったのも、他の奴に変わろうとしている。 少しずつ、フリックにとっての自分の場所が削られていく。 しかしそれはそれで、仕方ない気はする。 仕事をする上で、そうする必要だってある時はある。 いつでもどこでも何をするのも一緒、なんてのは不可能だ。 フリックとはずっと一緒だった。 それは自分たちが、腐れ縁だとか、相棒であるからだとか。 そんな風に思っていた。 だが、その理由を考えた事はなかった。 どうして、フリックと一緒にいるのか。 どうして、一緒に居たいと思うのか。 『もう二度と会えなくなっちまうんじゃねーかと』 もし、二度と会えなくなったら。 例えば、戦場でどちらかがくたばっちまう。 それは仕方ない。 自分たちの仕事はそういうものだ。 ではどちらも生きていて。 そしてそれで二度と会えなくなってしまう。 例えば、この戦争が終ったとしたら自分はまた旅に出るだろう。 ひとところでは居られない性分の自分はきっとここにも留まれない。 その時にフリックは、例えばマイクロトフと一緒に居たいからここに留まると言い出す。または、一緒に故郷やマチルダへ行くと言う。 その時自分は、笑って旅立てるだろうか。 もう、二度と、会えなくなっても。 お前は俺の相棒だ、と。 笑って告げる事が出来るだろうか。 会えなくなっても、ずっと傍にいないとしても。 フリックが相棒である事は変わらない。 それは絶対違わない。 けれど。 それでいいのか? フリックの隣で笑うのが、自分ではないとしても? 一番の、信頼を与え合うのが自分ではなくても? ほんとうに? 自分ではない者の隣に立ち、幸せそうに笑むフリック。 そのために、二度と会えなくなってしまっても。 それでいいのか? ほんとうに? 「…いいも、悪いも、俺に一体何が出来るってんだ」 フリックは何だかんだ言いながら、マイクロトフとは付き合いを続けているようだ。情に絆されたのか、本当に好きになってしまったのかは解らないけれども。 それでも、ここ最近のフリックは変わりつつあるような気がする。 それはきっと。 マイクロトフの存在によって齎された変化である事は間違いない。 オデッサの事では、もう泣かないと言った。 誰か、他の人を好きになる事も悪い事ではないのだとも。 そんな風に思うのは。 きっと、マイクロトフのお陰なのだろう。 がちゃっ! 「っ!」 持っていたカップをソーサーに置いた音が、思ったよりも大きくてビクトールは驚いて体を揺らした。 まだコーヒーは残っていたが、冷め切っていて飲む気になれない。 レシートをくしゃりと丸めて握り締めるとビクトールは席を立った。 レストランおすすめのモーニングは、盛り沢山で量もそこそこ多い。 充分に腹は膨れたものの。 すっきりとしない気分で、ビクトールは会計を済ませて外へ出たのだった。 |
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