<act.21> 東の空に明けの色が滲み始める頃。 やっと最後の部隊の兵士達が本拠地の城へと帰還した。その頃にはもう、出迎えの仲間や家族達で城門付近はごった返していて。 負傷兵を医務室へ運ぶ急ぎの声や、兵士の無事を喜ぶ声がひっきりなしに辺りを騒然とさせている。 彼らの帰りを城門近くで待っていたフリックとマイクロトフも、通り過ぎる兵士達に労いの言葉を掛けたり肩を叩いたりしていた。 そうして。 もう、殆どが門の中へと収まり人も疎らになってから。 ビクトールとカミューの姿が現れたのだった。 カミューは片腕をビクトールに担がれている。 「カミュー!」 見付けた瞬間、マイクロトフが慌てて二人に駆け寄った。 そしてビクトールからカミューを受け取って、自分の肩を貸す。 「どうした?どこか怪我をしたのか?!」 「いや、そんな大した事ではないよ」 「はっはっは!こいつ、途中ですっ転んで足を挫いちまったんだよ」 「っ、余計な事は言わないで下さい!」 「痛むのか?早く医務室に…っ!」 カミューの怪我を聞いたマイクロトフが、急いで歩き出そうとした。 それを、カミューはやんわりと止める。 「いや、それよりもまずは休ませてくれ。歩き通しで流石に疲れたよ」 「しかし…」 「それに、今はもっと重症の怪我をした兵士の手当てを優先すべきだろう?医務室には、もっと空いてから行った方がいい気はするね」 「……」 カミューが、いつもの綺麗な笑顔でそう言うので。 マイクロトフは難しい顔をしながらも。 城門から続く壁に体を預けさせるようにカミューを座らすと、その隣に自分も腰を降ろしたのだった。 「お前は怪我とかないのか?」 一連の遣り取りを少し離れて見ていたフリックが、ビクトールに声を掛けた。 カミュー達の方を見ていたビクトールが向き直る。 「おう、頑丈さが俺の売りだからな」 「だろうけど…」 得意気に胸を反らせて笑うビクトールを、フリックは見る。 確かに、大きな怪我は見当たらない。 けれど、小さな刀傷や火傷はどこかしこに。 全身隈なく返り血と泥と煤に塗れている。 それは。 戦闘後の、見慣れた姿だった。 自分も、昨日帰った時は似たようなものだっただろう。 けれども。 「…っ」 「おい?」 俯いて唇を噛み締めるフリックに。 ビクトールが気付いて窺う。 喉に何かが競り上がって苦しい。 目頭が熱い。 視界が勝手にぼやけていく。 「お、おい?お前…泣いてんのか?」 フリックの目が、潤んでいくのを見たビクトールが驚きに目を見開いた。慌てて肩を掴んで覗き込む。 「…っ…お前が…っ」 「俺が?」 窺うような黒い瞳を睨んで、フリックは声を絞り出す。 「お前が、帰ってこねーからだろっ…!」 さっき想像した場面を思い出す。 岐路に立つ二人。 笑顔のビクトール。 『例え、この先、一生会えないんだとしても。』 そして去っていく大きな背中。 それをただ見送る自分。 そんなのは。 そんなのは嫌だ。 もう、二度と。 ビクトールと会えないなんて嫌だ。 そんなのは嫌なんだ。 「オデッサと同じに…お前も、なんて…っ!」 もう、二度と、会えなくなるなんて。 「…すまねえ」 「っ…」 肩に置かれた手に引かれ、温かさに包まれる。 「オデッサの事、思い出させちまって…悪かったな」 肩にあった手が背に回される。 「確かに…トランからこっち、負け戦で行方知れずなんてなかったもんなあ。砦が落ちた時は一緒だったしな。オデッサん時ゃ、お前一人離れてた訳だし…思い出すんはしょーがねえわな……けどよ、なあ、泣くなよ」 困ったような声が少し上から響く。 もう片方の手が、頭の後ろをそっと撫でる。 「オデッサの事では、もう泣かねえって言ってたじゃねえかよ」 「ち、がう…」 「ん?」 「違う、オデッサじゃない」 「じゃあ、何…」 「お前の事だろ!」 いつもは鋭いくせに、全然察しないのに苛立って怒鳴る。 すると、あやすようにゆっくりと撫でていた手が止まった。 「オデッサじゃあない!お前が…っ、お前と、もう二度と会えなくなっちまうんじゃねーかと、そう思ったんだよ!」 「……っ」 「そう思ったら…って、くそっ…このバカ野郎!」 悪態と共に、、目の前にある胸を殴り付ける。 多少よろめいた巨体に、続けざまに蹴りも二、三発くれてやった。 そして。 呆然とした顔をして尻餅を付いたビクトールに背を向ける。 「っ、無事だったならそれでいい!汚ねーから、さっさと風呂に入って来い!」 それだけ言って歩き出した。 とても、ビクトールと顔を合わせる事なんて出来ないと思って。 顔が熱い。 なんだか、とんでもない事を口走ってしまった気がする。 いや、そもそも。 自分は、ナナミには。 たとえ離れてしまっても、大事に想う気持ちは変わらない、なんて。 そう偉そうに言ったのに。 なのに。 自分は、離れてしまうのが嫌だなんて。 自分でも支離滅裂なのは解っている。 解っていはいるけれど。 オデッサを想うようには、ビクトールの事は想えなかったのだ。 そして、マイクロトフがカミューを想うようにも。 城門を潜る時。 カミューの隣、塀に凭れるマイクロトフと一瞬目が合った。 けれど。 足は止めずにそのまま歩を進める。 そうして。 何もかもから。 逃げるようにして、走って自分の部屋へと戻って行った。 |
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