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<act.12>



同盟軍、軍主の少年がラダトに着いたのは、王国軍が集結しつつあるとの報告を受けたその次の日の事であった。
交易も兼ねてであるメンバーには、ビクトール、ハンフリー、マイクロトフの力自慢が集っていた。
先に滞在していたフリックとカミューと何なく合流した彼らは近況を報告し合うと、3つのグループに分かれて別々の行動についていた。
ヤマトはハンフリーを連れて交易所へ。
カミューとマイクロトフは広場で屯している王国軍側の状況視察へ。
ビクトールとフリックは街中の兵の配備や駐屯所などの状態把握へ。
数時間後に集合する約束を交わし、それぞれは散り散りに街中に消えた。



いつもと変わりない街中のようであって、そうではない。
通りの角地や、狭い通路の前、または空き地の入り口などに王国軍の兵士が立っている。
穏やかで活気に満ちたこの町は、どこか緊張を孕んでいる。
集落の小さな通りを抜けながら、ビクトールは何か不穏な気配を感じていた。
隣を歩くフリックもまたそうであるらしい。
しかし、二人ともそれを表に出すことは決してない。
端から見れば、観光で、もしくは知己を訪ねて来た旅人の風を装っていた。
あちこちと大仰に物珍しそうな振りをして見回すビクトールに、思わずフリックが苦笑を漏らすほどに。
「あちこち兵士を見掛けるけど、それほどまでには物騒な騒ぎはまだ起きてないんだ。」
「ふうん…」
「まあ、そろそろ何か起こってもよさそうなもんだけどな。」
「おいおい…やめて欲しいぜまったく…」
フリックが人の悪い笑みでそれこそ物騒な事を言うのに、ビクトールは溜息を吐いた。
いつもなら良くも悪くも騒ぎの好きな男が、嫌な顔をしたのにフリックは意外な顔をした。
「なんだ?いつもなら騒ぎがあるなら素っ飛んで行くじゃねーか。騒ぎがなければそれこそ自分で騒ぎ出すくせによ?」
「あんなあ…人聞き悪ぃ事言うなよなー…それでなくても。」
冗談ともつかない毒舌で訊いてきたフリックに、ビクトールは思わず脱力した。
「ヤマトは何か機嫌悪ぃし、カミューは相変わらずだしよー」
「え?」
そして、ビクトールの漏らした言葉は、フリックの目を大きく開かせた。
「ヤマト機嫌悪いって、何かあったのか?」
「ああ?さあな。俺には何も言わねぇし、訊く間もなかったしよ。」
「そうか…」

少し俯いて親指を噛む。
それはフリックが考え込んでいる時の癖だ。
じ、っと少し先の地面を見詰めているフリックは、きっと。
ヤマトの事を親身に考えているのだろう。
自分が戦う事を許したあの日から。
ずっと、フリックはヤマトにちょっとした罪悪感を持っている。
大きな戦いに、巻き込んでしまったのでは、と。

まだ、指を噛み続けるフリックに。
ビクトールは手を伸ばす。
横から、髪を梳きながら、頭に触れる。
そうして、わしわしと撫でた。

「また、城に帰ったらゆっくり聞いてやろうぜ。」
頭を撫でながら、言ってやるとフリックはこちらを見返した。
そして、苦く笑う。
その後、、また俯くと、小さく「ああ」と頷いた。


フリックがいつもと違って、いつまでも手を振り払わない。
ので、腕を引っ込めるタイミングが掴めないままだ。
さらりと流れる髪の感触は手袋をしていてても心地いい。
いつの間にか、足を留めていた。
道端で立ち尽くして、大の大人の男が同じ男の頭を撫でている。
端からみれば、さぞや怪しい光景だろう。
そう、頭の隅で思いながら。



それでもいいから。
もっと、こうしていたい、と思ってしまった。



「なあ。」
「…っ?!」
されるがままだったフリックが突然顔を上げた。
自分の思考にはっとしたビクトールが驚いて手を退ける。
「ああっ!すまん!!」
「…え?…ああ、それより…」
慌てて謝ったビクトールの顔をフリックが不思議そうに見る。
けれど直ぐに話したい事へと話題を戻そうとする。
この辺りがフリックらしい。
そんな風に思って、ビクトールは焦りながらも胸でひそかに笑った。
「カミューが相変わらず…って、こないだ言ってた『荒れてる』ってヤツか?」
「おっ…おお。」
ばくばくとした心臓を押さえ、ビクトールが頷く。
しかしそんな事には全く気付かずにフリックは会話を続ける。
「でも…ここ数日一緒だったけど、俺には全然そんなじゃなかった…」
「ああ、そりゃーお前にはそんな態度とらねぇだろ。」
「なあ、それって…」
フリックの、表情がふと沈む。
「やっぱり、俺はまだ信頼に足らないって事なんだろうか?」
言った後、悔しそうに唇を噛んだ。
何事にも生真面目に考えすぎるきらいがある。
また、かつて二人して砦を守っていた時には、他国人だからと信用を得難い事もあった。
同じ仲間として、打ち解けて貰えない事実を、フリックは時に酷く気にしていた。
だから。
「ばっか…そんなんじゃねぇよ。」
殊更軽く、否定を口にした。
しかしその答えに、全部納得する訳もなく。
だったらどうしてなんだ?
と、目で問い掛けてくる。
翳りのない。綺麗な瞳だ。
今日の天気を映したかのような。


「カミューは、マイクロトフの事が好き、なんだとよ。」

思わず、といった風に声に出た。

「好き…って?普通の好きじゃなくて、の、好きって事か?」
「おう。」

物凄くびっくりした。
そう顔に書いてあるフリックの表情が目まぐるしく変わる。
「だ…って、あいつ、そんな事全然言わなかったぞ!」
「…あいつがお前にそんな事言う訳ねぇだろ。」
「でもっ!!言ってくれれば俺だって…っ!」
「あんな…だから余計に言わねぇんだろが。」
「っ!!」
「お前が、そうやってカミューの事気にして、マイクロトフとの事考え直すってのは、それこそカミューの嫌がる事じゃねぇのか?」
「……」
何か、思い当たる節でもあるのだろうか。
思ったよりも案外早くにフリックは引き下がった。


カミューの気持ちを知ったなら。
当然、それを気にしないフリックではない。
マイクロトフとの事を、前向きに考えられるようになっていたとしても。
カミューの事を想って、フリックは身を引く事だろう。
だから。
自分も。
この事はフリックに伝えるべきではないと思った。
思っていた。
だから、前に訊かれた時には適当に誤魔化したのだ。
なのに。
どうして、今。
自分はこんな話をしているのだろう。
結果、フリックとマイクロトフの関係が上手くいかない事もあるだろう。

どこかで。
思っているのだろうか。
フリックとマイクロトフが。
上手くいかなければいい、と。

そんな馬鹿な。



「なあ、俺は…」
フリックが、何か言い掛けたその時。
ばたばたと数人が側を駆け抜けた。
その遠い後ろからも、幾人かが駆け付けて来る。
そして、耳に誰かの叫ぶ声。
「おーい!今から広場で、帝国のお偉いさんの演説があるってよーっ!!!」
「?!」
「…!!」
その声を全部聞き終わらない内に、二人は身を翻して走り出していた。
「お偉いさんて誰だろうな?!」
「さあな!行ってみれば解るだろーよ!」
ぐんぐんと勢い良く走る二人の姿は。
先に行く人々を軽く追い越して行く。
そうして、瞬く間に、二人の姿は往来から消えていった。






「あ!フリックさーん!ビクトールさーん!!」
ビクトールとフリックの二人が広場に着いた頃には、残りのメンバーは既に集まっていた。
そのまだ向こうには、大きな人だかりが出来上がっていて。
「行ってみるか?」
「勿論です!」
ヤマトのきっぱりとした返事に、一同は円を描いたような人込みの中へと進んで行った。

その、中央には。
帝国軍の将軍、キバが。
そして隣には息子のクラウスが。

そうして、それは見事な演説を。





ラダトの街が王国軍の支配下に置かれるという事実に衝撃を受けながらも。
早く本拠地に戻ろうとする一行に、声が掛かる。
それは軍師としての才の名高い、クラウスのものだった。
そして。
ヤマトに取っては、もっと、ずっと。
大きな衝撃を受ける情報を。


それは。

ジョウイが、ハイランド国皇女ジルと結婚挙式する、というものであった。



<act.13>に続く 2003.10.03



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