<act.8> 「ビクトールさん、それ僕のウーロン茶なんですけど…?」 「えっ?!お?…そ、そうか?!」 悪ぃ悪ぃと言って、ビクトールが慌ててグラスを渡す。 今日は朝からヤマトに付き合って、倉庫から次の交易の品を運び出していた。 今はその休憩にと、レストランでお茶を飲んでいる。 「別にいいですけど…」 グラスを受け取って、テーブルに置いたヤマトが、ビクトールを覗き込んで訊いた。 「そんなに、フリックさんの事が心配ですか?」 「…ぶほっ?!!!」 自分の注文したコーヒーに口を付けていたビクトールが、咽て咳き込む。 「大丈夫ですかー?」 「…っ…」 2、3回咳払いをして、落ち着いたビクトールがふんと鼻を鳴らした。 「ば、馬鹿言え。何で俺があいつの心配なんぞしなくちゃーならねぇんだ?」 フリックとマイクロトフは、昼過ぎくらいにクスクスにと出掛けて行った。 買い物に行く、と言っていたから、今頃は丁度どこぞの店内を物色しているあたりだろう。 何を心配する事があるだろうか。 クスクスはここからかなり近いし、情勢も穏やかなものだ。 しかも大の大人の男が二人。 その二人ともが軍の幹部クラスの腕前を持っている。 ただの買い物に出掛けただけであって、戦いに行くという訳でもない。 一体、何を心配しろというのだ。 がさがさと新聞を広げて、ビクトールは冷静に言った。 つもりだった。 「でもその新聞、逆さまだよ?」 「……」 にやにやと嫌な笑いを浮かべたヤマトに指摘されて、また、ビクトールは慌てて新聞を引っ繰り返す。 そして、何でもないふりを。 けれど。 「ほんとは、心配なんだよね?」 「……」 尚も食い下がるヤマトに、ビクトールは観念して溜息を吐いた。 そして吼えるように。 「あーもー…心配してらあ!」 「やっぱり〜」 あはは、とヤマトが笑ってウーロン茶を啜った。 そんなヤマトを見て、苦い顔をしたビクトールが頭を掻く。 「何つーかなー…箱入り娘の初デートを見守る父親の心境?っつーかなー…」 「ふうん?父親、ね…」 「な、何だよ?」 胡乱な目で問い返されて、ビクトールははぐらかす様に新聞に目を向ける。 ばさっ、と目の前に立てて広げたところに、また、ヤマトの声が。 「初デートで朝帰りだったりして…」 びりり! と、派手な音がして、ビクトールの顔が現れる。 その両手には無残にも引き千切られた新聞が。 相対した、ヤマトが真面目な表情になっていた。 「それでいいの?ビクトールさんは。」 真っ直ぐ、ビクトールを射抜くような瞳で。 ヤマトが、問う。 「いいも悪いも…お前が、フリックにマイクロトフと付き合えって言ったんだろーが。」 突き刺さるかのような。 視線を躱して、ビクトールが応える。 「僕は『誰かと』って言ったんだよ。別に、それはマイクロトフさんじゃなくてもいいんだ。」 「……」 「それに、今はビクトールさんに訊いてるんだよ。」 「何が言いたい?」 「ほんとに、フリックさんがマイクロトフさんと付き合ってもいいの?」 「……っ!」 『じゃあ!だったら、俺がマイクロトフと付き合ってもいいんだなっ?!!』 同じ台詞を。 フリックにも言われた。 あの時。 自分は。 「…いいんじゃねぇのか?本人がそうしたいってんならよ。」 「……」 「別にあいつが誰と付き合おうと、俺には関係ない…そりゃまあ相手にもよるけどな。」 マイクロトフなら、申し分ない相手だろ? そう言って、ビクトールは破った新聞をぐしゃぐしゃと丸めた。 そして残ったコーヒーを啜って、もうこの話は終わりだと無言で告げる。 「ビクトールさんが、そう言うなら…それでもいいですけど!」 少し、怒ったようにヤマトが声を荒げる。 グラスを引っ掴んで、がばっと呷って、一気に飲み干して。 「さあ!!休憩は終わりです!!!」 「お、おう。」 そう言って、ヤマトはビクトールの腕をぐいぐい押して椅子から押し出した。 「おい、待て!だから押すなって…!」 「思いっきり扱き使いますからね!今日は!!」 「ちょ…何なんだよおいっ?!!」 小さな少年が、自分より頭一つ分くらい大きな男を怒鳴り飛ばしている。 その滑稽な姿に、周りからくすくすと笑い声が漏れた。 「ほらもお!笑われてるじゃないですかーっ!!」 「お前が騒ぐからだろーが!」 そう言って、まだ押してくるヤマトの首根っこを、ひょいとビクトールが猫の仔の様に持ち上げた。 途端に、どっと笑い声が沸く。 皆の注目を浴びて。 わざとおどけて、笑ってみせる二人であったけれど。 そのどちらもが。 ほんとうはとても笑う気持になんてはなれないでいた。 |
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