<act.4> 「で?それで結局付き合う事になったんですか…」 明朝、シュウの部屋にフリックとビクトールは呼び出された。 そこには部屋の主以上の存在感で、城主の少年が居座っていた。 昨日保留にされていた話を聞き終わって、目を輝かせている。 「いや、そーゆー訳でわ…ないんだが…っ!」 にこにこと尋ねてきたヤマトに、慌ててフリックは手を振った。 「でも、デートの約束しちゃったんでしょ?」 「……」 そう、フリックはしてしまったのだ。 マイクロトフと、デートの約束を。 今日、朝、会った時に。 付き合う事を誤解だったと訂正しようとして会いに行った筈なのに。 経緯は、こう、である。 「よお、マイクロトフ。おはよう。」 フリックは朝、目覚めて、一番にマイクロトフに会いに行った。 早朝訓練の為に道場に来ていたマイクロトフは簡単に見付かった。 フリックの姿を見た途端、皆に休憩の伝令を出し、慌てて駆け寄って来る。 まるで、激しく振られる尾っぽが見えるかのようだ。 「お、おはよう御座います!フリック殿!!!!」 真っ赤な顔をして、息を切らせて、とても嬉しそうな顔だ。 後ろの方から、隊長しっかりー!という掛け声や、口笛が飛んできて、焦ってやめるように怒鳴り返している。 「何かありましたか?」 少し心配そうに、けれど瞳をきらきらとさせて、マイクロトフがフリックを覗き込む。 ほんとうに、自分と会えて嬉しいといった表情をしている。 そんなマイクロトフに、これから自分は酷い事を言う。 そう思うとフリックの胸はちくちくと痛んだ。 「あのさ…実は…」 「あ!そうだ!」 言い掛けたフリックと重なるようにして、思い出したというマイクロトフの声が出た。 「何だ?」 「ええ、実は今日の朝一で軍師殿に掛け合って休みを頂いたんですが!」 朝一… 青騎士隊の朝練は5時からだ。 その前、と言ったら、4時とか4時半くらいだろうか。 シュウの奴も可哀想に。 そう思ったがフリックは口には出さないでいた。 「次の週末に二人とも休みが取れました!」 「え?…よくシュウが許してくれたな。」 「はい、大分粘ったのが功を奏したみたいです!」 「…そりゃ…頑張ったな…」 フリックの褒めたつもりではなかった言葉に、そのまま素直に受け取ったマイクロトフが照れて頭を掻いた。 「いや、それで…その今度の週末、昨日言ってた買い物に一緒に行きませんか?!」 「…あー…それなんだけどな…」 困った顔をして、言い淀んだフリックを見て、マイクロトフが大きく目を見開いた。 「ま、まさか…駄目になったとか…?」 「え?いや、あの…」 途端に。 さっきまで体全体で嬉しさを表現していたマイクロトフの表情が沈んだ。 まるで、この世の終わりかのような。 その、あまりにも落胆した様相に。 フリックはつい、折れてしまったのだ。 「ええと…ひ、昼過ぎからなら…大丈夫…かも…」 「本当ですかっっ?!!!!」 ぱあっ、と表情が一変して、マイクロトフが笑顔に戻る。 「あ、ああ…」 「そうですか!よかった!!!」 両手で拳を握ってぐっと脇を締めると、マイクロトフが嬉々として声を上げた。 「あ、そういえば、フリック殿も何か話があったのでは…?」 「いや…も…いいんだ。」 「じゃあ、俺はまだ朝練があるんで!」 「ああ…うん…」 爽やかに微笑んで、マイクロトフは颯爽と走って帰って行ってしまった。 その背中が見えなくなって。 フリックはがっくりと項垂れた。 「何で交際断りに来て、次会う約束してんだ俺は…」 けれど、どうしても言えなかった。 マイクロトフはいい奴だ。 恋愛感情ではないけれど、とても好きな部類の人間である。 あまり傷付けたくはないのだ。 でも。 「どうするんだ…俺…」 頭を押さえたフリックに。 昨夜のビクトールの言葉が不意に蘇った。 『別に、男でも女でも好きな奴と勝手に付き合えばいいだろーが…っ!』 その言葉が、胸にちくりと痛みを齎す。 「くそっ…望むところだ。好きにしてやる…っ!」 足元にあった石を蹴って、フリックは回れ右した。 そのまま、ずかずかと歩き出して、部屋に戻る道を辿って行ったのである。 「結局は断りきれねーでやんの…」 「五月蝿い!!!お前はあの顔を見てないからそんな事が言えるんだ!!!!」 ビクトールに痛いトコロを突かれて、フリックが噛み付く。 「あんな!捨てられる直前の仔犬のよーな顔されてみろ?!!すっげえ悲しそーで哀れーで今にも死にそうな顔なんだぞ!!!」 あれを見ても断れる奴なんて、絶対人間じゃねー! とまで言い切って、フリックが手を広げて熱弁した。 「そこまで言われるマイクロトフさんって…」 ヤマトが小さく突っ込んだが、軍師は知らん顔で書類にサインを書いている。 「じゃー、責任とってちゃんとお付き合いすりゃあいいだろ。」 「う…それは…って、何でお前がここにいんだよ?!」 「俺が知るかっ!んな事ぁシュウに言え!!!」 と、そこで。 ガンを飛ばし合った二人の間に、一枚の紙切れが差し出された。 さっきシュウがサインしていた書類だ。 「これが今後のスケジュールだ。フリックは週末休みを取ったから、暫く休みはないものと思えよ。」 「え?!」 「ああん?」 睨み合いを中断して、二人は手元の紙を覗き込んだ。 「?!俺、今後一ヶ月休みなしかよ?!!」 「って、何で俺まで休みが減ってんだよ?!!!」 ぎゃーっ!と声を上げて、二人は目を吊り上げる。 「そしてフリックさんは、これから僕と週末の休みまで交易の旅だからねー」 「え…?」 ぱっと腰掛けていた机から飛び退いて、ヤマトがフリックの腕を取る。 「じゃ、行って来まーす!」 「えええ?!!」 絡めた腕を引っ張って、ヤマトはフリックと部屋から飛び出す。 引こづるようにして連れ去れたフリックの姿が少々哀れに見えて、ビクトールは同情の意を表した。 しかしはっとしてシュウに向き直る。 「おい…これはちっと酷くねぇか?」 スケジュール表を差し出して、控えめに講義する。 しかしシュウは情け容赦なく紙を突っ返した。 「文句があるならマイクロトフに言え。無理にフリックと休みを合わせた結果がそれだ。」 「……」 「それとも、お前が何とかしてやったらどうだ?」 シュウは、暗にフリックがマイクロトフに別れを切り出せない事を言ってるのだ。 それが解らないビクトールではない。 「何で俺が…」 不貞腐れて、窓の外を見たビクトールに、シュウが笑う。 「可愛くて仕方ない相棒だろう?」 「けっ!…あいつのどこが可愛いもんかよ…」 言って、ビクトールが突き返された紙切れを奪う。 それをくしゃくしゃにして肩から提げた小袋に仕舞って。 「ま…けど、相棒には違いねぇわな…」 肩紐を掛け直したビクトールが嘯いた。 それにシュウが。 「それはお前次第だろう?」 「何がだ?」 「さあ…?」 「……」 まるで何かを探り出すような、駆け引きめいた遣り取り。 けれど最後にシュウが口の端を吊り上げて笑いを寄越したのを機に。 「それで、こっちが今からのお前の仕事だ。」 「……」 もう一枚紙を差し出したシュウが空気を切り替える。 もの凄く嫌そうな顔をしたビクトールは。 それを引っ手繰って腰に手を充てる。 週末までは相棒とは別行動だ。 また単独で細々働かされるのかと思うと、気が重くなるビクトールであった。 |
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