中秋 彼岸花 ゆるやかな流れの川沿いにしばらくゆっくりと歩いて、振り返っても連れの男は見えなかった。 歩みが遅れているらしい。おおかた昨夜飲み過ぎでもしたのだろう。 少し待つつもりで川岸に腰を下ろした。 鮮やかすぎる赤い花が咲いている。 ここなら自分の出で立ちは目立ってよいだろう、と莫迦なことを考えて少しおかしくなった。 今となっては、あの男が自分のことを見落とすことなどないだろう。 疲れた足を休めるついでに、流れの溜まりに足を浸して涼を取ろうと考えた。 澄んだ水の中には危害を加えてくるような生き物も見えない。 長靴を脱いで足を浸し、その思わぬ冷たさに少し驚いた。 歩けば汗ばむような陽気なのだが。 意識しなくても赤い花が目に入る。この花はこの時期しか咲かないらしい。 つまりはもう夏も終わりなのだ。 冷たい、と思いながら足先ばかりを水にさらすのも億劫になって、川床に足をついた。 男の姿はまだ見えない。 このまま男を待っていたら、冷たさに痺れてしまうかもしれない。 感覚をなくした足が身体を支えられなくなって、自分の身体は川を流されていく。 そうなったところで誰が困るだろう。 川の流れて行く先こそが、自分のたどり着きたい場所ではないと、誰が言えるだろう。 そこにたどり着いた時に、自分の命がなくなっていようとも。 会いたい人に会えるなら。 足音が近づいてきたが振り返らなかった。 「こんなとこにいたのか」 男の言葉に、この場所にいる自分を責める響きがあった。 「・・・お前が遅いからだろう」 「もう、水が冷てえだろ」 「ああ」 「この花の、花言葉ぁ知ってるか?」 知らない、と答えると、男はそうか、と言ったきり、こちらを気遣う風に黙ってしまった。 乾いた布を放ってよこす。濡れた足と服を乾かせというのだろう。 自分のを使うからいらない、と投げ返すと、男は苦笑いして横になった。 疲れた様子に見える。本当に具合が悪いのかもしれない。 赤い花の中に転がった男は、いつもの騒々しい雰囲気をどこかに忘れて来てしまったようだ。 光を遮るように顔を覆った白い布が、赤い花の中では何やら不吉に見えた。 足を引き上げて適当に始末して靴を履き、そのまま眠りについてしまいそうな男を引き起こした。 「何だよ」 「もう行こう」 「少し休ませろよ」 「嫌だ。早く行こう」 「何だ一体、」 「この花は嫌いだ。だから行こう」 「自分でここにいたんじゃねえか。仕方ねえなあ・・・」 男は焦る様子もなく起きあがり、小さく伸びをした。 「きれいなもんじゃねえか。確かに名前もあれだし根には毒もあるっていうけどな、水にさらせばちゃんと食えるんだぜ」 「・・・お前は食えれば何でもいいのか」 「人間しか食えねえから、飢饉の時のためにわざわざ増やしてるとこだってあるんだぜ。そう嫌うこたあねえだろ」 「それでも嫌なものは嫌なんだ」 「わかったよ」 仕方なく立ち上がった男にほっとした。 なぜ急に、こんなに不安になったのかわからなかった。 次の街について、分担して買いだしに回ることにして待ち合わせを決めた。 ついでに書籍を扱う店に立ち寄って、あの花の花言葉を調べた。 悲しい思い出。 思うのはあなたヒトリ。 俺はそんなに弱気になっているわけじゃないし、誰かヒトリのことばかりを考えてもいるわけでもない。 それに、あの男だって、時折他の誰かのことを考えているくせに。自分の知らない誰かのことを。 それでもあの男には自分がそんな風に思い悩んでいるように見えるのだ。 だから感傷的にあの場所に引かれたのだと。 少し腹立たしく思いながら、待ち合わせの場所に向かった。 思い出と呼んで懐かしむには、まだ鮮やかすぎるものを抱えて。 何かにつかまりそうになりながら、危ういところで逃げ出しながら。 それでも旅を続けるために。 了
いつも通る土手に彼岸花が帯になって咲いてます。 とても綺麗な華なんですけど、名前や毒があるせいか、ちょっと不吉なイメージですよね。 いつもと違って、暗めの絵に挑戦…のつもりだったのですが…どうでしょーかねー (2003.10.05) そして毎度の如くお礼のお話を戴きました!! 暗い絵でしたのに、愛のあるお話有難う御座いましたです。 何となく思いながら描いたイメージ通りでしたので、嬉しかったですー 有難う御座いました。 (2003.10.06) 下絵 タブレット直描き 着色 Painter Classic |
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