他の事は何も考えられず、血の匂いで息苦しい、 と思いながら剣を振るい、 それすら感じなくなった頃には、 目の前にいるのはもう、 見慣れた村人に見えて人ですらないのだな、 と諦めがついており、 諦めた自分に腹を立て、 そのくせなんとかここから抜け出したいとあがく自分に呆れ、 一人生き延びてもそんなことは結局無駄ではないかと自分をあざけり、 そうこうするうちに目に入るものはただ死んだ体ばかりになり、 せめて自分の手で弔わねばと思い、 命を奪った相手に葬られて喜ぶものかと笑い出したくなり、 いや自分は直接手をかけたものの罪を負うべきはあの吸血鬼なのだから、 自分の手であの吸血鬼を倒さねばならないのだと村を出た。 吸血鬼は東に姿を消したと聞けば東に行き、西で乱心した村人同士の殺し合いがあったのだと聞けば西に行き、南の街で夜な夜な人ならぬものが徘徊すると聞けば南に行き、北の山に入った人間が何者かに捕らわれて戻ってこないのだと聞けば北に行った。 そうして世界を巡り、世界は自分の周りを巡り、 世界と自分とはどこかかみ合わないまま、月日は流れた。 自分は仇を探しているのだ仇を討つのだ、という思いは熾き火のようにくすぶっていたものの、さていざ仇を見つけてこれを討ち取ってみても、自分の周りで国が倒れ国が興りしていることも、つまりはただそれだけのことなのだと思うばかりで、相変わらず世界と自分は距離をおいてかみ合わないままだった。 |
多分自分が死んでも世界は 関係なく巡るであろうし、 たとえ世界が滅んでも 自分にはあまり関係がない というような。 |
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ある時期から連れになった男は、 もとより自分とは気が合わず、 すぐに機嫌を損ね怒鳴りわめき、 弱みを見せまいと強がって、 |
いつものように他人事と眺めているうちに、男は隣を歩きたまに笑い少しばかり自分を頼りにするようになり、飯を食い酒を飲み何もかもをともにするようになって、気づいたら自分の目に映るのは男ばかりになった。 相変わらず自分の思い通りにならない男は、暑くなったと言ってはマントを脱ぎ、寒くなったと言ってはマントを身につけ、そう言われて見ると確かに世界は男の言う通り季節を変えていく。 自分の目に映る男の背後で空は青く、 緑が芽を吹き、 花が咲き、 葉は色を変え、 雪が降り積もる。 自分を置いて勝手に巡っていくのだと思っていた世界 男の背景として 場面場面が自分の記憶にとどまるようになった。 世界は追わずとも自分の元から逃げることはなく、 自分が足を止めれば逆にあちらも少し休もうかと足をとめる。 そしてその気になれば、この世界は自分の両腕にすっかりおさまってしまう。 何をしてる、と男は笑って逃げるけれども自分の隣より遠くへは行かない。 つまりこの世界はもうすっかり自分のものなのだった。 とらしくもないことを考えながら旅をする。 この世界に身をおくことはもう虚しくはなかった。 |
樹林コメント 海保さんがやってる100題の中の一話を我侭言って戴きました! だって、ものすっっっごく、私好みなお話だったんで。 海保さん、無理言ってごめんねーでもありがとー! |
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