フリックが、仕事の為、一個小隊を引き連れて砦を出てから、一週間経った。 それでも、明日の夕方迄には帰って来ると、連絡が入ってはいる。 今夜は、他の隊員共と騒ぐ気にはなれず、強い酒をかっ喰らって、早いとこ寝支度を決め込んだ。 自分でも、子供の様だと思う。 待ち遠しくて、仕方ないのだ。 フリックが、ここに、帰って来るのが。 なかなか寝付けない気がしていたので、無理に無茶な飲み方をした。 そしてその夜は、酒に呑まれる形で、半ば意識を失う様にして眠りに就いた。 ふと、気が付くと、誰かが部屋に入って来る気配を感じた。 しかし、まだ覚醒しきってないせいか、思う様に体が動かない。いや、酷い飲み方をした酒のせいかもしれないが。 近付くその影からは、殺気は感じられないので、そのまま様子を見る事にする。 すると、ふうと溜息らしきものが聞えて来た。 足元で何かごそごそとしているな、と思ったら、急にすっと足先にあった圧迫感が無くなった。 どうやら、ブーツを脱がされたらしい。 そういえば、部屋に帰ってそのまま寝台に倒れ込んだので、脱がなかった。 「おい、ビクトール・・・起きろよ・・・」 肩を揺さ振られ、聞えて来たのは聴き慣れた相棒の声。 しかし、フリックが、今ここに居る筈はない。 「あ・・・?」 確認の為目を開けると、そこにはフリックの怪訝そうな顔があった。 もしかすると、夢かもしれない。 本当に、フリック・・・? 「・・・・・・なのか?」 掠れて、上手く言葉にならなかった。 夢かどうか確かめようと、覗き込む頭を引き寄せて抱き込んだ。 確かに、腕に、胸に、感触はあるのに。 腕の中のフリックは、文句を言わなければ、拳も蹴りも出さなかった。 「・・・俺だ、フリックだ。」 やはり、夢を見ているらしい。 これが現実なら、こんなに大人しく自分の胸の上に乗っかっている訳がない。 夢に見る程、フリックの帰りを待ち侘びていたとは、自分でも気付かなったが。 「そうかそうか。」 「おい・・・?」 しかし、夢なら。 言ってしまってもいいだろう。 「好きだ。」 「何?」 これは、自分の夢なのだから、自分の好きな様にさせて貰う。 体勢を入れ替えて、上からフリックを押さえ込む。 頬を両手で包み込むと、驚いた表情で見返してきた。 こんなにも現実のフリックに似ているのに、これは夢なのか。 普段から穴が開くほど見ている成果が、こんな所で発揮されようとは。 額を合わせて、鼻の頭でフリックの鼻筋を擽る。 うっとりと、フリックが瞳を閉じた。 やはり、夢、だ。 唇を押し付けると、少し、フリックの体が震えた気がした。 一度、触れてしまえば、後から止め処なく波の様に押し寄せる感情があって。 可愛い、愛しい、大事にしたい。 掌を滑らせて、髪に差入れ何度も梳く。その柔らかい感触が気持ち良い。 頬も、目蓋も、目尻も、こめかみも。 そして、この唇も。 全部触れて、全部自分のものにしたい。 「好きだ。」 何よりも誰よりも。 こんなにも自分の全てを奪われるかの様に、誰かを想う事がある事を思い知らされた。 もっと、もっと触れたい。 そう思った瞬間。 何故か背中に痛みを感じ、気が付くと床の上で一人ひっくり返っていた。 幸せな、夢の様な夢。 を見ていたのだと納得して、また、寝台に潜り込んだ。 これからがいいところだったのに、とは思わなくもないが。 しかし、夜が明けて、またその日が沈めば、本物のフリックが帰って来る。 そう思って、無理矢理目蓋を閉じて、朝まで眠りに就いたのだった。 続く。 |
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