「dance with.」


今日ばかりは本人が何をどう嫌がろうと側にいる。
心に決めていたのだが、朝からいきなり逃げられた。
目が覚めたら寝台にも隣の部屋にもフリックはいなかった。
とりあえず厩に行って数を調べて、まだ砦の中にいることを確認する。
よし、と砦中を捜索するつもりで歩き出すと、あっさりポールに捕まった。
「ミューズから、急使だという、方が見えて、ます」
息を切らせている。
「・・・ひょっとして、すぐ来いとか?」
ポールは返事をする前に自分を厩に押し戻した。つまりはそういうことらしい。
「お前、今朝、フリックどっかで見たか?」
「お二人を捜してたんですけど、最初に見つかったのが、ビクトールさんだったんですよ!」
ポールが器用に馬に鞍を置く。
「行くなら二人で・・・」
「どちらか一人だけでよろしいそうですから!」
何か緊急の用事かもしれないです、と轡を取って自分に寄越す。
「いや、多分、最近報告書の類をためこんでるから、市長様に、怒られるだけじゃねえかな・・・」
本当に緊急の要件なら本人が飛んでくるはずなのだ。性格的に。
ポールが頭を抱えた。
「・・・ならなおさら、みっともないから早く行ってくださいよ!」
自分を馬にぐいぐい押しつけてくる。行き場をなくして馬に飛び乗った。
「フリックがいたらだな、」「いいから早く行ってください!」
ポールがべし、と馬の尻を叩いたので、馬が勝手に走り出した。伝言を口にする暇もない。
ミューズから来た急使だという男と砦の入り口でぶつかりかけた。相手があわててよけたのは見えた。しばらくしてから追いついてきた。


予想通り、ミューズで市長にしこたま怒られた。
ところで、とアナベルは口にした時はほっとした。
「あんたはともかくフリックが書類仕事ため込むなんて珍しいわねえ」
きまじめだし腕は立つし、ジェスと一緒に雇いたいくらいなのに、と言う。
「あいつとこいつが上手くいくわけねえだろ」
こいつ呼ばわりされたジェスがむっとした顔で茶器を下げて行った。まだ飲んでないだろうが。
「とにかくあんたのとこから提出がないと決済できない書類がいくつかあってね。あんたがだめならあの色男に頑張ってもらってちょうだい」
「最初から当てにしないなら俺に文句言うなよ」
「あんたね・・・」
しまった。今までのをまたくりかえされても困る。
「すいませんもう言いませんごめんなさい」
「・・・あんたね」
昔と大して進歩がない、と言うがまあ笑ってはいるようだ。
「もう戻ってもいいかなあ」
「何だい随分急ぐね」
「今日はちょっとフリックと・・・」
一緒にいると決心したのに何で俺はミューズにいるのだろうか。
「ふうん。・・・誕生日、とか?」
「いや。・・・そういえばあいつの誕生日知らないな」
今度聞いとこう。
「聞いたら教えるようにね。お祝いしましょう」
「お前は飲みたいだけだろ」
「あんただってそうでしょ」
「俺には愛があるんだよ」
「あーはいはい」
「お話中失礼ですが、とにかく3日で書類を提出して欲しいのですが!」
最後にジェスに言われなければ、何のために呼び出されたのかも忘れるところだった。


というわけで食事時を大分過ぎて砦に戻ると、酒場ではフリックとゲンゲンが踊り狂っており、カウンターには山盛りの茸に囲まれたレオナがいた。床には空の酒瓶と酔漢がごろごろ転がっている。
予想通りだ。
フリックは時折見せるゲンゲンのダンスが気に入ってるようだとは思っていたが、まさか自分が踊るほど好きだったとは思わなかった。まして自分も習得していたとは。
自分が入っていってもこちらを振り向きもしない。

コボルトダンスを踊る、間抜けなフリック


新参の傭兵達はフリックの意外な一面にやや喜んでいる節も見える。確かに普段のフリックには俺に比べてやや近寄りがたい雰囲気がある。
しかし古参の傭兵たちとレオナなどは、不安げな顔をしていつになく陽気なフリックを遠巻きに見ている。普段は早く部屋に引っ込んでしまうポールにバーバラまで顔を揃えている。
たまに天井を見上げるのは、何かの拍子に雷でも落ちるのではないかと危ぶんでいるのだろう。気持ちはわかる。
「あの子、どうしちゃったんだい・・・」
30の声を聞こうかという男にあの子はないもんだが、バーバラにとってフリックはせいぜい弟か、下手したら息子程度の扱いらしい。
当のフリックは傭兵の一人が何か言ったのを受けてげらげら笑っている。なかなか見られない光景だ。
「もうだめだって言ってるのにバーバラかついでって倉庫まで開けさせたんだよ」
おかげで砦中の酒がなくなっちまったよ、とレオナが煙管を叩いていう。
「何だよ俺の分はないのか?」
ミューズで疲れてきたのにそれはひどい。
「それどころじゃないですよ」
飲んだ量も尋常じゃないんですけど、とポールが頼りなげな眉をますます寄せて言う。
「昼間ゲンゲンさんと森に出てたらしいんです。ひょっとしてワライタケでも食べちゃったんじゃあ・・・」
なるほど。それで朝から姿が見えなかったわけだ。
酒場のカウンターが森の一角のような様相を呈している理由もこれでわかった。
コボルトの戦士は食糧補給に非常に熱心だ。
「酒、ないんならとりあえず茸を・・・」
酒場でするような注文ではないが仕方ない。
カウンターに座り込もうとすると何人かに首根っこをひっつかまれて立たされた。
「何だよ」
「あれ、どうにかしてくださいよ・・・」
ポールがあれ、と言った先ではゲンゲンの歌に合わせて卓の上で踊るフリックがいる。
酔っているとはいえ ちゃんと長靴を脱いでいるのが立派なところだ。
ちら、と周辺にちらばる空の瓶を数える。
フリックを囲んでいるのはせいぜいが12、3人というところだろう。どの顔も赤く、明らかに正気ではない。明日ちゃんと起きられた奴がいたら誉めてやりたいくらいだ。
しかし楽しげに手を叩く者や適当に歌っている者と、床に転がって美しくはないが安らかな寝息を立てている者の中に、明日出かけなくてはならない者はいない。
「楽しそうじゃねえか。ほっとけよ」
莫迦騒ぎで仕事に支障を来す莫迦はこの砦にはいないようだ。結構なことだ。
「楽しそうだけどね・・・」
茸の山かげからレオナが言った。
「なんだか見てらんないよ」
あれ、本人だって楽しんでるわけじゃないんだろ、と言う。
ポールが黙ってこちらを見た。
こんな子供に心配されるようじゃフリックもまだまだ青いな。
「ま、少なくともワライタケじゃなくてあれは本人の意思だから安心しろや」
派手な物音がして振り返ると、フリックの姿が消えていた。
酔っぱらいの何人かがげらげら笑い、ゲンゲンと何人かがフリックを抱き起こした。
いくら酒に強いと言っても限界はある。まして踊ったりしたら酒のまわりも早いだろう。
先に足に来て、卓から落っこちたようだ。
眠たげに目をこすっている。
ほら、とバーバラが背中をこづく。
「仕方ねえな・・・」
飯も酒もおあずけだが、確かに相棒の方がおいしそうなのは事実だった。


「ほら。おひらきおひらき」
酔っぱらいをかきわけてフリックを引き上げると、もれなくゲンゲンがついてきた。
「お前、酒は飲んでないだろうな」
「ゲンゲンはまだ酒は飲んじゃいけないんだぞ」
「よし」
素面で酔っぱらいのあの騒ぎについていけるのもすごい。いろいろな意味で頭をなでてやって、フリックを運ばせるのを手伝わせた。
バーバラとポールが床に転がっている傭兵を叩き起こしはじめた。
レオナがぶつぶつ酒瓶を拾い、ついでにまだ正気の残っている連中に手伝わせる。
「おれはまだのむ・・・」
酒場を出かけると、赤い顔の中で青い目がこちらを見た。
「だめだ。いい子だからもうねんねしな」
「こどもあつかいするな」
「いい大人が手間かけるな」
「・・・のむったらのむ」
「もう酒がねえとさ」
「かってこい!」
「・・・俺に使い走りさせられるのはお前くらいだろうな」
聞いてやらないが。
「うるさいくま」
「フリック、ゲンゲンは楽しかったけど、もう休んだ方がいいと思うぞ」
「・・・・・・」
足の方を抱えたコボルトの戦士のもっともな言い分に、フリックが黙った。
「どうして俺には素直じゃないかねえ・・・」
「うるさいばかくま」
「フリック、心配してくれている熊に悪口はだめだぞ」
「熊じゃねえっつの」
「あ、すまない」
とりあえずフリックを寝台に転がして、下の酒場の様子を見に行く。
ゲンゲンと片づけを手伝おうとすると、水差しを押しつけられた。
「ついてておやりよ」
ここはいいから、とレオナが言い、他の人間も頷いて寄こす。
「まあ、おもしろいものも見られたしね」
この様子では今日披露したコボルトのダンスで、当分さんざんからかわれることになるだろう。
水差しを片手に階段を上がる間も、既にくすくす笑う声が聞こえている。天下の青雷もかたなしだ。
「自分から話すまで何も聞かないよ」
レオナが自分を見上げて言った。
他の人間もコボルトもそれは同じようだ。
「そうしてやってくれや」
全くここも良い砦になったものだ。


フリックは先ほどのまま寝台に転がっている。眠っているだろうと勝手に服を脱がしていると、不機嫌にうなって身を固くした。
「きょうはやだぞ」
「なんもしねえよ」
このまま寝てたら苦しいだろ、というと好きにさせた。
この男が自分を避けるような様子を見せた理由はわかる気がする。
自分を見ればあの日のことを思い出す。
自分がいる限り、フリックはあの瞬間を忘れない。
「水飲むか」
「いらない」
でももう離すことはできない。
自分も無理矢理寝台に潜り込む。
「せまい」
「気にすんな」
莫迦熊、と言ったのを最後に、酒臭い息が寝息になった。
普段より体温の高い体に腕を回す。


今日はオデッサが死んだ日だ。
もっと正確に言うなら、俺がオデッサが死んだとフリックに言った日だ。
フリックは自分の目で何を見たわけではない。オデッサが死んだことを、どこか信じ切れずにいるのだと思う。
確かに、あの強い瞳が力を失って、体からどんどん血と熱が失われていくのをこの目に見なければ、信じられるものではない。
心のどこかで、期待しているのだ。どこかで生きていて、いつか自分の元に戻ってくるのではないかと。
それでいて男の冷静な部分が、あの女はもう死んでしまったのだと、信じたくない事実を悟っている。
去年の今頃は旅の空にあって、やはり泥酔して様子がおかしくなった。
今年も少し前からぼんやりしていることが多かった。
男が酒に酔って全てを忘れるという月並みな逃げを打つのを、笑う気にはなれなかった。
不器用な男なのだ。とても。それすら愛おしいような気にさせるほど。


去年の様子から考えて無茶をするかな、とは思ったが、今日一日一緒にいたいと思ったのは、ただフリックの身を案じてのことだけではない。
頭の中をオデッサでいっぱいにしている男といるのはあまり楽しいことではない。
それでも側にいようとするのは、オデッサに連れて行かれそうになるのが怖いのだ。
いつまでたっても自分のものにしたと安心できない。
今は腕の中で眠っている。
寝息を立てていつもの寝顔で、無意識に自分に身を寄せる。
でもまだ自分のものじゃない。
待ちきれなくなって、男をおいつめたくなる。
男の唇がわずかに動いた。多分、女の名前を呼んだのだろう。
寝顔は穏やかだ。常に戦いに身をおいていた恋人同士でも、二人だけの優しい記憶もあるだろう。
酒の力を借りなくても、陽気に笑っている顔を見たいと思う。
・・・・・・さすがにコボルトのダンスはやりすぎだと思うが。かわいい、けど。
俺はこの男ほど気短かな質ではない。かといって気が長い方でもない。
「先は長いな・・・」
それなのに、この男のためなら、いくらでも時間はかけてやろうという気にもなる。
酒臭い寝息より小さくため息をついて、腕の中の体を抱え直した。

しんみり熊と眠る青いの


というわけで樹林さんへ球根お礼。
遅くなりましたが、いただいたリクは「めずらしく陽気なフリック」でした。
マイブームは「コボルトのダンス」
そしてお礼といいつつお礼になっておらず、かつ私は樹林さんがイラストをお描きくださるであろうと確信しておりますとも!
やっぱりおねだりポイントは「コボルトダンスなフリック」ですか!?(オイオイ)
ココロは鬼!鬼ですから!うはははは!
・・・すみませんでした。球根ほんとにうれしかったス。(011128)

樹林コメント

うを〜!!有難う御座います〜!!!
怪しげなリクをこんな素敵なお話にして下さるなんて!流石です〜!
しかも超私好みなお話で。ツボをぐいぐい押されまくりです。
しつこく(笑)オデッサを想う青いのに、我慢強い熊。萌えです。えへへ〜
ちなみに海保さんに送り付けた球根はこちら。酷いです。
そしてまた凝りもせずなんだかなぁ〜なイラストを送り付ける私…


海保さんのサイト



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