湖畔の城は夏が終わると、すぐさま冬の気配につつまれる。もともとが北方に位置する上、背後にデュナン湖を控えているのだからたまらない。木々は葉を落とし、人々は逆に着膨れて、長い寒さに備えるのだ。そんな季節にも、暖かい日というものはある。厚く垂れ込める雲がわかれ、高く青い空から盛夏に比べ随分と小さくなった太陽が、それでも日差しを提供してくれる日が。人々はそんな日を待って、冬用に綿を入れた寝具や何重にも裏打ちをした外套を干すのである。子供たちは野原に遊び、本格的に訪れる冬の前に、その小さな身体に太陽を思い切り吸い込むのだ。
 そんな晩秋の朗らかな日、にも関わらず、面倒ごとというのは起こってしまうのである。
「あんたらねぇ、こんなにいいお天気なのに、真っ昼間っから飲みに来るんじゃないよ。」
 酒場の女主人であるレオナが呆れる相手といえば、常連中の常連である二人しかいない。本来は夕方から開ける酒場、他に客もない中を古馴染みのビクトールとフリックは悪びれずに座っている。
「まぁそう固いこと言うなよ、レオナ。俺たちゃ、軍師殿の命令であちこち飛び回って、昨日の夜帰ってきたばかりなんだから。」
「一眠りしたら、次は酒ってわけかい。まったくもう、ダメな大人って言うのは、あんたらみたいなのを言うんだろうねぇ。」
 そういいながらも、カウンター席に陣取る、ダメな大人、が激務をこなしてきた後だと軍主の少年からそれとなく伝えられていたレオナは、二人の好みの酒をグラスに注いでやる。
「今はこれだけね。後は夕方になってから来な。」
「ありがてぇ。」
「ありがとう、レオナ。」
 深甚な礼を返して、実に旨そうに酒をすする二人を見て、思わずレオナは吹き出してしまう。何かつまみでも作ってやろうかと後ろを向いたとき、酒場の扉が勢い良く開いた。
「ビクトールさん、フリックさん、喧嘩です!!ちょっと来てください!!」
 歳若い兵士だ。走ってきたのだろう、頬を高潮させている。制服についた所属表から見ると、ギルバートが指揮する部隊の兵士らしい。
「喧嘩って、お前たちのボスはどこに行ったんだ?」
 まだ酒のグラスを手に、フリックが振り返る。
「ギルバート隊長は、今日は軍師殿とテンプルトン殿に付き添ってこの近辺の測量に出かけていて…。俺は先輩から酒場に行ってビクトールさんとフリックさんを呼んでこいって言われて。」
 兵士の言葉にレオナがまた笑う。
「ビクトール、フリック、あんたら酒場に行けば捕まると思われてんだねぇ。」
「その通りなんだから何もいえねぇな。」
 しゃあねぇな、と首をこきこき鳴らしながらビクトールが立ち上がる。遅れてフリックもグラスの酒を干してビクトールに続く。
「レオナ、面倒ごと済ましてきたら、もう一杯酒のましてくれよな?」
「はいはい、わかったよ。さっさと行って来な。その子が困ってるじゃないか。」
 
「こりゃあ、乱闘だよなぁ。」
 兵舎の中、互いに服をつかみ合って暴れまわる一団を見て、ビクトールは嘆息した。2,30人はいるだろうか。
「何が原因だったんだ?」
「それが、俺にも良くわからなくって。」
 フリックに尋ねられ、兵士は困ったように頭をかく。
「この手の喧嘩は、喧嘩自体が原因みたいなもんだからな。さて、どうするか。」

 剃っていない髭でざらつく顎をなでながら、にやにやと笑うビクトールと乱闘集団を歳若い兵士は不安そうに見比べる。手に負えない喧嘩だ、と判断したとたん、ビクトールとフリックを呼んでこいと叫んだ、先輩兵士の言葉を信頼しないわけではないが。その先輩も、最早乱闘の中に紛れ込み、正気で成り行きを見詰めている兵はほとんどいない。
「んだとこのやろぉ!!!」
 乱闘に加わっていた一人の腕が勢いあまって背後からフリックを捉えようとした。
「あ、」
 危ない!と若い兵士が叫ぶ前にフリックは伸びてきたその腕をつかんで、投げ飛ばしていた。
「あ…。」
「一人一人つぶして行っても良いが、面倒だ。俺は早くレオナのところで飲みなおしたい。」
「そうだな、フリック。耳かせよ。」
 ビクトールとフリックは、ごそごそとなにやら打ち合わせていたが、最後に顔を見合わせてそれはそれは楽しげに笑った。
「おい、お前。危ないから壁際によってな。」
 そういうとビクトールは兵舎の壁に立てかけてあった訓練用の木刀を担いで乱闘の中に飛び込んでいった。興奮して、自分が誰と喧嘩をしているのかもわからなくなっていようが、熟練の兵士だ。それを相手にしているにもかかわらず、ビクトールは実に器用に彼らを兵舎の中心付近へと誘っていく。時には首根っこを引っつかみ、時には木刀につかみかからせ、無骨な大男という外見に似合わず、その姿は実に軽々としていて、若い兵士は壁際に張り付きながら思わず見とれた。
 2、30人の乱闘者たちが我知らず、兵舎の中心に円のように集まったとき、ビクトールはさっとそこからよけた。次の瞬間。
「うわっ!!」
 青い稲光が乱闘者たちを包んだ。まぶしさが薄れたときには、彼らは適度にしびれて動けなくなっていた。屈強な男たちが固まりになって倒れこんでいるさまはお世辞にも美しいとはいえなかったが、とにもかくにも乱闘が収まったのは事実である。
「…あれ?」
「一丁あがり、と。後で水でもかけてやれ、正気に戻るだろ。」
「いま、何やったんですか、フリックさん。」
「ああ、あれか?雷の魔法をごく弱めに、範囲を少し広くして放ってやったんだ。雷は基本的に一対一に特化した魔法だからな、ビクトールにあらかじめ、あいつらを集めさせたってわけだ。」
「はあ…。」
 風来坊と青雷、ビクトールとフリックの二人が先の戦いでどんな異名を得ていたか、聞き及んではいたが、こうもあっさりと喧嘩を沈めてしまうと、ため息をつくしかない。
「あいつと、ビクトールと旅をしているときに魚を捕まえるために覚えた技だったんだけどな。」
 魚…ですか。レベルが違う、最早ため息も出てこなかった。
「おう、フリック。上手く行ったな。」
「まあな。早くレオナんところに帰ろうぜ。」
 始末書書かせる準備をしとけよ、と笑って立ち去る二人組の背を見詰めていた歳若い兵士は、彼の先輩の判断の正しさをかみ締め、仲間を起こすために水を汲みに行くのだった。

 兵舎を出たビクトールとフリックにも、温かな日差しは平等に注がれる。しかし、目下彼らの興味は、レオナのご褒美のみである。
 世は、全てこともなし。


2003.10.21

樹林さまへ ご恵存くださいませ。
寿加






















樹林コメント
HP開設祝い&リンクのお申し出のお礼と致しまして絵を贈らせせて頂きました。
そのお礼にと、お話を下さいましたー!!!!
腐れ縁の『駄目な大人』ぶりと、戦闘における勇猛さとを兼ね備えた大変好みなお話で!
とても嬉しかったです〜v
有難う御座いました(^^)
今後とも何卒宜しくお願い致しますです。


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