姉弟

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2年…いや、3年前だったか?
尖った耳をターバンで隠して、人間のフリを続けてきたハーフエルフの青年が、月光華亭という冒険者の宿になじんだ頃。
宿に新入りの冒険者がやってきた。
新入りと言っても、いつものように馬鹿騒ぎで出迎えた所に立ち会ったわけではなく、朝起きて1階に降りたら、一人静かにハーブティーを飲んでいた。
新入りは、青年と同じ鮮やかな金色の髪をしたエルフの女性だった。
純粋なエルフは苦手だったが…何故か不思議な懐かしさを感じる。
しかし青年…ソレルは人見知りが激しく。
しばらく話しかけようか話しかけまいか逡巡しつつ、朝食の準備をしながらうろうろとしていた。
そんな姿にちらりと目を向けたエルフは。
冷ややかなような、ぼーっとしているような目をカッと見開き。
ジーっとソレルの顔を見つめた。
まっすぐな瞳。透明に近い氷の色。人の心の奥まで見通してくるような。
…やっぱり、このひと苦手だ。
「あ、あの…何?」
ソレルはたじろぎながら、やっとそれだけを口にする。
「…似ている。」
「…へ?誰に?」
エルフ…アビィは答えず、くるりと背を向けて、飲みかけのハーブティーを置いたまま、外へ出かけて行った。
「何、あいつ………」

それから3年…いや、2年…?
アビィはソレルの顔を見ると逃げ、そんなアビィに人見知りのソレルが近寄るわけもなく、よそよそしい関係のまま。
ソレルは自分がハーフエルフであることを仲間に明かし、受け入れられ。
悪ふざけができたり、悩みを聞いてくれたり、好きだといってくれる親友や恋人もできて。
幸せな日々を過ごしていた。
その親友、オーグルが、ある日女の子といい雰囲気になった。
その相手がよりにもよってあのアビィだと言う。
友達同士がカップルになってしまうのは寂しいものではあるけれど、親友と、あまり好きではない人がカップルになるというのは…寂しさの他に、黒々とした感情がこみ上げてくるのだ。
「なんでそいつなんだよ??」
そんな思いがぬぐい去れなかった。

そして。
情緒不安定で荒れるソレルに、オーグルを通じて明かされた真実は…

コンコン。
宿の一室に、控えめなノックの音がひびく。
扉には、ラベンダーやカモミールで飾り付けた名札がついていた。
Aby=Ssinian=Forest。
「…誰だ?」
扉を少しだけ開けて、金髪のエルフが顔を出した。
扉を叩いたソレルは、ぎこちない笑みを浮かべて言う。
「あ、起きてたか?ならちょっと話が…」
「…!いや、寝る。寝るところだったから…」
相手に気付いたアビィは、無下に扉を閉めようとする。
「ま、待て、閉めんな!今日は話がある!」
「明日にしてくれ」
「あ、そう?なら明日…いやいやいやいや、そうやって逃げる理由も知ってんだからな!」
「…?!」
にべもないアビィに、必死に食い下がるソレル。
ここで退いては、背中を押してくれた友に申し訳が立たない。
…いや、退いたとしても「やっぱりなあ」で片付けられるだろうけど。
「というわけで、だ…」
とりあえず閉め出さないでくれたアビィに対して、あらたまって咳払いなどをして。
友から授けられた、とっておきのセリフとともに手を差し出す。
「小遣いちょうだい。」
「…は?」
「いや、違う!なんで肝心な単語だけ抜け落ちてんだ!」
「お、落ち着け…」
柱にがんがん頭を打ち付けるソレルを見て、さすがに心配になって手をさしのべるアビィ。
ソレルはぽむぽむと背中を叩かれて、落ち着いて呼吸を整え、とっておきのセリフを頭の中で反芻して、再度手を差し出す。
「姉ちゃん、親父から20年分の小遣い預かってへんかー?」
「………………。」
「……。」
凍りついた表情。
長い沈黙。
背景で、銀色と黒の縞模様の猫が、にゃあと鳴いて通り過ぎて行った。
「………。ご、ごめん。冗談、でもないんだけど、なんだ…」
「オーグルか…。」
呆れたような、安心したような、一言。
姉ちゃん。親父。
その、一見ふざけていながら巧みに真実を織り交ぜた言い回しと、微妙な西方訛りの真似事に、誰から告げられたことであるのか気付いたらしかった。
「うん、そう…。あいつがこう、言ってみたらどうよ?って…まあそれも冗談だろーけど…なんか冗談だけで生きてるみたいだな、オレら。」
「…とりあえず入れ。」
観念したようにため息をつき、「弟」を部屋に招き入れる。
その表情は、相変わらず読めない。

生活感があるようなないような、生花やハーブで飾り付けられた部屋で、室内用の簡易な湯沸かしがポコポコと湯気をあげる。
大事そうに取り出した小瓶から振り落とされた茶葉がガラスのポットの中で踊り、やがて琥珀色の液体となる。
「…どうぞ。竜殺し。ブランデー入り」
「おお?紅茶なのにか?」
紅茶やブランデーは好きなのに、銘柄には詳しくないソレルだった。
「オーファンの銘茶だそうだ。」
「ああ、オーグルのね…ふーん…」
その銘茶が「白の日」にオーグルからアビィへ贈られた物であることに思い当たり、思わず不機嫌オーラを発してしまう。
「…やはり、恨んでいるのか?」
ソレルが、アビィとオーグルに対して子供っぽいやきもちを妬いていることは、周知の事実らしかった。
「い、いや!そーいうのはもうやめることにしたんだ!」
「やめようとしてやめられるものでも、ないと思うが…どうしてまた」
「だって、親友と、…ね、姉ちゃんじゃないか…。お祝いしなきゃ」
ぎこちなく姉ちゃんと呼ぶ声に、アビィはそっと目を伏せる。
わずかに光る物が見えたのは、気のせいだろうか。
「…ありがとう。姉と思ってくれるのか」
「そりゃそーだろ、事実…あれ?そういえば」
「うん?」
「なんでオレのこと弟ってわかったの?ハーフエルフってだけで?」
ターバンから飛び出た尖った耳を耳ぴこぴこさせながら問う。
確かに髪の色は同じだし、顔立ちも似ている部分はあるが、何が決め手になったのかは聞いていなかった。
ただ、「アビィはお前の姉なんだ」と知らされただけである。
考えてみれば迂闊な話であった。
「ああ、それは…」
アビィは机の引出しからごそごそと一枚の羊皮紙を取り出す。
そこには、ソレルにそっくりの顔で耳の長さだけが違う、エルフの似顔絵が描いてあった。
以前クレアの前で描いてオーグルに送ったものと同じ。
「これが、わたしの父だ。母はお前とは違うな。」
「へー。そっくりだ。それで最初に…いや、ちょっと待て」
「何を?」
こともなげな顔で、紅茶をすするアビィ。
「根拠はこれだけか?」
「ああ。」
「違うかもしんねーじゃねーか?!」
「そうか?」
「他人のそら似ってあるじゃん!」
「…はっ」
驚いた顔…うん?驚いてるんだよな?
「…。」
「冗談だ。」
「うおぉい?!」
真顔でさらりと冗談を言ったアビィに、思わずチョップを入れる仕草でつっこむソレル。
このひともオーグルに似てきたのか、あるいはシャーリーとかの影響か…?
「確信は、あった。お前の顔を見た時に感じた何かが。」
「だから…」
「それだけでは証拠がないので、森に帰った時、お前の母の名を聞いてきた。…父の浮気相手のな」
「うわき…」
…そうだ。エルフとハーフエルフで姉弟ということは、母が違うということで、つまりはそういうことで…。
「ルディという。赤毛で緑色の目をした、優しくて芯の強い女だったそうだ。」
名前はもちろん、姿も性格も。ソレルが覚えている母親像と、相異ない。
「…あってる…。」
「…どこまで聞かされている?母から?」
「ほとんど、何も…。親父はエルフで、オレが産まれる前に別れたけどどっかで生きてるだろうってぐらい…。」
「そうか…。こまかくは、言いたくなかったのだろう。」
「やっぱり、ひどい奴だったの?」
「ひどくは…」
ない、と言おうとして思い直す。
「あるな。お前にとっては。」
「…。」
「故郷に妻が二人もいるのに、お前の母に浮気をして…そこからさらに浮気をして、別れたそうだ。」
がたーん。
そんないいかげんぶりを耳にしたソレルは、派手に椅子を蹴倒して床につっぷしてしまった。
アビィは無言で紅茶を一口すする。
いつも通り平静をよそおってはいるが、かすかに手がふるえていた。
しばらく床でぷるぷる痙攣していたソレルが、ようやく起きあがって口にした感想は。
「そこまで徹底してると…かえって笑えてくる…。」
「…そうか。」
恨み言ではなくて安心したのか拍子抜けしたのか。
ソレル自身も、恨み言が出てこないのが不思議であった。
単に現実感がないのか、気遣いなのか…。
多分、両方だろう。
「しかも…エルフだろ?なんか、イメージが…」
「あれは特殊例だ。」
きっぱり。
「そ、そう…変わってるんだ…」
「変態だ。」
躊躇なく。
「そこまで言わんでも…」
「擁護するか?浮気という身勝手な原因で、まだ産まれていないお前と、身重の母を捨てた奴を」
「…。」
無意識に触れることをさけていた部分に切り込まれ、うつむくソレル。
母は、何も語らなかった。
父に対する感情も、別れた事情も、その時の苦労も。
語らないまま、逝ってしまった。
自分がもう少し大人になるまで生きていたなら、あるいは話してくれたかもしれない。
しかしもう、母の真意はわからない。
わかるのは…愛情をもって育ててくれたことだけ。
元気で生きろと、言ってくれたことだけ。
だから、自分が父に対して抱いていた感情は、曖昧なままだ。
恨むべきなのか、何か事情があったのだと許すべきなのか。

アビィはぽつぽつと語る。
父は時々ふらふらと人間界に出ては、そこで出会った女性に手を出してきたこと。
その一人が、ソレルの母だということ。
子供ができたことを知りつつ、浮気がバレてあっさり別れて、森へ帰ってきたこと。
それを3年前に、酒に酔った勢いで笑いながら話されたこと。
今は幸せに暮らしているソレルに、今更嫌な気分を味わってほしくはなかったが。
贖罪のためには、話さなければならなかった。
いずれ知りたがることであろうし。
そして。
「何故、ハーフエルフであることを隠していた」
「それは…いじめられたから…」
「どのように?」
「どうって…」
「思い出したくはないだろうが…辛い目にあったのなら、話してほしい。」
「ヤダよ…なんで…」
新緑色の瞳が気弱そうに揺れる。
「お前の存在を知って森を出たときから、決めていた。父の代わりに、恨み言を聞いて、…それで…」
それで、どうしようと言うのだろう。
罪滅ぼしを、したつもりになりたいのだろうか。
それとも。
ソレルはうつむいて拳を握りしめ、何事かを考えていた。
握った拳が震え、一筋の涙が頬を流れ落ちる。
「…知りたい。お前の気持ちを。ずっと離れていた弟のことを。」
それを聞いて弟は、堰を切ったように感情を爆発させ、叫び出す。
「そうだよ。辛かったよ。親父いなくて、母さん体が弱くて、耳尖ってるってハブにされて、手先が器用でも本が読めてもエルフの血が入ってるからだろうって言われて、どうしてオレ産まれてきちゃったんだろうって…だけど、それをあんたにぶつけるなんて間違ってる!」
「間違い…」
「そうだよ…アビ…姉ちゃんは、知らなかったんじゃないか。親父がやらかしたことなんて。全然責任ないじゃんか。それに、つい最近まで、オレがここにいることさえ」
「だが…わたしは…」
父のしでかしたことの責任を取ろうなどと、出過ぎたことなのだろうか。
「なんでもっと早く見つけてくれなかったんだよ。言ってくれなかったんだよ!」
「え…」
論点が違ってきた。
「おかげでオレ、あんたに嫌われてると思って…しかも、人の顔見て逃げるようなよくわからん奴にオーグルを、とられる…と…おもっ…」
言いづらいことのようで、口ごもるソレル。
いつもふざけあっていちゃいちゃしている二人だが、男が男に対して、とられるだのとられないだのと真面目に論ずるのは、やはり常識的には受け入れがたく気がひけるのだろう。
しかし確かに、人の顔を見て逃げるのは良くない。
自分がやられて、よくわかった。
「それは…すまない。」
「あやまんなよ!」
「は?怒っているのでは…?」
「ただの八つ当たりだよ!わかれよ!」
「すまない、わからなかった」
「だーかーらー!!」
何がなんだかわけがわからない。
多分、本人もよくわかっていない。
様々な感情がせめぎ合って、精神の精霊たちがぴょこぴょこと踊っている。
「お前、おもしろいな。」
「そりゃどうも…」
毒気が抜けたように座り込んだ。
いや、毒気など最初からなかったのかもしれないが。

「それで…?気付いてからまたしばらく間が開いてただろ?なんですぐ言わなかったのさ」
「それは、その… 恥ずかしかったから」
「何が。」
うつむいて視線を外し、珍しく頬を染めるアビィ。
何故かいっしょに照れてしまうソレル。
「ここへ来てすぐに会って、これだけ父にそっくりなのに、人間だというだけで違うと思って…放置…したことが……わたしは、馬鹿かと…」
…確かに。恥ずかしいのはわからんでもないが。
だからと言って。
いやしかし。
どうしたものか。
「やーい、ばーかばーか」
とりあえず指差して笑ってみた。
「…。」
当然ムッとされた。
「すんません、調子に乗りました。」
深々と頭を下げる。
「いや…馬鹿にされるようなことをしてきたと、思っている」
一瞬はムッとしたものの、それも当然かと受け止める姉。
なんと潔く毅然としていることか。
「そ、そんな真面目になられても!」
それはそれで困る。焦る。
「…お前たちは、本当に…」
口の端がわずかに上がる。
滅多に見られない、微笑み。
「お前、『たち』?」
「オーグルも、そうだ。そうやって茶化して、気まずい雰囲気をやわらげようとしてくれる」
「そ、それは、シリアスになれない病といってだな…」
「病気なのか?」
病気を治す術を持つエルフは、片手を上げて精霊を使役する仕草を始めた。
「そう… って、だから真面目にとるなとゆーのに!」
「はあ…」
冗談と気付いて、すごすごと手を下ろしてうつむく。
天然ボケというのか、根が真面目なのか、このエルフはネタをネタとして認識できないことがよくあった。
それはそれで面白いが、ショボンとした様子を見ると少し罪悪感を感じる。
「お前アレだな…ツッコミの修行したるな…」
彼も月光華亭に来る前は他人との会話に慣れていなかったものだが、どんな時でもボケたことを口走ってくれる友人たちのおかげで、ありがたいことにツッコミ技能を身につけつつあった。
…自分がボケてつっこまれることも多いが。
ツッコミは愛だ、が持論である。
「是非。」
嬉々として…表情は読めないが多分嬉々として、提案に乗るアビィ。
「あー…でも、どうだろう。『そんな君が好きっ!』てのもあるかもしんないし…」
「それは…ないだろう…」
「なんでよ」
「あいつはわたしといると、酷く居心地が悪そうだ。特に、冗談を真面目にとってしまった時」
どうやら真剣に悩んでいるようだった。
「…ふーん…つっこまれたがりさんだからなあ…」
否定もできずに曖昧な返事をするソレル。
自分も、的確なツッコミができずに軽く凹むことがある。
「ところで、誰の話をしている?」
「え?オーグルじゃないの?」
「…通じるものだな…。」
「今の会話で通じてないとえらく気まずいんだが…」

それから二人で、紅茶を5杯も消費しながら色々なことを語り合った。
真実に巡り合わせてくれたオーグルのこと。
祝福してくれたたくさんの友達のこと。
ソレルの、婚約者のこと。
アビィの母と父の不思議な関係のこと。
そして、いつかオーグルも連れて父に会いに行くことを約束した。

「ゆっくり話ができてよかった。来てくれてありがとう。」
相変わらず無表情で単調だが、どこかやわらかさを感じるアビィの声。
「礼なんて言うな。照れるじゃん。」
ありがとうと言われると素直に喜んでくねくねするソレル。
「オーグルと、みんなと…これからも仲良くな」
「おう。 って…なんだかお別れみたいなこと言うじゃん。ダメじゃん。」
「別れたくないと、思ってくれるか?」
「そりゃあ…姉ちゃんだし…そうでなくたって、月光華亭の仲間じゃん…それにオーグルが…」
もじもじと壁にのの字を書き始める癖。
「そうか…もう、思い残すことはない。森を出てきた目的は果たしたし、お前も元気で…」
「…ちょ、ま、マジで?!」
「冗談だ」
「きいいいい!!」
「…くす。」
頭をかかえて奇声を上げるソレルを見て、アビィははっきりと微笑んだ。
「では…」
一瞬で落ち着いたソレルに向かって、右手を差し出す。
「な、何…?」
「握手。家族のあかしとして。」
「う、いや…家族はいちいちそんなことしないだろ?するのか?」
「ああ、そうだな…では」
確かに、握手はないだろう。
なので。
抱きしめた。
「え、ちょ、ま…あの…」
「わたしの家族は、よくこうしてくれた。お前は?」
ソレルのたった一人の家族であった母も。
家族同然の愛情を持って育ててくれた師匠も。
落ち込んだ時には、抱きしめてくれた。
何も言わずとも、お前は家族だと、愛していると伝えるために。
アビィの華奢な胸は、どういうわけか全然血縁関係のないはずのソレルの母の感触に似ていて、酷く懐かしかった。
「母さん… 姉ちゃん……」
抱きついて、子供のように泣きじゃくった。
アビィは何も言わず、ソレルの頭をぽんぽんと優しくたたいてくれていた。

ひとしきり泣いて落ち着いた後、ふと思い出したことを言う。
「オーグルが、気にしてたよ。アビィの思惑を壊したんじゃないかって」
「それは…違う。わたしが、勇気がなかっただけ。かえって感謝している」
「じゃあ、そう言ってやんな。」
ニヤリと笑って勧告する。
オーグル本人は、持ち前のポジティブ思考で、気にしていないように見せかけていたけど。
「そうだな…頼んだわけではないのに、結局頼ってしまった」
「いいんじゃん?あいつ頼られるの好きだしー。交流の神様の使徒じゃん」
人と人との繋がりに貢献することは本望であろう。
「交流、か…」
アビィは不意に、仕事の時に身につける銀のショートソードを取り出して鞘から抜いて見せた。
「な、何?!オレなんか刺されるようなこと言った?!」
「…この柄と鞘の装飾を見ろ」
妙な誤解をするソレルに、あきれ気味に答える。
「お、葉っぱだ。キレーだなー」
「まじないごとの本によれば…葉脈は、人と人との交流を象徴するという。そんなことは意識せずに、気に入って買ったものだが」
「ふーん。なんかかっこいいじゃん。葉っぱは発破にも通じるしな!」
「…?」
「いや、字で書かないとわかんないから気にしないで…」
すべったネタを解説するのは虚しいものだ。
「エルフは聖印を身につけることはできないが…これをいつも身につけていよう。」
剣をしまって、首のチョーカーについた鈴をちりりんと鳴らす。
それもオーグルからの贈り物だ。
鈴を革のバンドに縫いつけたのはソレルだったが。
「イイナ…オレもなんか持とうかな…」
「…そうだ。葉っぱではないが、姉弟のしるしに、これを…」
緑色のリボンを巻いたラベンダースティックを差し出した。
いつか渡せるといいと思って、母からもらってきたもの。
「お?なんだコレ?いい香りがする」
「ラベンダーの花を乾かして飾りをつけたものだ。オーグルも兜にさしている。」
「おお、おそろいっぽ?アリガトー」
ソレルは頬を赤らめて嬉しそうにラベンダースティックをターバンにさした。
…あまり、センスがいいとは言えない。
そもそも、身につけるためのものではないので仕方がないが。
「…くす。」
「じゃあオレもオレも」
お返しをしなければ、と思ったソレルは、抱えていた使い魔のミミズクからおもむろに羽根をぶちっと抜いた。
「な…」
ミミズクが痛いのもさることながら、使い魔と感覚が繋がっているソレルも痛いはずである。
「イテテ…これやる!かざっとけ!」
「ありがとう…」
涙目になりながら差し出された羽根を、戸惑いながらも受け取った。
茶色くて形の良い、きれいな羽根だ。
ソレルがターバンにつけている羽根飾りと同じだろうか。
「フクロウやミミズクは、知恵の象徴だ。オレはね、ラーダ様の信者なの」
「そうなのか…。」
神聖魔法は使えないはずだが、信者と自称するほどのよりどころがあったとは知らなかった。
「でも、チャ・ザ様とラーダ様は仲良しだぜ!多分!」
「多分か。」
「言葉は交流を円滑にする第一の手段であり、伝えるべきことを正確に言葉にのせるためには知性と知識と…ちイデッ」
「?」
「舌噛んだ…」
「…くっ」
肩をふるわせて笑う二人。
「ま、受け売りだからうまく言えん!後でシャルトかリージャにでも聞いとけ!」
「そうする…」
宗教のことはよくわからないが。
人間たちの世界の中で生きていく指針となるのであれば、教えを請おう。
もう、森へ帰るつもりはないのだから。
「じゃーなっ!おやすみお姉ちゃん♪」
舌の傷は癒えたのか、かろやかにあいさつをするソレルに、アビィは。
「歯、磨いたか?」
「…どこで覚えてきたんだ、それ…。」
「大道芸人。」
「そっか…今度一緒に見にいこーか。」
「うん、いく。おやすみ」
うなずいて背中を向け、片手を上げて去っていくソレルへ、もう一度。
「…ありがとう。」
その声は、聞こえなかったようだった。
銀色と黒の縞模様の猫が、足元でゴロゴロと喉を鳴らしていた。

ごみばこ