米の問題について

 

最近のマスコミに、よく「ガットのウルグアイ・ラウンド」という言葉が出てきている。

この言葉の意味がよく解らなかったので、少し資料をひもといてみると、ガットと云うのは「関税および貿易に関する一般協定」というもので、ウルグアイ・ラウンドというのは南米のウルグアイで行なわれた会議で宣言された内容を示すものということが解った。

要するに、経済における国際連合と思えば理解が早いと思う。

国際連合が政治に関するものとすれば、世界の経済に関する国際連合に匹敵するものが、ガットとIMFであると理解すればいいと思う。

その中でもIMFは、通貨を主に国際強調するものであるが、ガットはその名前が示すとおり、関税と貿易の面で世界の経済に直接的に関わるものであろう。

今、日本がこのガットのウルグアイ・ラウンドで問題提起されていることは、農業の問題である。

要するにガット側が、日本の農業も自由化せよ!米の自由化を図れ!と言ってきているわけである。

それに対して日本側は、米は日本人にとって特殊な感情を持つものであるので、自由化は出来ないと、抵抗しているわけであるが、この問題を掘り下げて考えようとすると、ガットそのものから掘り下げて眺めなければならない。

ガットというのは1948年にジュネ−ブに本部をおいて発足している。

1948年というと、昭和23年、日本はまだ占領中で、社会党の片山内閣から自民党の吉田内閣に変わったときであり、占領軍による極東軍事裁判で東条英樹等の絞首刑が確定した時でもある。

日本がこういう状況の中において、世界では経済の国際連合のような組織が出来上がっていたわけである。

そして日本はこれに1955年に正式加盟している。

1955年というのは昭和35年、サンフランシスコ対日講和条約で再び独立を獲得し、奄美諸島も返還され、自衛隊が発足した年である。

そしてラウンドというのは、過去何回も出されており、その中でも有名なのが1962年のケネデイ−・ラウンド、1979年の東京・ラウンドである。

そして1986年南米のウルグアイで出された宣言が、ウルグアイ・ラウンドというもので、これが今問題になっているものであり、その問題点というのは、この中で15の分野の案件に対して、1990年までに結論を出す事になっていたわけであるが、このタイム・リミットが過ぎてしまったことである。

これは怠慢でそうなったのではなく、各国の意見調整がまとまらず、意見の対立を少なくしようという努力が、かえってタイム・リミットを切ってしまったというべきである。

その15の分野の中の一つに、農業問題があり、この農業の問題に関連して、日本は「一粒も米を入れない」という極端な発言がマスコミを賑わしているわけである。

そして1990年までに結論を、ということで進められてきたとは云うものの、それが1年先送りされて、昨年の1991年の年末に、ドンケル案と云うものが出され、これについてEC,アメリカ、日本それぞれが、それぞれの思惑で相手の出方を探り合っているというのが現状である。

この農業の問題というのは、日本だけの問題ではなく、世界中が関連してくるわけであるが、我々日本人が日本という国の中からだけ世間というものを見ていると、「米を一粒も入れない」という極端な発言になるわけで、農業というものを世界的視野で、もう少し大きい目で眺めた場合、アメリカも、ECも、日本と同じような問題を抱え込んでいるわけある。

農業を保護しなければならないのは、日本だけの事ではなく、世界の主権国家は一様に同じ問題を抱え、同じ悩みを持っているわけである。

日本にとってはそれが米であり、アメリカではピ−ナッツであり、ECでは域内の野菜であったりするわけである。

ということは、言葉を換えて云えば、農業というのは何処の国でも基幹産業として位置付けておきたいと思っているわけである。

だから色々と保護をするわけである。

そして、保護すると、その部分がますます競争力を失ってしまう、という悪循環に陥るわけである。

これは日本の米ばかりでなく、世界の主要国で同じ状態、状況を呈している。

国によって米であったり、野菜であったり、牛肉であったりという、主食の違いで、差はあるけれど、悪循環の状況というのは同じなわけである。

ガットの目指しているものは

    1  関税、課徴金以外の輸出入障壁の廃止

    2  関税の軽減

    3  無差別待遇の確保

というものであるが、日本の場合、米がこれと真正面から衝突するわけである。

けれども、米というのは地球上で生産しているのは日本とアメリカ、朝鮮から東南アジア、要するにアジア・モンス−ン地帯のみである。

その中でも競争力を持って、日本の米を席巻できる能力を持っているのは、アメリカ以外にはないように思う。

東南アジアというのは、米を輸出する程の余剰生産力というものはないのではないかと、アメリカのみは大量生産で作るので、日本の米にとって脅威になりかねない。

ただ東南アジアの諸国が自分たちで米を作っても、その米を自分達で消費する事無く、全て日本への輸出品として、米を作りながら自分達は米以外のものを食料として、米を換金作物として生産するということになると、日本の米にとって東南アジアの米も脅威になることは考えられる。

だからガットという場において、米の問題を議論しようとすると、日本とアメリカの問題となってしまって、問題の核心がすり変わってしまう。

ECや他の諸国の人々にとって、米の問題などはどうでもいい事で、日本が拒むということは、拒むという行為、世界の秩序に貢献したがらない、という印象のみが増幅されるということだと思う。

ガットは本来、多国間で話し合うべき事であるのに、米については日本とアメリカの問題になっている。

その上悪いことに、アメリカ政府も米の生産者を保護育成している。

要するに日本と同じ事をしているわけで、そのやり方というのは双方にそれぞれ差異があるが、アメリカの場合は損失補填というやり方で、目標を達成できなかった農家を助けるという形で、日本の場合は米農家の製品を高く買い上げ、消費者に安く提供するという方法が取られている。

けれども農家を保護するという点では、大同小異である。

ただ問題は、現在の日本で、農家を保護すべきかどうかということになってくると、疑問が残るということに変わりはない。

ガットが初めて出来た1955年頃というのは、日本において米というのは、商品という概念で捉えていなかった。

米が商品であるという概念がなかったような気がする。 

その頃の日本の農家というのは、農地法が出来て、自作農家が多くなったとは云うものの、今で云うところの、3Kの職業であった。

職業という云い方も、出来なかったかもしれない。

とにかく命を長らえるための食糧の確保、という極めて原始的な発想があるのみで、職業とか商品という概念そのものが存在していなかった。

つまり、生産性が極めて悪かったわけである。

それが戦後45年以上も経つと、米そのものの品種改良、耕地整理、農業の機械化という外部要因で、米の生産性というものが目覚ましく向上した。

この生産性の向上ということは、45年前の日本人では、誰一人予測しえた人はいなかったと思う。

つまり日本人が未だに国民感情として米にこだわっているのは、米の品種、生産工程、技術革新というものが、大きく変化してきているにもかかわらず、45年前と同じ発想に執着しているということで、こだわりを持ち続けていること自体が、異質であると思う。

第一、米を「一粒も入れない」といいながら、これから先、一体誰が米を生産するのかといいたい。

日本では米を作る人の、後継者がいないというのが現実の姿である。

又、日本で米だけを作っていては生活が出来ない事も現実である。

今の日本で、米だけの専業の生産者というのは存在しえない。

八百屋さんもクリ−ニング屋さんも、自分の腕で商売が成り立つ余地はあるが、米の生産者だけは、米の生産だけでは生活できない。生きることが出来ない。

そういう環境の中で、米の自由化、米の関税化、米を輸入するかどうかという議論をしなければならない立場に立たされているわけである。

食料安全保障という言葉があるが、日本の米が日本人を食わせてなお余りあるという状況、そして、それを作っている人が、米の生産で食うことが出来ない、ということを考えてみると、日本の米は、食料上の安全保障とはなりえない。

現在、我々が何不自由なく米のご飯に有り付けるのは、日本の過去の農民のお陰である。

農民ばかりでなく、耕耘機や田植え機、バインダ−を考えて、作り、販売した人、農業試験場で品種改良に携わった人々、耕地整理事業を推進した農業委員会の人々の努力の上に、我々は毎日ご飯が食べれるわけである。

そして農業の技術革新が進んで、単位面積当たりの投下労働力を軽減したので、年老いた農民、農業従事者でも米の生産が効率よくできるようになり、今日があるのである。

けれども、これからは誰が米を作るのか?

宅地並み課税された農地で米を作っていたら、いくら米を作っても、それは税金だけにしかならない。

そういう前提があるにも関わらず、「米を一つぶたりとも入れるな」というのは、何処か議論が噛み合っていない。議論が空回りしている。

又、国際強調という意味からも、日本だけが我儘を云い通すことは、不合理だと思う。

確かに、ECもアメリカも、農産物の保護、自国の農業生産者の保護、ということはしている。

けれども日本で、米の生産者という場合、どういう人が米の生産者なのか分からない。

日本で米だけの生産者というのが、果たして何人いるのかと云わなければならない。

ガットのウルグアイ・ラウンドというのは、米の問題ばかりを議論しているわけではない。ところが日本のマスコミは、米の問題のみをクロ−ズ・アップしている。

日本の米に対する関心というのは、昔も今も関心が高いことは認めるが、世の中というのは常に動いている、だから日本の米に対する関心というのも、この世の中の動きに追従して、変化して当然である。

それを金科玉条のように、普遍的なものとして捉えることは、思考の柔軟性に欠けるものと思う。

1992年、正月が明けて早々に、宮沢内閣になってからの、外務大臣や農林大臣が、ガットのウルグアイ・ラウンドで1991年末に出されたドンケル案に対して、考慮せざるをえないという発言、米の問題を関税で輸入規制することを考慮する、という意味のことを発言したら、すぐさま農協のトップ団体が、そうした発言に対して牽制をしていた。

牽制するだけならいいが、次の選挙には自民党を応援することを見直す、という意味の発言をしている。これは一種の脅迫である。

ウルグアイ・ラウンドで米の自由化を飲んだら、次の選挙で応援をしないということは、明らかに脅迫である。

こういう考え方というのは、先の太平洋戦争の際の、陸海軍の現役大臣の選出が政局の混迷を招いたケ−スと同じで、民主主義を否定するものである。

政治の中で脅迫が横行するようでは、これは政治倫理に抵触する。

政治倫理というのは今まで、選ばれた側のみが問題視されたが、この大臣発言に対する圧力団体の態度というのは、選ぶ側の政治倫理の問題である。

先の太平洋戦争前夜においても、内閣の方針が気に入らないと、陸海軍が入閣することを拒否して、内閣を、つまり政治を、あらぬ方向にもっていった。

政治というのは、利益誘導であってはならず、利益調整でなければならない。

一部に利益にあずかれない人がいても、国として、国民全体として、日本の全国民に対して、又、地球規模で、「善し」と思われることは推し進めなければならない。

大臣というのは、利益追求であってはいけない。

これが少しでも政府の方針の中に有るとすれば、それは帝国主義であり、民主主義ではない。

民主主義というのは、最大多数の最大幸福であって、一部の人々の不利益というのは、最大幸福の中に吸収されてしまうものでなければならない。

圧力団体というのは、利益誘導が目的であろうけれども、それは政治という枠の中において利益誘導であるべきで、その枠をはみ出して、選挙のことまでくちばしを入れるべきではない。

そういう圧力団体の上に乗っている自民党というのも危なかしいものであるが、今の日本において、自民党に変わる政党というものがありえないところに、日本人の悲劇があるわけである。

社会党が、もう少し現実的な政党であれば、いつでもバトンは交替させるべきであるが、今の社会党では、とても信頼のおけるものではない。

米の問題でも、社会党自らが自由化反対を唱えている。

社会党というのは、本来、労働者の政党だとすれば、当然農民とは対立して、その政策は真正面から衝突すべきものであるはずである、ところが社会党というのは、自民党に対抗するのを使命と考えているので、自民党が「やる」といえば反対し、「止める」といえば反対する。

自主的な政策というものを持たず、ただ自民党に対抗するのみで、自分のポリシ−というものを持ち合わせていない。

米の問題でも、当然、反自民、自由化反対のポ−ズをとっている。

社会党の政策というのは、国民全体ということは二の次で、自民党の反対の立場にこだわるあまり、国民というものに対する視点が不在である。

国民の事などどうでもよくて、とにかく反自民であればいいわけである。

農業の圧力団体が大臣発言にまでくちばしを入れること自体が思い上りもはなはだしい。

ただ批判するだけならまだしも、選挙をだしに脅迫する、という事態は黙って聞き捨てるわけにはいかないと思う。

農業の圧力団体ということは、農協のトップということで、この農協というのが、日本の農業を今日の状態に陥れた、と云っても過言ではない。

農協というのは、農地改革で、小作農が自作農となり、そういう農民に対して、相互扶助と生活指導、農業指導、技術指導すべきものであったが、その中の共済とか相互扶助の機能のみが肥大拡大してしまって、最近の農協というのは総合商社と化してしまっている。

はじめの、農協設立当初の意志というものが、そのまま継続していれば、今日の総合商社という姿にはなりえなかったはずである。

それが利益追求のみに走ってしまったものだから、個々の農家からは離れてしまって、農家を対象とした総合商社に成り代わってしまった。

そういう総合商社化した農協が、いかにも、農家を代表しているようなつもりで発言するので、政治の枠を越えて、選挙のことまでくちばしを入れる事になるわけである。

農協というのは、もっと純粋に農家のことを考えるべきである。

農家のことを考えると、米は輸入した方がいい、という結論に達してしまうに違いない。

仮に農協がいくら「一粒足りとも入れない」といっても、米を作る後継者というものが皆無になってきている。

今の60代の人々が米作りから手を引いたら、一体誰がトラクタ−に乗り、稲刈り機を運転するのかといいたい。

そうしたとき、国民の米というのは一体どうなるのかといいたい。

戦後の、産業の近代化は、農業だけが近代化したわけではない。

農業を囲む全ての条件が近代化した。

とくに工業化の波が、農村に及んだことも一つの原因である。

又、工業化の波が農村に及ばなくても、農村の方から、人々が工業化した都会に流れこんできたというケ−スもある。

いずれにしても、今の農業の不振は、日本の工業化の犠牲、高度経済成長の歪みである事に変わりはない。

だから結果論からいうと、日本全体が高度経済成長の最中に農業の問題も合わせて考えておくべきであった。

しかし、高度経済成長の最中というのは、誰もそのことには気付かず、農村からゾクゾクと人々が都会に流れこんできたわけである。

確かに農業というのは、3Kの仕事である。

汚い、きつい、危険ということであるが、危険ということは、ちょっと当てはまらないように見えるが、農作業自体の危険ということは、ないかもしれないが、経営的な危険ということはついて回っている。

経営が悪ければ、楽な生活がおぼつかないという意味でもある。

又、日本の農業という場合、米だけが異質である、という点も大きなポイントである。

この場合、我々の概念では、米の問題が真っ先に出てきてしまうが、日本の農業の中で、米だけが保護を受けており、米だけが食料安保などと云われている。

この米だけが異質である、というところが日本の農業のアキレス腱である。

一時、オレンジの自由化の問題が過去にあったが、あの問題に於いても、今は差程騒がれていないということは、オレンジが世界各地から入ってくる中で、日本の中のオレンジ農家で、競争力の無いものは淘汰され、競争力の有る農家のみが生き残っているものと思う。

農産物の輸入という場合、外国産のものは農薬の問題で、必ずしも何でもかんでも入ってくると云うわけではない。

米の場合でも、同じ事が云えると思うが、「米を一粒足りとも入れない」ということではそういうこともありえない。

「米を一粒足りとも入れない」と云いながら、日本の農業政策では、米作農家が米の生産だけでは、生活できないというのは不可解な事である。

米作農家が、お米だけの収入だけで生活しようと思うと、仮に、年収、純益、生活費として600万円あげるとなると、一体、農家はどれだけの面積の田圃を持たなければならないのかということになる。

こういう計算をすると、戦後の農地改革の前の地主に匹敵するぐらいの農地を持たなければ、生活費600万円というのが出てこないと思う。

すると農地改革は一体なんであったのか?という疑問と同時に、昔の地主は大勢の人間を養うことが出来たが、現在では同じ面積で一家族しか扶養できない。

しかも、技術革新で、単位面積当たりの収量は増加しているというのに、これは全く矛盾した現象である。

米作がこれほどまでに魅力の無いものになったのは、食管法、食管制度によって、政府が消費者より高い価格で米を買い入れる、ということが原因だと思う。

だから、農地開放で自分の耕地を手にした農民は、米さえ作っていれば食いはぐれる事がない、と早合点したことによる。

ここに、自由競争を失う、原因があったわけである。

自由競争がないと、自助努力ということをしなくなる。これは人間の業である。

食管制度が出来た当初は、国民の大部分が貧しく、農家よりも農家でない、非農家の国民階層を保護する目的であったかもしれないが、又、農家と消費者、非農家の両方を保護するつもりだったかもしれない。

だからこそ、政府は高く買って、安く消費者に配給したのかもしれない。

こういう狙いがあったにもかかわらず、農家は政府が高く買ってくれるので、米ばかり作った、その挙げ句、米余りになってしまった。

こういう単純な発想が、農家が自分で自分の首を締めつける原因になったわけである。

米が余りだすと減反ということになる。

工業で云えば、機械設備を遊ばせておいて、物を作らないということである。

米が作れるのに、米を作らず遊ばせておく田圃に補助金を出すという、実にナンセンスな政策が行なわれたわけである。

米が余るなんて事は、終戦直後には考えられない事であった。

日本は永久不滅に米不足に悩まされ続けるとものと思い込んで成長してきたものである。

米が余るということは、先に述べた原因の他に、日本人が米を食べなくなったということも大きな原因の一つだと思う。 

戦後46年間に、日本人の主食に対する趣向というものが、変化してきているということは見逃せない。

米が不足していた頃には、米以外に、主食として選択するものが、他に無かった。

ところが、時間の経過とともに、主食に対する選択肢が多くなると同時に、米に対する需要も減って、米の生産の方は増加するという、この両方のカ−ブがクロスするのが、丁度、日本の高度経済成長の時期だったと思う。

日本人の主食の選択肢が多くなるということは、一言で云えば、日本が豊かになったということである。

豊かになるということは、物が大量にあるということで、これはすなわち選択の幅が広くなるということである。

こういう時代の変化を無視して、農業政策というものが、米のみに偏ってしまったので、米の政策のみが、時代の波に乗り遅れてしまったわけである。

農民も農民で、米さえ作っておれば、政府が高く買い上げくれる事が、未来永劫、変わるものではないと思い込んで、米ばかり作って、自らの努力で脱出しようという気概を失ってしまった。

その前に、米作というのは、実に合理化が進んでいたわけで、少人数で従来以上の収穫が出来るようになった。

だから、一頃、「かあちゃん農業」と云われたように、農家の主婦のみで、忙しいときだけ、家族総出で行い、後は主婦一人で賄えるほど、合理化が進んだという原因もある。

こういう状態になったのは、農業の合理化と合わせて、工業の発展にともなう労働力の不足というか、労働力の移動ということも見逃せない要因である。

つまり、後継者不足というのは、此処から出てきたわけである。

農業というのは、何処の国でも基幹産業であるべきである。

だからこそ、何処の国でも大なり小なり保護し、せざるをえない。

そして日本の場合、米というのは、今まで商品という捉え方をされていない。

自動車や洗濯機やテレビというように、商品という捉え方をされていない。

「米を一粒たりとも入れない」という発想の中にも、米が商品であるという捉え方はなされていない。

「米」は米であって、他の商品とは違う、という潜在的発想が抜け切っていない。

だからこそ、食管法というのは、米を投機の対象とさせないという趣旨も含まれている。

米を投機の対象とさせない、ということは今でもいい事ではある。

日本の過去の米騒動というのは、米を投機の対象としていたので、米の買い占め、売惜しみ、ということが行なわれ、それが暴動を引き起こす原因となったわけである。

米を投機の対象にさせないという点の、食管法は今でも尊重しなければならない。

けれども、その趣旨のため、自由競争を縛ってしまったことによる、産地間競争、品種間競争というものを無視してしまった事の弊害が今出てきている。

つまり生産の合理化は達成されたが、流通の合理化が、それに付いていけなかったという事である。

そして、そのねっこの所には、人間の欲望というのが横たわっており、生産の合理化と、ともに単位面積当たりの収量の多い品種の物を作って、それを政府の買い上げ価格で供出する、ということになるわけであるが、この部分において、もっと農協というのが、長期的な展望に立って、農家を指導すべきである。

農協がもっと活躍すべき舞台というのは、日本政府が減反を打ち出した時期だったろうと思う。

この時の農協というのは、政府の減反政策を黙って受け入れておいて、減反した田圃の使い方、作物転換には努力したけれども、この減反を黙って受け入れるというところが、問題の先送りとなっており、ここの対策に失敗したと見て間違いない。

この時期に、米が余るという現実をもっと真剣に受けとめて、余った米の流通、および利用法を研究すべきであった。

農業が合理化され、日本中で生産される米の大枠を、上限で決めてしまって、それに合わせて、耕作面積の方をコントロ−ルするという発想はいかにもアイデアに欠けている。

旧ソ連や、中国の計画経済でもあるまいし、此処に農業関係者の怠慢がある。

この発想が、日本の農業政策を間違った方向に導いている。

そういう事をしておいて、今頃になって「米を一粒足りとも入れない」ということを云っている。

この発想も減反の発想と同じであり、大枠の上限を決める、という発想は減反政策と全く軌を一にしている。

他の産業では、こういう発想はありえない。

沢山出来るようになれば、販路拡大を死に物狂いで開拓する。

その結果が、自動車やテレビに見られるように、洪水のような輸出ということになって、世界から注目されている、ということは必ずいしもいい事とは云えない面もあるが、業界の努力という面で捉えれば、農業関係者にはこうした努力が足りなかった、と云う事は世間が認めるものとなろう。

戦後の日本というのは、我々でさえ信じられないほどの奇跡をいくつも経験しているわけである。

我々が自家用車を持つ、ということもその中の一つであり、日本の米が取れすぎて余るということ、もその中の一つである。

けれども、その奇跡を上手に処理して、折角の合理化の成果を、上手に吸収できなかったところは、日本の米政策の失敗であり、今になって「米を一粒たりとも入れない」という、国際協調の面からみても、世界的に受け入れられない、日本の我儘としか、いいようのない状態を作りだす結果となっているのである。

しかも、それは個々の農家の問題というよりも、農業団体という、日本の農業を食物にしている、農業を対象とした圧力団体というものがそういうことを言っている。

もっと分かりやすく云うとすれば、テレビの時代劇になぞえるとすると、百姓の要求というよりも、悪代官の団体が、「米を一粒たりとも入れない」といっている。

悪代官が、大岡越前の守に対して、政治的圧力を加えているようなものである。

現代の大岡越前の守というのは、民主主義で、絶対的権力というのを持っていない、だから選挙という手段で脅かされているわけである。

圧力団体が、選挙という言葉で、所轄の大臣を脅す、ということも実に困った現象である。圧力団体が、選挙という言葉で脅して、それがその通りになるかどうかは、又別の問題だとしても、そういう心理というものは、日本の土着の心理だと思う。

米に対するこだわりの心理、言うことをきかない大臣には選挙応援をしない、という脅し文句を使うという心理、こういう気持ちというのは、日本人の潜在的なものだと思う。

日本の戦後の政治には、こういう心理が、日本人の土着の心理、というのが脈々と生き続いていると思う。

正月が明けて以来というもの、マスコミは阿部代議士の、共和との癒着の問題をフオロ−しているが、農業団体が所轄の大臣の選挙応援をしない、という言葉で脅すのも、全く同一の根である。

今までの日本のマスコミは、政治倫理というと、選挙された側の倫理のみを問題視してきたが、選挙する側の政治倫理というのも、もっと厳しく追求、糾弾すべきである。

日本の過去の政治スキャンダルでも、常に選出された側のみ話題になるが、これは間違っている。

選挙する側の政治倫理が、不純というか、未熟というか、無定見であるので、政治倫理の欠けた人物が選出されてくるのである。

政界浄化の、鶏が先か、卵が先かの問題であるが、選挙する側が、もっとしっかりしなければいけない。

政治に目覚めなければいけない。ただ地元の利益のみを、優先させているのでこういう結果になるのだと思う。

民主主義は最大多数の最大幸福を狙う物である、ということを一人一人の選挙民の方がもっと自覚しなければならない。

そして20世紀も終わりに入ろうというこの時期というのは、日本の米の問題といえども、日本だけの問題ではなくなってきている。

日本の米に対する政策というのも、地球規模で眺めなければならない時期にきている。

日本の農村は、日本の農民、農業従事者だけの問題ではなくなってきている。

今回のウルグアイ・ラウンドについても、宮沢首相は世界の出方を見張っている。

つまり、日本独自でははっきりとした態度は取らず、アメリカがドンケル案を飲めば、日本もそれに続いて飲もうという態度である。

ここでも日本独特の外交姿勢というものが見え見えである。

自主性のなさというのは、日本の伝統であり、日本の置かれた立場というものを勘案すると、宮沢首相の態度というのも、こういう姿勢にならざるをえない。

ここで日本だけが「米は一粒たりとも入れません、米の自由化は一切出来ません」、という日本独自案というか、日本の潜在的願望というものを押し通す事は、不可能だろうと思う。

もし日本が自主性に基づき、そんなことをすれば、日本は世界で孤立する。

孤立すれば、日本の貿易立国ということは、成り立たなくなる。

そういう状況が分かっておればこそ、最終的にはドンケル案を飲まざるをえないと思う。

しかも、それはECやアメリカの出方を待って、その後からついていくという感じで、そうなるだろうと思う。

アメリカやECよりも先に発言するということはないと。

というのは、日本国内向けのポ−ズである。

日本が率先してドンケル案を飲めば、今まで述べてきたように、農業団体が納得しないから、これは国内向けのポ−ズである。

すると日本の率先垂範、世界に先駆けて物を言う事は政治家の責任ではなく、日本の世論の責任ということになる。

日本の米を食物の一種という捉え方をする日本人で、果たして何%の人々が、米を主食として見ているのであろう。 

身近な例を取っても、朝、昼、晩と米を食べている日本人は何%いるのであろう。

個人的に私の例を取っても、朝はト−スト2枚で、昼はうどん、米は夕食の時にあるかないかの存在である。

単純に比較しても、1/3しか消費していない事になる。

確かに、終戦直後というのは、米の飯というのは、食べたいと思っても食べれなかった。

米そのものが不足していたので、止むを得ず薩摩芋や他の代用食で空腹を満たさざるをえなかった。

その食料不足が習い性になったわけでもなかろうが、日本人全体で以前ほど米を食べなくなったことは事実である。

日本が豊かになるとともに、食物に対する選択の幅が広がって、米の飯でなくても、うどんでも、パンでも自由に選択できる世の中になったわけである。

しかし、米以外の物は、全て輸入品で出来ている。

うどんにしろ、パンにしろ、味噌にしろ、その原料というのは小麦であり、大豆である。

そういうものは、全部輸入品で賄っておいて、米だけ輸入できない、というのも実に可笑しな事である。

食料安全保障という考え方が成り立つとすれば、小麦も大豆も自給率を高める政策を取らなければならないことになるが、そういう対策は一向に取られず、輸入に頼り切っている。

米のみは入れることが出来ない、ということは、はたから見れば、筋が通らないと思う。

米は日本人の心などという論法は、感情論以外の何物でもない。

それと、日本の全ての行政がそうであるように、今日の米の問題も、生産者の論理ばかりで、消費者の声が反映されていない。

消費者の論理でいけば、安全でさえあれば安い方がいい。

金のある人、裕福な人は、自分の好みにあった商品を選択すればいいのであって、消費者にとっては、選択の幅が広ければ広い程いいわけである。

こういうことを無視して、生産する側からのみ、「米は一粒たりとも入れない」と云っているところに、農業団体、農業の圧力団体の思い上りがある。

他の産業においては、生産者というのは非常な努力をしている。

自動車がアメリカで売れすぎる、というクラ−ムが付けば自主規制している。

これは農業の減反と全く違う。

米作の減反というのは、上からの指令乃至は指導によるものであるが、自主規制というのは、生産者が自主的にトラブルを回避しようという努力である。

ある意味では、先方の怒りが納まるまでは、じっと様子を見ていようという姑息な手段とも取れるが、いづれにしても、生産者の自らの努力という事に変わりはない。

しかるに、米作農家の減反というのは、生産設備を使用せずにおいて、補助金をせしめようという魂胆である。

此処に農民というものの、潜在的心理が潜んでいると思う。

個々の農民のことを言っているわけではない。個々の農民の声を集約している、と思い込んでいる農業団体のことを云っているのである。

日本全体を見ると、日本は資本主義社会に於いて、自由市場経済体制という中で、米のみは、旧ソ連や中国のような、計画経済の中に浸っている。

もっと浸りきりたい、と願っているのが農業団体である。

けれども農業、特に米作農家というのは、後継者というものがいない。

確かに太平洋戦争が終わった時点では、日本の米というものは、日本人の主食であり、農業そのものが、日本の基幹産業であった。

しかし、基幹産業が衰退する、ということは資本主義社会、自由市場経済である以上、必然的なことである。

日本の石炭産業も消滅したし、アメリカの鉄鋼業も消滅したではないか。

基幹産業だから保護しなければ、という論法は今では通用しない。

国鉄でもJRという新しいものに生まれ変わったのである。

日本の農業が、今後どうなるかといえば、日本ではもう第一次産業そのものが成り立たないと思う。 

少なくとも、都市近郊の米作というものは、消滅するのみである。

パンやうどんの原料というのは、100%輸入に頼っている。

米も輸入にしてしまえ、というのは極端な発言であるが、将来そうなる可能性はある。

その第一の理由は、後継者がいない、ということと宅地並み課税 の両面から、もう日本では農業、特に米作りということは不可能になると思う。

ただそうならないのは、農家を路頭に迷わす事が出来ない、という為政者の善意があるのみである。

農業団体には、自から生き残る方策を、作り得る能力はないと思う。

日本の農業の圧力団体というのは、その各々が零細企業で、昔の庄屋ドンや大地主というものが存在しないからである。

又、その構成員の各々は、本当の農家かどうかも分からない、というのは、今日の日本で

100%の米作農家というのは存在しえないからである。

米作と酪農、米作と畑作、米作と果樹園、また、米作と他の商売、という具合に何かと抱き合わせでない限り、農業というものが存在しえない。

100%の米作りでは、生活すら出来ない。

そういう人が、「米は一粒たりとも入れない」と云う事自体、可笑しいではないか。

これは農業団体、農協のトップの我儘というものであり、自分勝手というものである。

人との協調ということを、真正面から否定しようとするものである。

 

アメリカの良心

 

1992年(平成4年)2月22日、中日新聞4ペ−ジに小さな記事ではあるが、心暖まる記事が載っていた。

というのは、サンフランシスコ・イグザミナ−というアメリカの新聞が、第2次世界大戦中のアメリカ居留日系人12万人の強制収容所入りを支持した当時の同紙の姿勢を、自己批判、読者に対して謝罪したというものである。

これは云わずと知れた、太平洋戦争中に、日系アメリカ人が強制収容所に収容された際、それを支持したことに対する批判であるわけであるが、この日系アメリカ人の強制収容というのは1942年(昭和17年)の大統領行政命令9066に基づいて行なわれたわけである。

この事については、何冊も書物がかかれているので、今更詳しく述べる必要はないと思うが、サンフランシスコ・イグザミナ−という新聞の態度には敬服する。

アメリカの社会は多民族国家であるので、日系人もおれば、中国人もおり、ロシヤ人もおればイギリス人、フランス人も居る、と云う現状にもかかわらず、日系人で、しかもアメリカ国籍を持った人々を、強制収容所に入れるというのは、全くの差別待遇であると同時に、アメリカ人の目から見れば、全ての日本人がスパイに見えたのかもしれない。

けれども、これは偏見以外の何物でもない。

偏見というのは誰でも、又、どんな民族でも大なり小なり存在するとは思うが、例えば、日本人に対するものもあれば、黒人に対するものもあり、黒人に対する偏見などは、戦後もしばらくは継続していたわけである。

人が人である以上、全く偏見というものを持たないのが理想ではあるが、なかなかそうはいかないのが、人類の業ではないかと思う。

そういう偏見の上に成り立つ政治というものが存在し、全ての戦争というのは、この偏見によって成り立っているのかもしれない。

そしてこの偏見によって行なわれた政治に対して、それを支持したことの自己批判というのはなかなか出来るものではない。

我々の如く、浅はかな人間は、自己批判ということを、戦争中であったので仕方がないという風に、回避しようとする。

自己批判ということに、真正面から取り組み、謝罪するということは、なかなかしにくいものと思う。

もともと戦争ということに対する謝罪と云ったところで妙なものである。

謝罪したからといって、戦争で死んだ人が生き返ってくるわけではないし、謝るぐらいなら最初からやらずにおけばいいものを、散々、戦争をしておいて、双方に死傷者を山程出しておいて、謝罪したところで、何の意義があるのかと云いたい。

だから何もしなくていいのか、ということではなくて、済んだ事をすぐに忘れてしまうのも腑甲斐ない事であるが、謝れば済むという問題でもない。

しかし、このサンフランシスコ・イグザミナ−紙の行為は勇気ある行為であり、アメリカの良心の片鱗であると思う。

 

 

過去の反省は忘れるべきでない

 

日本の歴史を振り返っても、日本が中国にしてきたことを謝罪したところで、死んだ中国人が生き返るわけではないし、サンフランシスコ・イグザミナ−紙が今更謝ったところで、失われた人生が帰ってくるわけではない。

この謝罪という意味は、歴史を反省する良心の発露だと思う。

こういう意味で、この謝罪という要求は、朝鮮の人々がよく口にする言葉であるが、朝鮮の人々は面子を重んずるので、それにこだわるのかと思う一方、面子を重んずるのなら、日本の支配に負けない朝鮮内部の態勢を作ればよさそうなものを、自分達は朝鮮という祖国を、一つにすることも出来ないのに、日本に対してのみ、未だに戦争の謝罪にこだわっているのは不可解である。

又、昨日2月21日(平成4年)テレビではオ−ストラリアのダ−ウインの町で、「もう一つの真珠湾」と云うことで、日本の戦争責任を問う番組が放映されていた。

つまり日本がオ−ストリアの本土のダ−ウインの町を攻撃し、多数の死傷者を出したことに対して,50周年記念というのが行なわれ、追悼式が行なわれたわけであるが、その中で「日本は素直に戦争責任を認めるべきだ」という意味の発言をしていたが、これもよく考えてみるとおかしなことである。

戦争というのは,主権を持った国と国との喧嘩である。

当然、そこには喧嘩になる原因というものが存在しているわけで、ただ喧嘩をしたくて喧嘩をしているわけではない。

問題はその喧嘩の原因が,何であるかが問われるべきで、一度喧嘩になってしまえば、その手段,方法についてはとやかく云ってみても始まらない。

やらなければやられるのである。殺さなければ殺されるのである。

日本がダ−ウインを攻撃したのが非とすれば、連合軍の東京空襲、名古屋空襲、広島、長崎というのはどう説明したらいいのか、日本が今更アメリカにこれらの戦争責任を追求したところで、何の意味もない。

昨年の夏に、この戦争問題について「朝までテレビ」で南京虐殺の問題に触れて、興奮した議論が戦わされたが、あれなども戦争中のことであるので、不幸なことには違いないが今更ほじくりだしても始まらないし、例のマレ−半島における「死の行進」という問題においても同様な事が当てはまるが、こういう感覚こそ凡人の感覚であろうが、だからといって謝ればそれで済むという問題ではないし、免罪されるわけでもない。

こういう問題が議論されると、いつも日本が悪者にされるが、これなども戦争中という極限のことであるので、殺したり殺されたりはお互い様であり、こういう問題が毎年蒸し返されるという状況は、日本人としても忘れてはならないし、又、日本人として過去と云うことに対する反省というのも、し続けなければならない。

これは決して忘れてはならないことである。

 

日本人の立場

 

ただ こういう状況が起きている背景というものを考えると、その裏には、日本が戦後目覚ましく経済発展して、経済大国になってしまって、貿易や経済の面で、戦争の前よりも一回りも二回りも大きくなってしまったことによる嫉妬があるものと思う。

戦後日本が此れ程迄には成長せず、東南アジアや、アフリカ諸国のように、赤字や債務で四苦八苦しているのなら、日本の戦争責任を云々する風潮というものも出てこなかったのかもしれない。

それというのも、戦後、無になり、国土は焼土と化した日本というのものが、敗戦国でありながら、45年後には地球上で一、二を争う経済大国になったことによる嫉妬心がこういう風潮を助長させているものと思う。

そして今の日本というのは、二度と武力を行使するという事しない、ということが全地球規模で知れわたっているので、戦勝国でありながら、思うように経済成長できなかった諸外国は、日本に対して、云いたい事を云うというのが赤裸々な現実ではないかと思う。

日本に対しては、何を云っても武力で反撃されることはない、という事がわかっているので、日本人の悪業を余す事無く暴きだしては、金をせしめようという魂胆である、というのが本音ではないかと思う。

韓国の場合など、片一方では「先端技術の移転を図れ」といいながら、片一方では、従軍慰安婦の問題が平行して浮き上がっている。

これは韓国側の嫉妬心の見本のようなものである。

今の日本が、サダム・フセインのイラクや、イスラエルのような好戦的な国であれば、こういう無理難題というのは当然ありえない要求である。

日本が戦争を放棄しており、何を云っても刃向かってくる事がないので、寄ってたかって無理な要求を突き付けてくる。

そこにもってきて、日本は全て、金で解決しようとする。

従軍慰安婦の問題も、まだ解決はしていないが、最終的には金を払うと思う。

今の日本の、現実の姿というのは、景気のいい会社が、暴力団に金を要求されているようなものである。

日本は金をせびれば必ず出しているわけで、こういう状況になったのも、戦後の日本の実績がそうさせているわけである。

この文章が、もし公表されると、恐らくこの部分の反論が起きると思うが、つまり会社にたかる暴力団という例えの部分に、反論が集中すると思うが、これは、金をせびられて出す方も本当は駄目なわけである。

最初にも述べたように、戦争の過ちを謝罪せよというところからして、本当は可笑しいのである。

中国の古い諺に「呉越同舟」というのがある。

仲の悪いもの同志が、一つの船に乗り合わせて、中で喧嘩ばかりしているという事を指し示す言葉であるが、我々、人類というのは、宇宙船地球号に乗り合わせている以上、この呉越同舟である。

歴史的にゲルマン民族の大移動とか、ジンギスカンの大帝国建設というのは、歴史の中の流れで、誰でも知っていることであるが、この中には先の太平洋戦争、第2次世界大戦で行なわれた、全ての悪が含まれているはずである。

歴史というのはそういうものだろうと思う。

ただ近世においては、記録というものが完備しているので、個々の事例が残されているので、日本軍の過去の悪業ということで、浮き彫りにされがちであるが、戦争である以上、理不尽なことも致し方ない。

だからと云って、旧日本軍のやったことを弁護するものではないし、それが良い事でないことは十分承知しているが、日本側においても、あらゆる状況の中で、極限の状況であったという事は確かである。

やらなければやられるという状況であった事には違いない。

戦後の日本人は、この現実を忘れて、四方八方円満な、平和な場所で、日本人だけが先方に対して悪業をしたという風に勘違いしているが、これは先方も同じように思い込んでいるようであるが、やらなければやられるという状況は、平和ぼけの日本人には理解できない事だろうと思う。

もちろん戦争でなければ、こういう状況というのは生まれないわけである。

だから戦争というものは、無いのが一番良いわけで、戦争は残虐、卑劣、無意味、残酷と云いつつ、人類は戦争が止められなかったのである。

 

国の消滅と民族の消滅

 

戦争というものが、人類の知恵で回避出来ればそれが一番良い事である。

けれども、人類の歴史というのは、それが出来なかったわけである。

これは無理もない事で、戦争というのは、一国では出来ないわけで、相手というものがある。

いくら自分達は戦争をしません、といってみたところで、相手がどんどん入ってくれば、好むと好まざると、戦争ということになってしまう。

昔、南米大陸にインカ帝国というのが存在していた。

この国は、文字通り無抵抗主義で、戦争をしなかった。

その結果どうなったかというと、この地球上から消滅してしまった。

国は消滅したが、民族は残っているはずであるが、その民族がどうなったかといえば、民族そのものも淘汰されて、全てスペイン人との混血になってしまって、民族そのものも消滅してしまった。

これが南米ペル−における現実の姿である。

人類も、地球上に生息する人類という種族である。

こういう自然淘汰があっても不思議ではない、けれども、今日の日本人は、こういう現実を素直に受け入れる事が出来るであろうか。

受け入れる心の準備、覚悟が出来ているであろうか。

戦争放棄ということは、このようなインカ帝国のような、現実を受け入れるということである。

1946年の平和憲法の制定の時の日本人の心は、このインカ帝国の現実を受け入れてもいいという気持ちだったと思う。

とにかく日本は戦争に負け、東京も、名古屋も、広島も、長崎も、全て燃えて存在せず、残っているものは何もなかったのである。

有るものといえば、人間の肉体、自分の体だけであった。

日本に上陸してきたのがアメリカ軍を主力とする連合軍でなく、朝鮮か、中国の共産主義者だったとしたら、我々の祖国も、インカ帝国同様地上から消滅していたかもしれない。

天皇は当然殺され、日本人民というのも大多数が殺され、今頃は日本の女性が従軍慰安婦にされているかもしれない。

日本を占領したのが、たまたまアメリカ軍であったから、日本人民は再生のチャンスが与えられたのであって、その点はもっと考察する必要がある。

1946年の時点において、仮にも、中国に日本占領のチャンスがあったかどうかということは、実際にはナンセンスな仮説であるが、戦争というものは、民族の存亡を秘めた政治の駆け引きの一つである。

広島、長崎の原爆投下も、日本の真珠湾攻撃、又、オ−ストラリアのダ−ウインの攻撃も政治の駆け引きの一材料にしかすぎない。

アメリカが広島と長崎に原爆を投下したというのは、トル−マン大統領が日本ばかりでなく、全世界に向けた政治的駆け引きの前提条件であったわけである。

こういう事は個人の場合でも同じで、喧嘩は一人では出来ない、必ず相手があり、意見が対立したとき、自分の意見に従わせようと思うと、手練手管を使わねばならないが、手練手管が、口で言い合っている分にはいいが、口で言っても相手が云うことを聞かない場合、最後には手が出る。

手が出たからといって、問題が解決するとは限らないが、それかといって、口でいつまでも言い合っていても、問題解決にはならない場合もある。

そして手が出ると、第3者が決まって云うことは「暴力はいけない!話し合うべきだ!」という常套的な言葉である。

そんなことは云われなくても分かっているが、問題解決しようと思うと,そうなってしまうのが人間だと思う。

分かっていながらやってしまうのが、人類としての共通の悩みであろうと思う。

戦争というのも、そういうものだと思う。

それを考えない、今の日本人というのは、インカ帝国のように、国家も消滅、民族も消滅という現実を受け入れるというのだろうか。

日本人の昨今の発言を聞いていると、そういう風に受け取られても仕方がない面がある。

国を守ると云うとすぐ再軍備(今では死語であろう!)、国防の強化ということに短絡してしまうが、その前に人々の意識の問題が先だと思う。

自分達の民族を、今後とも維持するのかどうか、日本人というのが、この地球上から消滅してもかまわないのかどうか、別に民族意識を振りかざすつもりはないが、旧ソ連邦が崩壊して、真っ先に浮上してきたのが、この民族意識の復活であるところをみても、人間には民族にこだわる習性というものが内在していると思う。

 

アメリカ軍の占領の意義

 

今の日本の現実というのは、今年に入って少なからず景気が低迷しているとはいえ、国際的にはまだまだ経済大国である。

今の日本というものを消滅させて得をする国、領土的拡大をしたところで、そのメリットのある国というのは世界に一つもない。

今の日本を全くのゼロにしてしまったら、恐らく世界中で困ってしまうと思う。

東西の冷戦が終決したとは云え、今の日本が、地球上から消滅したとしたらアメリカもオ−ストラリアも韓国も中国も困ってしまうと思う。

ICは入ってこない、農産物は買ってもらえない、輸出は停滞し、必要なものは入ってこないという事で、日本は地球上で無くてはならない国である。

日本は小さな島国でありながら、経済大国であるが故に、物の輸出面、輸入面で世界経済というものに直接リンクしている。

だからこそ戦争放棄ということでいられるのである。

これが経済的に全くの無力で、アフリカや東南アジアの国のようであったとしたら、それこそインカ帝国のように消滅させられていたかもしれない。

戦後、文字通り、軍事的にも丸裸であったとき、アメリカ軍を主力とする連合軍が進駐してきたのは運命などという単純なものではない。

これはアメリカのトル−マン大統領の政治によって、日本はアメリカを主力とする連合軍によって占領されたのである。

場合によっては、ソ連に占領される可能性もあったわけであるが、そうさせなかったのはアメリカの国際政治の手腕であった筈である。

この時点において、ソ連の指導者はスタ−リンであったし、もしスタ−リンに占領されていたとしたら、今の日本のぴちぴちギャルは、それこそ従軍慰安婦にさせられていたかもしれない。

もちろん天皇は消滅し、日本人民共和国が成立し、経済大国ではなく、軍事大国になっていたかもしれない。

それで1991年、昨年あたりになってやっと独立していたかもしれない。

すると経済発展というのは約50年、半世紀遅れて出発ということになる。

トル−マンの政治、国際政治の一環として、日本はアメリカ軍によって占領されたが、この時のトル−マンの対日認識というのは、単純な帝国主義的な領土拡大主義であったろうと思う。

あの時点では、まだソ連との東西冷戦というのは存在していなかったので、ただ単純にアメリカの星条旗を日本に揚げる事だけだったろうと思う。

アメリカの太平洋へのフロンテイアというのは、この時点ではまだ継続していたわけである。ハワイを始め、フイリッピンもアメリカの領地であった。

だからアメリカ大統領としては、日本にも星条旗を揚げたかったに違いない。

 

朝鮮の人々に云いたい事

 

戦後50年、半世紀が経って私が腑に落ちないと思っている事に、中国や朝鮮の人々が戦争中のことを持ち出して、日本人の非道な振る舞いを謝罪せよと、迫ってくる心境が信じられない。

従軍慰安婦の問題もその一環であるが、その前に、強制労働の問題が浮かび上がり、B級戦犯、C級戦犯の問題が浮上した。

これは朝鮮人の民族意識の問題であろうと思うが、彼らの論法によると、我々は朝鮮人でありながら強制労働させられた、という被害者意識に満ちた論法であるが、日本人も全国民が強制労働に近い状況におかれていたわけであり、学徒動員とか、徴用ということで、日本人は老若男女、日本人の全部が、強制労働に近い環境におかれていたわけである。

これには自主的な気持ちというものはなく、明らかに朝鮮人のみを、古代の奴隷のように使用したのとは違っているはずである。

強制労働させられた人にしてみれば、そこに日本人も一緒に仕事をしていたことを承知なはずである。

朝鮮人のみを隔離して、そこで古代ロ−マの奴隷のように酷使したわけではない。

日本人自身も朝鮮人と同じ条件で強制労働させられていたわけである。

とにかく日本中全体が、一億火の玉となって、国家総力戦を遂行していたわけである。

老若男女、全てが強制労働に近い環境に置かれていたことは事実であろと思う。

これは、その後のマスコミも、あらゆる手段で記録しており、その世代の人々は、経験して、その体験は心に刻みこんでいる事であろうと思う。

日本の中学生までが工場で働かせられ、女学生までもが、勤労動員に狩りだされ、学徒動員、勤労奉仕、集団疎開という状況で、朝鮮人のみを虐待したわけではない。

日本人も朝鮮人も、区別なく辛苦をこうむったわけである。

中でも、日本で一番優秀な、若い人材が、特攻隊員として敵艦に体当たりして死んでいったのである。

あの時点で、朝鮮の置かれた状況というのは、日本の植民地だったというべきか、属国であったというべきか、少なくとも日本の軍部や政治家の中には、そういう意識があったと思うが、庶民感覚で云うと、朝鮮というのは、日本の一部という認識だったと思う。

それを突き詰めると、日本と一心同体であったと見るべきである。

つまり朝鮮というのは、1945年昭和20年には、敗戦国側であったわけである。

それを連合軍が善意からであろうが、日本の植民地支配からの開放という名目で、先勝国側に区分けしてしまったところに、この問題の根があるのではないかと思う。

連合軍側の政策が、朝鮮を日本と切り離してしまったので、国籍が違うという事になり、それがその後の、個人の保障という問題に支障をきたしているのだと思う。

連合軍が朝鮮を一人前の主権国家だろうと思い込んで、日本の植民地から切り離しても大丈夫だろうと思ったら、数年して朝鮮動乱、朝鮮戦争で南北に分裂してしまった。

朝鮮という国は、我々から見て、気の毒というか、情けないというか、如何ともしがたいという感じがする。

今、日本は経済成長の挙げ句、金がある、そして日本政府は、手荒な政策はとらないということが分かっているので、金を要求すれば、素直に出すということで、従軍慰安婦に金を出せとか、強制労働の保障をせよとか云っているが、朝鮮人自身、自国を一つに纏め上げることが出来ないでいる。

明治以後の日本の歴史、アジアの歴史の中で、朝鮮というのは、自主独立を維持したことは一度もない。

日清、日露の戦争というものは、日本の帝国主義的野心が剥出しの時でさえ、朝鮮の国が主権というものをはっきり表明したことがないではないか。

朝鮮民族は民族意識を、どこかに置き忘れてきたのではないかと思う。

一つ叩かれたら一つ叩き返すのが人間の本来の姿であり、一つ叩かれたら、何時かは叩き返してやろうというのが、人間の潜在意識であるはずなのに、朝鮮の人々にはそれがない。

それが無いので、ある時は中国の属国、ある時は日本の属国、何時も強い方に寄生して、あっちについたりこっちについたりしているとしかいいようがない。

排日、抗日といいながら、日本に依存している。

こういう現実を、朝鮮の人々はよく反省してみるべきである。

先に述べたように、先端技術を移転せよと云いながら、従軍慰安婦をなんとかせよといっているが、これなども虫のいい要求である。

排日、抗日といいながら、日本に渡航してくる外国人の中で、朝鮮の人々が一番多いというのも矛盾した話である。

こういう状況を眺めてみると、朝鮮の人々というのは、朝鮮民族の誇りを持っていないようである。

自分さえ良ければ、どういう風にも転ぶという、処世術に長けているというか、日和見主義というか、目先の利益のみに、明け暮れているように見えてならない。

先端技術の問題について云えば、先に造船技術のノウハウを教えたら、世界の受注をほとんど独り占めしてしまって、日本の造船業界が苦況に陥ったことがある。

その技術が移転された時点では、安い労働力で世界の造船受注を独り占めしてしまったが、その後、賃上げでコスト競争力が落ちると、再び日本に受注が戻ってきたという経緯がある。

こういうように、朝鮮の人々というのは、庶民感覚で云うところの、無茶苦茶なところがある。

一頃、漁業においても同じ事が云われてきた。

どんな荒天でも出漁して、根こそぎ採ってくる、という事がマスコミで報道されたりして、我々日本人の庶民感覚では、朝鮮人というのは何をやらかすのか分からないという偏見は抜きがたいものがある。

一言で云って信用できない、という偏見は消すことができない。

これもひとえに朝鮮の人々が、自分達の朝鮮民族としての自覚というか、誇りというものを持っていないからだと思う。

自分さえ良ければ他の人々はどうでもいい、という認識を捨てなければならない。

ソウル・オリンピックの柔道の審判もかなりひどい依怙贔屓が平然と行なわれていた。

あれなども、日本人が朝鮮人に偏見を持つ一つの要因である。

南北朝鮮の統一が、今だに出来ないでいるのは、お互いに朝鮮人同志であるので、猜疑心が邪魔しているのだと思う。

お互いの民族同志で、分かりあえないと云うのは、日本人から見て不思議でならない。

 

過去の歴史の反省

 

近代の日本の歴史のなかで、日本人として反省しなければならないことは、我々の先祖というと時代錯誤に陥いるが、我々の先輩が、どうして軍部、軍人をのさばらせたのか?

どうして軍人に政治を任せたのか?という点を、大いに反省し、考証し、研究しなければならない。

政治がどうして軍部の暴走を止められなかったのか、という事はただ歴史の流れとして片付けるにはあまりにも犠牲者が多すぎた。

どうしてシビリアン・コントロ−ルが出来なかったのか、というのは研究に値するテ−マだと思う。

一言で云えば、民主政治が未熟だったということだろうが、これは今でも民主政治が完全なものかと云えば、未熟さにおいては同等である。

けれども、未熟さの内容は、確かに変化してきていると思う。

昨今の政治スキャンダルを見ても、未熟と云う外ないが、政治家が軍部に敗北していた未熟さとは、異質の未熟さである。

太平洋戦争の前夜、日本が中国で画策した軍事行動は天皇制のもとで、軍部が独走し、それを止められなかった軍部の上層部、および軍部をコントロ−ルできなかった政治家の失敗であったと思う。

天皇の云うことを聞かない軍部の独走というのは、これはもう大型トラックの暴走と同じで、誰も止められない。

止めることが出来るのは軍の上層部だけであったけれど、ここの所が、精神的に腐敗堕落していたということだろうと思う。

こういう軍の暴走を許した状況というのは、軍の上層部も含めた日本全体の問題となってくると思う。

そこには、帝国主義的植民地支配を容認する潜在的な願望があり、国民一人一人が、富国強兵を願い、日本が豊かになるためには、中国や朝鮮の主権を侵しても仕方がないという、潜在的な意志があったものと思う。

ただ軍部の暴走を止めえなかったというのは、具体的なテクニックや手段、方法の問題ではなく、こうした国民的な潜在意識、コンセンサスが存在していたものと思う。

言い換えれば、庶民感覚で云うところの、国民一人一人が経済的に貧しく、精神的にも、新しい民主主義が芽生えていなかったということである。

これが間違っていたことは、終戦という事態になって、始めてそのことを理解して、アメリカ占領軍の占領政策によって、我々日本人は、民主主義というものは、こういうものかと、目から鱗が落ちたように悟ったものである。

 

今の日本の政治的危惧

 

1992年、3月8日(日)、宮城県にて参議院議員の補欠選挙が行なわれた。

これは栗村和夫参議院議員の死去にともなう補欠選挙であったわけであるが、この選挙には、先月(1月)行なわれた奈良県の参議院議員の補欠選挙と同様、宮沢政権になってからの正式な国政選挙であるため、宮沢政権の軽重が問われる大事な選挙であった。

けれども、結果的には、奈良におけるのと同様、宮城県においても自民党は敗北してしまった。

最近の日本の政治の状況を見てみれば、自民党の敗北も何ら不思議ではない。

宮沢政権になってからの政治スキャンダルを見れば、自民党が敗北したところで、国民は当然だと思っているし、何ら違和感はない。

かえって今、自民党が勝てば、その方が違和感が強いと思う。

宮沢政権になってから起きた、共和事件とか、佐川急便事件というのは、宮沢政権になってから行なわれたものではなく、行なわれたのはその前の海部政権になってからのことであるが、宮沢政権になってから噴出しただけのことであろう。

そうはいうものの、スキャンダルそのものは、一朝一夕で形成されるものではない。

それに伴う政治改革の方は、その事件が露呈した時点から、アクションを取らなければならず、そのアクションに対して、国民が期待を失っているということであろうと思う。

もともと、宮沢政権は政治改革を先伸ばしすることを目的として、自民党内のリリ−フ・ピッチャ−的に出来上がったものと見做していいと思う。

宮沢首相は、前の海部総理をリリ−フ・ピッチャ−だとしていたが、結果的に見ると、宮沢政権の方が短命に終わるかもしれない。

海部総理も「重大な決意」という言葉を口走らなければ、もう少し存命出来たかもしれない。

又、宮沢首相の金庫番であったところの阿部文夫代議士というのが宮沢首相のイメ−ジを相当にダウンさせている。

自分の金庫番であれば、そう冷たい仕打ちも出来ず、宮沢首相も共和の問題では阿部代議士の処遇に相当頭を悩ましていることであろう。

日本の政治が三流といわれるのは致し方ないところで、名実共に三流である。

政治改革が毎年、云われ、それが一向に、今だに、実現されていない。

政治改革が掛け声だけで、いざ手直ししようとすると、与野党共に、それぞれに反対意見が出てくる。

なぜ反対意見がでるのかといえば、即ち、既得権の維持にこだわるからである。

現状より不利にはなりたくないという、我が頭を出して、自分だけ損をしたくない、という心理が働くからである。

この「自分だけ損をする」という場合に、何が何でも反対というのは、人間として極めて普遍的な心理ではあり、公害の保障とか、公共事業の保障という場合も、その心理がモロに出てくるが、それと同じ事である。

つまるところ、日本人固有の心理かもしれない。

「自分だけは損をしたくない」という心理が、全代議士の間に、共通して存在しているわけである。

公害の問題や、公共事業の保証金の釣り上げの心理と同じ根源である。

自分の利益の維持が、政治改革をしなければという大義名分よりも優先しているわけである。

だから、口から言葉として対外的にアピ−ルするときは、「政治改革をしなければ」と言いながら、具体的な話になると、一転して反対ということになる。

政治のこと、国民のこと、日本の将来のことなどは、個人の欲望の前には吹き飛んでしまうわけである。

自分の既得権を守るためには、そんなことは二の次、三の次になってしまうのである。

考えてみれば、選挙で選出された代議士、国会議員に政治改革を行なえ、という要求は始めから無理である。

今の政治システムに、何らかのメリットがあるので、代議士に立候補し、国会議員になっているのである。

今の政治システムに、何らかのメリットを見いださなければ、誰も代議士、国会議員にはならない。

今の政治には金がかかると云われている。

この金の掛かる部分を、国民の金で負担すれば政治献金もなくなるという意見があるが、この考え方は甘いと思う。

それよりも、国会議員というのを全くの無報酬にすべきである。

なおかつ、一切の利権も認めない、というようにすれば、国会議員、代議士になっても何のメリットもないということになり、そういうシステムに改めるべきである。

国会議員、代議士、大臣の報酬を全く100%ボランテイアにしてしまうわけであるが、そうすれば、政治献金として金を集める必要はなくなる。

今のように、なまじっか中途半端な給料ではあるが、その給料だけで生活を維持し、政治活動をしている人はひとりもいないのではないかと思う。

元々不足がちな給料であるので、それがため法定選挙費用では足が出る、という不具合が生じ、それ故に、金を集めなければならず、政治献金が必要になるという構図になる。

代議士は与野党を含めて、選挙の7つ道具も全て、一律にして、法定費用以上の経費を使えば、それだけで無効という強硬な罰則を作ればいい。

勿論、冠婚葬祭にまつわる交際も一切認めず、個人的な、という逃げ口上も一切使わせないようにしてしまうのである。

そして代議士、国会議員となった以上、私人という立場を一切認めず、全て公人としての立場を取るというようにしてしまえば、好むと好まざると、代議士、国会議員になりたがる人がいなくなると思う。

それでも尚且つ、政治家になろうという人にのみ政治を託すのである。

政治献金の問題で、閣僚が資産の公開をするとかしないとかいう問題も出ているが、これは或る面ではプライバシ−の侵害になりかねない。

個人の資産というのはあくまでプライバシ−の問題であり、それを行なったからといって政治献金がなくなるわけでない。

公人という立場になれば、プライバシ−というのもある程度制限されるということは致し方ないとしても、個人の資産の問題と、政治に金が掛かるという問題とは、別の次元の問題である。

政治献金が存在するということは、そこに利権が存在しているので、政治献金がありうるのである。

この利権というものを無にすれば、政治献金もなくなると思う。

国会議員が無報酬とすれば代議士、国会議員になりたがる側の人間の質が大きく変化してくると思う。

政治献金規制法というのがあるが、これなどは、政治献金がある事を前提にして出来上がっている法律である。

政治家になったら一銭の得にもならない、ということを承知の上で代議士、国会議員になってくる人にのみ政治を託せば、利権の伴わない政治が出来るのではないかと思う。

戦後我々は、民主主義の旗印のもとで、選挙というのは、民主主義の原点のような風に教え込まれてきたが、民主主義のもとで自由選挙、つまり今の選挙制度というのが本当に民主的で、公平なものであるのか、ということを自問自答してみる時期ではないかと思う。

選挙そのものは、確かに公明正大、民主的である。

しかし、今日、選挙される側の人々、つまり代議士、国会議員として、立候補してくる側の人々に問題がある。

政党の存在というのも、見なおす時期だと思う。

が、その前に、立候補してくる人々に政治を託すに足る人々が居るかという問題である。

政治を託すに足る人々が居ない場合、選挙民の民意は、どうなるのかという問題である。

今の選挙制度のもとでは、衆議院では党を選び、参議院では人を選ぶという構図になっているが、このどちらにも問題がある。

衆議院で党を選ぶ場合でも、党から立候補した人に、信頼に足る人がいなくても、誰かに投票しなければならない。

こういう場合、本当に民意が反映されているのか、という問題である。

昔の寄り合い政治ならば、出たい人より、出したい人を選出する、という便法も成り立つが、今の選挙制度では、出したい人を出すということができない。

出たい人とか、信頼に足らない人物でも、出したい人が出てこない限り、出たい人、信頼性に欠けた人にでも投票せざるをえない。

又、党を選択するという場合、党がひとつの意見に結束する、ということも極めて非民主的な現象である。

一枚岩のように団結した政党、というのは非民主的な団体である。

反対意見を認めない、政党が不合理なことは論を待たない。

そうなれば、党を選択するという事も無意味な事になり、最終的には人を選ぶということにならざるをえない。

最近の政治情勢をみても、全く自民党には同情の余地がない。

しかし、そうだからといって、社会党に政権を任せられるかといえば、これも又、出来ないことで、本当なら、自民党と社会党が交互に政権を維持出来れば理想的であるが、今の社会党には、それだけの信頼を置くには不足したものがかなり存在する。

第一、社会的に受け入れられそうな、現実に即した政策というものがない。

万年、反対だけの、反対政党として、反対することにのみ、存在価値を認めている社会党には、自分達に政権がまわってきた時にはどうするんだ、というビジョンがない。

何時も空想的な、現実ばなれした事ばかりを云っているので、反対だけ云っている分にはかまわないが、いざ政権を握って、国政を任せるには、まだまだ不安の方が大きい。

そういう意味では、民社党が政治理念の上では妥当なところであるが、如何せん、弱小政党であるわけで、どうしても他の政党と連合、連立を組まなければならない。

この辺がつらいところである。

けれども、今の自民党というのは実に腑甲斐ない。

自民党独裁という言葉は正確ではないが、結果的にはそれに近い現状である。

今回の宮城県の参議院議員補欠選挙においても、自民党と連合との差は3千票弱であり、自民党が負けたというものの僅差である。

宮城県というのは元々自民党が強いところで、それは保守系の農民の票によるものであるが、今回はやはりウルグアイ・ラウンドの、米の自由化を受け入ることになるのではないか、という思惑に対する批判票というものの効果だと思う。

この問題も、今の宮沢政権に課せられた、大きな試練である。

私の個人的な予想では、ウルグアイ・ラウンドも、最終的な結論としては、受け入れなければならないと思う。

米だけの問題で、世界の孤児になるという選択はありえないと思う。

しかし、その事は自民党政府としては大きなマイナスの要因である事には変わりはない。

そうであっても、やはり政府としては、それを飲まざるを得ないと思う。

そういう要因が、今回の宮城県の選挙にも、影響を与えたことは事実であろうと思う。

もし社会党が政権を取った場合、このウルグアイ・ラウンド問題をどう解決するつもりだろうか。

社会党は前から反対を表明していたが、それで、世界の動きについていけると考えているのであろうか。

けれども、現実の選挙では、この要因も、連合が勝つ為の重要なファクタ−にはなっている。

すると、この選挙は何であったのかと、云わなければならない。

今の日本の政治の混乱は、民主主義そのものが、危機に瀕しているのではないかと思う。

民主主義の危機というのは、日本ばかりでなく、アメリカでも、又、違う形で露呈している。

アメリカの場合は、ホ−ムレスとか高額医療とか、国民の末端の方の、現実の生活の中で自由、平等、博愛が問題化している。

勿論、政界のスキャンダルも大なり小なり有るだろうが、日本の場合は政治家の倫理の問題となっている。政治家の倫理感の問題である。

この倫理感の問題ということは、政治献金を受け取ること、すなわち、贈賄、収賄に対して、正邪の判断力が麻痺してしまっているということである。

我々が日頃、車を運転しているとき10km、20kmオ−バ−のスピ−ド違反をするようなもので、白バイに捕まって、はじめて自分が法律違反していた事に気が付くようなものである。

告発されて、はじめて自分の違反行為を認識する、というのが政治家の倫理感というものであろう。

捕まらないかぎり自分が悪いことをしたという認識がない。

これが倫理感の欠如というものである。

政治家というのは、これほどまでに金にまみれ、金に汚いということである。

金欲の亡者であるといってもいいと思う。

だからこそ、代議士や国会議員になりたいという立候補者が、次から次へと表れてくるのであり、一度獲得したポストは、何期にもわたって続けようと、それなりの努力をすることになる。

口では国民のため、日本の将来のためと称しながら、その裏では金漁り、利権漁りに奔走するわけである。

こういうメリット、金欲、権欲がなければ政治家になろうとする人間など存在し得ない。

又、現行のシステムとしての、選挙制度である以上、当選したら地元へ何か利益をもたらさないことには、次の選挙に破れる、だから地元の利益誘導に必然的にならざるをえない。

選挙してくれる人々に対して、何かセ−ルス・ポイントを宣伝しなければならない。

自民党の候補者までも、心ならずも米の自由化は阻止すると、云わなければならないし、革新系の候補者なら、行政サイドの遂行している事業には、それが大多数の国民にとって良い事ではあっても、反対といわなければならない。

こうしないことには、地元の選挙民が支持してくれない。

これは立候補者が、国家の大計を論じていても、選挙民の支持を得られないという事であり、次の選挙には落ちるというわけで、民主主義の限界である。

立候補者の立場から選挙民を見ると、天下国家を論じていても支持は得られず、選挙民から見ると当選した代議士、国会議員は私利私欲に走っているとしか見えない。

まさに民主主義の限界である。

地元の利益誘導というのは、田中角栄が新潟に道路を沢山作ったと云われているが、これも大きな目で見れば、確かに新潟県の人々にはおおいに貢献していることではあるが、日本という、もう一つ大きな視点から見ると、どうしてもロキ−ド疑獄ということになる。

ここにあるのは、やはり、政治献金、贈賄、収賄、利権という問題が横たわっている。

日本の政界からは、この問題が払暁されない。

政治改革というのは、田中角栄の出る前から云われ続けてきたことであるが、それが一向に改善のきざしがない。

贈収賄というものは、日本独特のものであろうか?もし日本だけの事だとしたら,日本人の特性、特異性ということになってしまう。

日本の政治で、金が掛かるというのは、後援会活動や、地元の支援者との交際をするのに金が掛かっているということで、この中には、勿論、冠婚葬祭の交際も含まれているし、ポストの獲得維持にも、金が動いているものと想像する。

こういうものに金が掛かるとすれば、そういうことを一切禁止してしまうべきである。

挨拶というのは、かっては日本の道徳の中でも美徳と云われていたものであるが、国会議員、及び政治に携わる人は一切、全ての挨拶行為を禁止してしまうべきである。

政治以外の集会、知人の冠婚葬祭、講演依頼、派閥の結束というものを、一切禁止しまうべきである。

政治家に金が要るというのは、この部分の付き合い、又は、派閥の維持に、金が要るのであって、国会の期間中、真面目に国会審議に出席していれば、金が要る筈がない。

国会以外の活動をするから金が要るのである。

派閥の問題も難しい問題で、政党という大枠の考え方で統一されている筈の中にも、さらにそれを細分化する、人間の集団が集まって派閥というものになるわけで、「とかくメダカは群れたがる」と云う言葉があるとおり、本人一人一人が、自分の考えをしっかり持っていれば派閥など不要なはずである。

この派閥というのは、自民党の派閥だけが問題視されているが、これは野党の中でも、見えない糸で結びついた、派閥というのは存在するわけで、自民党だけの問題ではないはずである。

しかし、自民党の中で、派閥が政治を動かす、という馬鹿げたことが行なわれているようでは、国民はかなわない。

かなわない、というよりも自分の国の首相が、派閥に左右される、という現実としての指導力の無さが情けない。

そういう意味で、海部首相は派閥に牛耳られたという意味で、こういう現実を見せられては、政治改革を望むべくもない。

だからといって、宮沢首相ならば出来るかといえば、これも恐らくやり遂げることはないと思う。

つまるところ、政治改革は未来永劫、達成されないということである。

とすると日本の政治というのは、スキャンダルを引きずりながら、新聞、テレビを賑わしつつ、国民は不平不満を云いながら、何処に流れ着くかもわからず、漂っているだけである。

終着駅というものが存在しない。

完成させるということが無い、ということは、世界からも馬鹿にされ、金だけ貯め込んで、この地球上でも、極めて異質な集団として、国家という普遍的な形態にはなりせず、ただ単に、人間の集団という形で存在し続けるのではないかと思う。

恐らくこれからの日本というのは、国家という枠にはまりきらない、軟体動物のような形態になるのではないかと思う。

中国人がアメリカに進出するとチャイナ・タウンを作るように、日本は地球上に出来るチャナ・タウンのようなもので、国家、民族、文化というものを喪失するのではないかと思う。

第一これからの日本人に、国家意識とか、民族意識とか、国を守るとか、日本民族という概念が生き残るかどうかが疑問である。

それらが無いことには、地球上の普遍的な国家としては成り得ない。

ただ単なる、日本人の住んでいる地域、という漠然とした概念でしかとらえることができなくなるのではないかと思う。 文字どおりボ−ダ−・レスである。

 

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