メイン » » » 山本 悟
やまもと さとる

山本 悟

やまもと さとる

1925.7.14(大正14)〜 2006.12.17(平成18)

昭和・平成期の官僚、侍従長

埋葬場所: 16区 1種 3側 9番

 東京出身。父は陸軍主計中将の山本昇・チヨ(共に同墓)の長男。東京帝国大学法学部卒業。1948(S23)総理庁に入る。徳島県副知事、自治省の行政局長、財政局長などを経て、'78宮内庁次長に就任した。
 '88侍従長となり、側近のトップとして昭和天皇の闘病生活を支えた。平成に入り「大喪の礼」「即位の礼」などの重要な儀式を終え、天皇、皇后両陛下の中国訪問や米国訪問に同行するなど、新時代の皇室像定着に努めた。
 '96(H8)病気のため侍従長を退任。その後、入退院を繰り返していたが、肺炎のため東京都千代田区の病院にて逝去。享年81歳。

<講談社日本人名大辞典>
<訃報記事など>


*墓石は和型「山本家之墓」。右側に墓誌があり、戒名は大徳院壽悟心居士。妻は君代(1931-2005)。君代の父は町村金五であるため娘婿にあたる。町村金五は北海道知事、警視総監、政治家。母の二葉の父は社会政策思想家の桑田熊蔵(7-1-2-5)。また君代の弟は政治家の町村信孝である。


関連リンク:



| メイン | 著名人リスト・や | 区別リスト |
このページに掲載されている文章および画像、その他全ての無許可転載を禁止します。