香川県高松市出身。祖父は江戸時代の儒者・和算家の山川孫水(1789-1866)。父も儒者・和算家の山川慎蔵(1834-1900)、長男として生まれる。1901(M34)家督を相続す。
高松中学校、第三高等学校を経て、1909(M42)東京帝国大学医科大学医学科卒業。大学院を経て、'13(T2)東北帝国大学医学専門部教授となり内科学第三講座担当。'15 東北帝国大学医科大学教授を兼任。同年、内科学一般殊に伝染病学研究のため渡米し、アメリカのロックフェラー研究所の野口英世研究室に留学。野口英世の協力を得て、血清プロテアーゼの研究を行った。'16 医学博士。
帰国後、東北帝国大学医学部教授(内科学)をつとめ、消化管のレントゲン診断法を確立した。専門は糖質代謝、消化器。ぶどう糖、脂肪の非経口的栄養(静脈内投与)の創始者であり、糖尿病の治療でのインスリン療法を日本で確立した第一人者でもある。加えて、脂肪乳剤のパイオニアとしての名も有る。
'26 東北帝国大学医学部附属医院長。教え子に文化勲章や学士院院長になった黒川利雄(1897-1988 八王子市の上川霊園)、山形敞一、後藤由夫、豊田隆謙らがいる。
直腸癌肝転移にて先代の自宅で逝去。正3位 勲2等瑞宝章。享年58歳。
*墓石は和型「山川家之墓」、裏面「昭和十七年九月 嗣子邦夫 建之」。右側に墓誌が建つ。戒名は神通院殿釋廣濟愿章大居士。妻の慕子(M28.11-S54.5.4:釋尼廣德)は川島慶治の長女。長男の山川邦夫の戒名は聚德院釋極済愿●(照+火が上下)居士。邦夫の長男は山川和夫で戒名は慈光院釋和顏。なお墓所内に建つ灯篭には「山川内科同窓會」と刻む。
*山川章太郎・慕子には2男2女を儲ける。長女は道子(T9.1生)。長男は内科学者・順天堂大学医学部教授の山川邦夫。次男は医学者・東京大学名誉教授の山川民夫でABO式血液型は赤血球表面にある糖脂質で決まることを発見した人物。次女は泰子(T14.1生)。孫(邦夫の子)に「臓器移植ネットワーク」の開発者である内科医・産業医の山川和夫。孫(娘の子)の大熊由紀子は科学ジャーナリスト(夫は朝日新聞記者の大熊一夫)。
山川孫水 やまかわ そんすい
1789(寛政1)〜1866.3.9(慶応2)
江戸時代後期の儒者、和算家
大坂出身。山川慎蔵の父。山川章太郎の祖父。字(あざな)は子晋。通称は元輔。讃岐(香川県)高松にうつり、私塾明善館をひらく。
1827(文政10)高松藩が郷校(ごうこう)を開校したとき、校長となった。享年78歳。
山川慎蔵 やまかわ しんぞう
1834(天保5.5.17)〜1900.12.20(明治33)
幕末・明治期の儒者、和算家
讃岐(香川県)出身。山川孫水の5男。山川章太郎の父。名は慎。字(あざな)は子固。号は東渠。
父に学び、大坂にでて藤沢東がい(とうがい)に師事し、塾頭となる。帰郷して、1891(M24)私立学校明善館(明善高の前身)をひらいた。著作に『零約詳解』などがある。享年67歳。
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